第四十二話 的確な一撃

 ラムエルが両腕を天井へと掲げ、魔法陣を展開する。

 再び《太陽神の翼アグネアストラ》を撃ってくるつもりだ。

 本気で高位魔法の撃ち合い勝負に出てくるつもりらしい。


「ボクは確かに竜人の禁忌を犯した。だけど、結局はそれによって力を得て、こうして上位存在に認められたのさ。理の番人であるドラゴン共も、今ではボクには敬意を払っている。今更、竜人の王如きが因縁だの、竜人の役割だの、なんて矮小な! ボクには、ボクの力に見合った大いなる使命があるんだよ! ボクは価値のある存在なんだ!」


 俺は《双心法》で二つの魔法陣を同時に展開する。


時空魔法第十階位|次元閃《ロムスラッシュ》」


 人差し指を伸ばして一閃を放つ。

 ラムエルの身体に斬撃が走り、彼女の身体が後方へ弾かれる。


「チッ! な、なんだよ、キヒヒ、今更小技で牽制なんてね。強がって見せても、やっぱり、ボクと大技で勝負する覚悟なんてないじゃないか」


 即座に、予め展開していたもう一つの魔法を発動した。


時空魔法第十九階位|超重力爆弾《グラビバーン》」


 ラムエルの身体の周囲に黒い光が広がる。


「超高位魔法の、並行発動……!? ぜ、絶対にあり得ない! 百年も生きていないニンゲンが、こんなものを可能にするなんて! 誰から……いや、何から魔法を教わって……!」


 周囲の空間を巻き込みながら、黒い光が一点に圧縮される。

 それに伴い、ラムエルの翼や身体が球状に押し潰された。


「ぐうっ、ぐうううううう!」


 魔力の鎧はまだ健在だ。

 この魔法に耐えられる相手は、呪鏡の悪魔でもかなり珍しい。


 ただ、鎧の上から力を加えてラムエルの自由を奪えている。

 やはり直撃は取れないまでも、この階位の魔法はそれなりにラムエルに対して有効だといえる。


 しかし、動きを封じられてこそはいるが、前回と比べてそこまで魔力を消耗させられている感じはしない。

 やはり一時的な拘束を優先しない限りは、大人しくラムエルに魔法を撃たせて《赤き竜アポカリプス》で魔力を削った方がよさそうだ。


 ラムエルは重力の拘束を振り解くと、押し縮められていた翼を広げ直す。


「クソ、クソ、こんな……こんなはずじゃ……!」


 ラムエルが息を荒げながら俺を睨みつける。


 拘束がなくなれば即座にラムエルから仕掛けてくるかと思ったが、ラムエルは俺を睨みつけたまま宙に留まっている。


「自分は強いから何やってもいいって、駄々捏ねてたんじゃなかったのか?」


 俺は《英雄剣ギルガッメシュ》をラムエルへと向ける。

 ラムエルの爪や牙が、僅かに大きく膨れ上がった。

 怒りに身体を震わせていたが、ラムエルは深く息を吐き出し、自身の額を爪先で叩いた。


「フー……フー……熱くなりすぎたね。キヒヒ……悪いけど、ボクだってそう何度も挑発には乗らないよ」


 ラムエルが両手を俺へと向け、魔法陣を展開させる。


炎魔法第九階位|炎の手遊び《サルンガ》」


 今更、第九階位魔法……?

 俺が疑問に思った直後、ラムエルは口端を吊り上げ、指先をポメラ達へと移した。


「キヒヒ……行儀よく、馬鹿正直にキミとやり合ってやる理由なんてない! 先に雑魚竜王さえ葬ってしまえば、ボクと竜穴を切り離すのは不可能だ! どんな手段を取ろうが、結果的に勝利という結果を掴める者が強者なんだよ!」


