第四十六話 《ラヴィアモノリス》

 その後……できれば神話級、少なくとも伝説級のアイテムはないかと、ひたすら《アカシアの記憶書》で鑑定を行って回った。

 特に見つからなかったため、俺は本棚にある書物を端から端まで確認していく。


 A級の価値があるらしいが《アカシアの記憶書》で確認しても一切意味や正体がわからない書物から、冒険記と信じられているただの妄想小説、果てにはE級価値の特に存在意義の薄い辞書と、様々な色物が並んでいた。


「まるでスマホ片手にリサイクルショップでせどりをしている気分だ……」


 竜王の宝物庫を漁っているという実感がなんだか薄くなってきた。


 ふとそのとき、一冊の黒い本が目についた。


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【ネクロノミコン】《価値:伝説級》

 古き不死者墓暴きノルンが天使と交信を行い、その際に受けた教えについて記した超位死霊魔法の魔導書。

 これを記した際には《墓暴きノルン》は気が触れていたとされており、解読は困難を極める。おまけに少なくとも後半部分は全く意味のない文字列であるらしいことが過去の学者達によって判明した。

 宮廷錬金術師メギストスは、仕えていた王より不死の探究のために地下牢に閉じ込められ、この書物の解読を命じられた。

 五十年の月日を解読に費やしたメギストスは、ある日突然地下牢を抜け出して王の前に現れると「世界の真理がわかった」と叫びながら宮廷で虐殺を始め、その日を境にこの書物と共に行方不明になったという。

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 俺は思わず、《ネクロノミコン》を投げ捨てそうになった。

 リドラが叫び声を上げそうな顔で俺を見ていたので、どうにか思い留まることができた。


 なぜ正気を失ったメギストスと共に行方不明になった書物がここにあるのか。

 俺がぱらぱらと捲っていると、後半のページに古いロークロア文字で荒々しく『全てがわかったぞ! ざまあみろ!』と赤黒い血で全体に大きく書かれているのが目についた。

 俺は咄嗟に勢いよく本を閉じた。


「カ、カナタよ……貴重な書物であるから、丁重に……」


「す、すいません! あの、これ、もらいますから……!」


 うっかり店で商品を傷つけてしまった気分だった。

 あの不気味な殴り書きは、頭のおかしくなったメギストスが書いたものだったのだろうか。


 不気味な書物ではあるが、稀少な伝説級の書物である。

 もらっておいて損はない。

 それに俺は死霊魔法をもっとルナエールから教わりたかったが、彼女はあまり俺が死霊魔法を学ぶことをよしとしなかったのだ。


 俺はルナエールのことをもっと知りたかった。

 そのためにも死霊魔法の知識が必要だと思ったのだ。

 ただ、彼女はそんな俺の動機を見透かしていて、抵抗感があったのかもしれない。


 時間があるときにまたじっくりと読み込んでみよう。

 超位死霊魔法について書かれた本ならば無駄になることはないはずだ。

 ノルンやメギストスのようになることはごめんだが。


 しかし、肝心なナイアロトプに対抗できるアイテムはないかもしれない……。

 そう思っていたとき、黒い石板が目についた。


 ラムエルは、古くに神々が用いたとされる高位の魔法について記された石板があると豪語していた。

 もしや、これがそれなのだろうか……?


 顔を近づけてみれば、絵が刻まれている。

 簡素なものではあるが、石版には指の異様に長い男の絵がある。

 男の風貌にはどこか見覚えがあった。


「ナイアロトプ……?」


 俺は《アカシアの記憶書》を捲る。


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【ラヴィアモノリス】《価値:伝説級》

 魔法の本質を見抜く力を有した転移者の少女が、上位存在の使った魔法の解析をし、それを賢者ラヴィアが石板に残したもの。

 ただし、賢者ラヴィアもそれらの魔法について正確に理解することはできず、自身が理解できた情報についてもまた正確に記録することはできなかった。

 それを行うには、人の寿命ではあまりに短すぎたのだ。

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 確かにこれは、ナイアロトプの使っていた魔法について記したものだ。

 奴を倒すための大きな武器になるかもしれない。


 何の魔法について記しているのかは、俺にもちょっとわかりそうにない。

 複雑な魔術式や記号ばかりが並んでいる。

 解読には時間が掛かりそうだ。

 結界魔法であるらしいことはわかるが、その確証はない。

 だが、有用なものであることは間違いない。


「リドラさん……この石板、いただいてもよろしいですか?」


「む……そのようなものでいいのか? 誰が、何のために記したものなのかわからぬ代物なのだが」


 リドラからも無事に許可をもらうことができた。

 俺は《ラヴィアモノリス》を《異次元袋ディメンションポケット》を用いて異次元の中へと仕舞い込んだ。


「ただ、フィリアちゃんの枠をもらってしまうことになるんですが……」


「カナタが喜んでくれるならいいっ! フィリア、嬉しい! ……ここのもの、可愛くもおいしそうでもないし」


 フィリアは快くそう言ってくれた。

 俺はフィリアの頭を撫でた。


「また都市で買い物しましょうね」


「うんっ!」


 これで桃竜郷での当初の目的は達成できた。

 《神の見えざる手》の一人であった、ラムエルを無事に討伐することもできた。


 ……都市ポロロックに帰って、ロズモンドに今回の件を謝らなければならない。

 妙に義理堅いロズモンドのことなので、もしかしたらまだラムエルを捜しているのかもしれない。

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