第四十五話 竜王の宝物庫

 リドラに案内され、宝物庫へと辿り着いた。

 大きな広間の全体に黄金があしらわれており、壁にはドラゴンや魔物、竜人の壁画が彫られていた。

 様々な武器が飾られている。


「ここが、宝物庫……」


 俺は息を呑んだ。

 見渡す限りの黄金と宝石がある。


 桃竜郷に訪れてから、圧倒的な自然に、煌びやかに輝く竜穴、そして黄金の宝物庫と、このロークロアの世界でも見たことのないような絶景続きである。

 ある意味、《歪界の呪鏡》もこの三つに並ぶ絶景だと言えるが。


「竜王への挑戦を制したのだから元々正当な権利ではあるが、桃竜郷の宿敵であった《空界の支配者》の討伐に、竜穴の災害の阻止と、二つの大恩もある。遠慮なく好きなアイテムを持っていってくれて構わん」


「……もしかして、三人いるから三つ選んでもよかったりしますか?」


 俺の問い掛けに、リドラの表情が引き攣った。


「あ、いえ、なんでも……」


「……ま、まあ、元より竜穴の災害を止めるために、宝物庫のアイテムを投じる覚悟であった。べ、別にそのくらい、構いはせん。貴殿らは大恩人であるからな」


 声が上擦っていた。

 ……ナイアロトプへの対抗策を得るために可能であれば追加でアイテムをもらえればと思ったのだが、酷なことを聞いてしまったかもしれない。


「で、でも、ポメラ達、挑戦権はあるとはいえ別にリドラさんに挑戦もしていないのに……ちょっと申し訳ありません」


「あと二回挑まれても余が困るのだが……」


 リドラが真顔でポメラへとそう返した。


「三回負けて三つ持っていかれたというより、まだ恩人に報いるために宝物を譲渡した方が格好がつく。どうか、余の体面も考えてもらえないか? 本当はこういうことは言いたくないし、事実はあるがままに受け止めたいと思っている。ただ、余の恥だけならばいいのだが、余が面子を潰すことで桃竜郷自体が危ういことになるのだ。その……な? わかるであろう?」


 リドラが真剣な面持ちでポメラの説得に掛かった。


「ご、ごめんなさい、ポメラ、考えが足りませんでした……」


「フィリア、挑戦したい!」


 フィリアが目を輝かせてそう口にする。

 フィリアには桃竜郷の面子の話は少々難しかったらしい。


 リドラは苦虫を噛み潰したような顔をしてから、どうにか止めてくれと言わんばかりに必死に俺へと目配せしながらフィリアを指差した。


「竜王さん困っちゃいますから、我が儘言っちゃダメですよ? ね? ね?」


 ポメラが必死にフィリアを諭す。


 その後、俺は《アカシアの記憶書》を片手に宝物庫の物色を行わさせてもらった。

 ……ただ、A級アイテム、S級アイテムばかりであった。


 中には伝説級アイテムもあるが、ナイアロトプを相手取る時点で最低でも神話級アイテムが必要なのだ。

 その神話級アイテムの中でも、ナイアロトプに効果がありそうなものはかなり限られてくるだろう。


 俺は壁に掛けられている、黒い剣を手に取った。


「ほう……カナタ、その剣が気になるのか? 高価な品だが、貴殿に譲り渡すことに躊躇いはない」


 リドラが歩み寄ってくる。


「いえ、気になったというか……ちょっと妙な気がして」


 俺は《アカシアの記憶書》を捲った。


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【デモンターロン(偽)】《価値:C級》

攻撃力:+24

魔法力:+11

 伝説の悪魔の爪を用いたとされる剣。

 ……を模して造ったもの。

 百年前の伝説の贋作師ハドンの最高傑作。

 高い魔力を持つ者にしか真価を発揮できないという触れ込みの許、誰もその真偽を判別できないままにあるときは大商人へ、あるときは国王へと所有者を替え続けてきた。

 贋作ではあるが、その事実だけで歴史的な価値が高いともいえる。

 今でも竜王の宝物庫の奥に飾られている。

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 ……。


「それは《デモンターロン》……かつて、ニンゲンの英雄が悪魔フォルネウスを葬った際に、王がその爪を用いて造らせたものだとされている。だが、フォルネウスは気紛れな悪魔でな。誰もその魔剣の真価を発揮することはできなかったのだ。フフ、しかし、貴殿ならば使いこなせるやもしれんな」


 さすが竜人の王、博識である。

 博識ではあるが、伝説の贋作師ハドンには一歩及ばなかったらしい。


 俺は言うべきか言わないべきか悩んだのだが、黙って元の場所へと戻すことにした。

 ここで俺が言っても誰も幸せになれない気がしたのだ。


「……いえ、こちらは遠慮させていただきます」


「む、そうか」


 ポメラが大きな箱の中を興味深そうに眺めていた。

 俺は彼女の背へと近づき、箱を覗き込んだ。


 箱の中には、白い大きな杖が入っていた。

 黄金や宝石の装飾がふんだんに用いられている。


「その杖が気になっているんですか?」


「綺麗な杖だな、と……」


 俺は《アカシアの記憶書》を捲った。


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【アルヴレナロッド】《価値:伝説級》

攻撃力:+385

魔法力:+840

 ハイエルフの古き国、アルヴの女王に代々継がれていた権杖。

 初代アルヴの女王であるハイエルフの精霊術師がユグドラシルを訪れて精霊の王とある契約を行い、ユグドラシルの枝を用いて造ったものだとされている。

 今ではとうにアルヴは失われたが、義理深き精霊の王は今でも古き国とその女王のことを覚えているだろう。

 杖の所有者に力を貸してくれるはずである。

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 なるほど……元々エルフの杖なのか。

 ポメラの心が惹かれたのもそれが原因なのかもしれない。


 この中にある杖の中でも最上級の性能であることは《アカシアの記憶書》が保証してくれている。

 ポメラの杖はマナラークの騒動で破損して以来、補強して騙し騙し使ってきていた。

 交換するには丁度いい機会だ。


 《神の見えざる手》が動き出している以上、ポメラのレベルでも安全だとはいえない状態にある。

 杖を入れ替えただけで大幅に魔法力を引き上げられるのだから、ここでもらっておいた方がいいだろう。


「だったら、一つ目はこれにしてもらいましょう」


 俺は《アルヴレナロッド》を拾い上げ、ポメラへと手渡した。


「カナタさん、そんな軽々しく……!」


「それ、余らの先祖から伝わる宝だから、もうちょっとこう、丁重に……!」


 ポメラが慌てふためき、リドラもやきもきとした様子で指を動かしていた。


「す、すいません」


 ルナエールが神話級アイテムを簡単に使い潰していたので、どうにもまだそこの感覚がずれたままでいたかもしれない。

 伝説級アイテムならもらっていいか、くらいに考えてしまっていた。


「甘いもの、ないの……?」


 フィリアが残念そうにアイテムを見て回っていた。


「甘いものだったら、またいくらでも買ってあげますから。ポロロックの都市に戻ったら、ケーキでも買いに行きましょう」


「本当!?」


 俺の言葉に、フィリアが嬉しそうに顔色を輝かせる。

 フィリアにとっては、古代にエルフの女王が用いた宝杖なんかよりも、都市で売っているお菓子の方が遥かに価値が高いものであるらしい。

 リドラが何とも言えない表情で俺達を眺めていた。

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