 指先から放たれた十の炎弾がポメラ達へと向かっていく。


精霊魔法第七階位|精霊水の防壁《ウンディーネウォール》!」


 ポメラの周囲から水が溢れ、それらが壁となって彼女達を覆う。

 それを見ていたフィリアが、自身の輪郭を崩し、ポメラへと変化した。


精霊魔法第七階位|精霊水の防壁《ウンディーネウォール》!」


 もう一周、水の防壁が増える。

 十の炎弾が、二重の防壁に妨げられる。


「チッ、カナタを警戒して、発動速度を優先し過ぎたか……!」


「ポメラさん達を、片手間で相手にできるとは思わない方がいい」


 竜穴の力を抜きにすれば、フィリアのレベルはラムエルよりも高い。


「お返しっ!」


 ポメラの姿を借りたフィリアが腕を振るう。

 天井から生えてきた巨大な腕が、ラムエルの身体をぶん殴った。

 ラムエルは翼で咄嗟に防いだが、大きく体勢が乱れた。


「うぐっ! あの小娘、こんなことまで……!」


 今の内に、俺は《赤き竜アポカリプス》の魔法陣を展開する。

 俺の様子を見たラムエルが、慌てて自身も魔法陣を展開する。


「《赤き竜アポカリプス》!」


「くっ! 《太陽神の翼アグネアストラ》!」


 赤き竜に一瞬遅れて、巨大な炎の輪が展開される。

 双方の魔法が衝突するが、案の定炎の竜が食い破った。

 だが、衝突して減速した隙に、ラムエルは翼を広げ、炎の竜の軌道から一直線に逃げる。


「初見じゃあるまいに、あんな馬鹿みたいな魔力の塊、何度も素直にくらって堪るか!」


 しかし、ラムエルが逃げるように動くのは俺も読んでいた。

 あの位置で豪速で空を飛ぶ炎の竜から逃れるならば、方向や動きはかなり限られてくる。


風魔法第三階位|風の翼《フリューゲル》!」


 俺は風で自身の体を押し上げて空を飛び、ラムエルの逃げ場を潰す。

 いつでも発動できるように《超重力爆弾グラビバーン》と、空中で動きを変えるための追加の《風の翼フリューゲル》を並行して展開している。


「翼も持たないニンゲンが、空中でドラゴンの頂点に立つボクに敵うと思ってるのか!」


 ラムエルの長い尾が鞭のように放たれる。

 それを刃で弾いたが、即座にラムエルの爪の追撃が来た。

 不安定な空中であり、かつ常に魔法陣に意識を割かねばならない状態であったこともあり、俺はラムエルの攻撃への対応が遅れた。

 身体に爪の一撃を受けてしまった。


「図に乗り過ぎだ!」


 崩されたところに、尾の追撃を入れられた。

 腕を交差して受けるも、地面へと一直線に落とされていく。


 反対にラムエルは、尾の反動を利用して天井付近へと逃げていく。


 さすがに空中はラムエルに利がある。

 不安定な《風の翼フリューゲル》頼みでは、本業相手に安定した近接戦はできない。


 一度距離を取ってまた仕切り直すべきだったが、長引けばそれだけ竜穴の負担も大きくなる。

 ラムエルに魔法を使わせた直後に、拘束力のある《超重力爆弾グラビバーン》を至近距離で当てられる機会はそう多くない。

 分が悪くとも、ここは逃すべきではない。


 俺は残していた《風の翼フリューゲル》を発動させ、再び即座にラムエルを追って飛び上がった。


「キヒヒ、馬鹿みたいに突っ込んできてくれるのは、こっちとしてもありがたい。もう、地面に戻れるとは思わないことだ。キミが力尽きるまで甚振ってやるよ」


 ラムエルは空中で回転し、長い尾を天井へと伸ばす。

 尾で天井を叩き、自身の空中機動を制御するつもりらしい


「《空界の支配者》の真の恐ろしさを教えてあげよう。禁断の竜技……《鳥籠》でね」


 ラムエルが両手の指を組みながら、俺を睨みつける。


 竜技……恐らく、ドラゴンや竜人ならではの身体能力を活かした体術のことだ。

 近接戦は一度俺が圧倒したが、空中ならではの技があるらしい。

 

 ラムエルの目が、今までの怒りや侮蔑とは違い、冷酷な色をしていた。

 何か、仕掛けてくる。


 その瞬間、ラムエルが方向転換のために尾で叩こうとしていた天井が、謎の衝撃波で吹き飛んだ。

 対象を失って盛大に尾を外したラムエルの体躯が空回りした。


「なっ!?」


 遠くで、リドラが壁に掌底を当てていた。

 彼の物質伝いに衝撃を飛ばす技、《是空掌波ぜくうしょうは》だ。

 あれでラムエルの足場ならぬ尾場を吹き飛ばしたのだ。


 普段のラムエルならば、恐らく軽く対応できただろう。

 だが、今のラムエルは《鳥籠》のためか、完全に俺へと意識を向けていた。

 リドラはその隙を見抜き、的確に最大限の妨害ができる突き方をしてくれた。


「あの、雑魚竜王が……!」


 ラムエルが血走った目でリドラを睨む。


「《超重力爆弾グラビバーン》!」


 俺はストックしていた《超重力爆弾グラビバーン》をラムエルへとお見舞いする。

 ラムエルはどうにか身体の重心をずらしながら翼を広げて逃れようとするが、間に合わずに黒い光に囚われた。


「このボクが……神にも等しいこのボクが、こんなところで……!」


 ラムエルは必死に抗うが、黒い光が圧縮されていく。

 丸めずに強引に伸ばして抵抗していたため、翼が歪に折れ曲がった。


「嫌っ、嫌だ! ボクは、こんなに強くなったのに! 認めない……認めないぞ!」


 ラムエルが叫び声を上げながら、重力の拘束を振り解く。

 その直後、俺は彼女目掛けて《英雄剣ギルガメッシュ》を振り抜いた。


 ラムエルの体表を覆っていた虹色の魔力に皹が入った。

 ついに竜穴のラムエルへの魔力供給が追いつかなくなったのだ。


「う、嘘……?」


 ラムエルは呆然とした表情で、自身の身体へと目を向ける。


 ラムエルの魔力が一時的に底を尽きた。

 またすぐに竜穴から魔力が供給されるだろうが……彼女自身の魔力が薄まれば、竜穴を支配する力も弱まる。


「カナタ! や、やったぞ! 竜穴の支配権を取り返した! 奴はもう、これ以上魔力の鎧の回復も維持もできんはずだ!」


 リドラが《竜穴の指輪》のついた手を掲げる。

 ラムエルの身体を覆っていた、虹色の魔力の膜が完全に崩れ去った。


 ラムエルは即座にその場から逃げようとしたが、俺は素早く回り込んで《英雄剣ギルガメッシュ》の一撃をお見舞いした。

 ラムエルの身体が真っ直ぐに地上へと落ちていく。

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