第四十三話 竜柱石

 無事にラムエルから竜穴の支配権を取り返した後、ひとまず彼女を錬金魔法で作った、頑強な鉱石の鎖で拘束した。


「すいませんリドラさん。実は俺達は元々、ラムエルに騙されて桃竜郷に来たんです。元々、ラムエルの標的も俺だったみたいで……桃竜郷を巻き込むことになってしまいました」


 ラムエルは無力化したが、竜穴の魔力の一部を削ってしまったはずだ。

 竜穴の魔力は、下手に使えば世界に災いが訪れるという話だった。


 また、ラムエルは、竜穴に何かあれば、桃竜郷の者がドラゴンより怒りを買うことになるだろう、とも口にしていた。


「元より、罪人であった《空界の支配者》を野放しにしていたのは我ら竜人の落ち度だ。それに竜穴を守護することも、我ら竜人の使命である。此度の騒動は、余の力が及ばなかったがために起きたことだ。《空界の支配者》を放置していれば、何かあったときに再び竜穴を狙ってくることもわかっていたが、余では力が及ばず、ドラゴン達も此奴のことは何故か見逃しているようであった。この件は起きるべくして起きたこと……むしろ、助力してくれたカナタ達には感謝する」


 ドラゴンが見逃している……というのは、恐らくラムエルが《神の見えざる手》の一員になったからだろう。


 ドラゴンは世界の理を守る存在で、あまり積極的に人間には干渉しないと聞いている。

 それはつまり、ナイアロトプの手先だということである。

 ドラゴン自身らがどの程度それを自覚しているかはわからないが。


 上位存在にとって都合の悪いことが起きないように、ドラゴンを用いてこの世界を制御しているのだろう。

 つまりドラゴン界隈自体が《神の見えざる手》の下位組織のようなものだといってしまえる。

 そう考えれば、ドラゴンが掟を破ったラムエルを許していたことにも納得がいく。


「ただ、《空界の支配者》の処分については、どうか桃竜郷に任せてもらいたい」


「それは問題ありませんが……」


 俺はちらりとラムエルを振り返った。

 暴れても無力化されるだけだと理解しているらしく、拘束されたまま大人しくしている。


「我らの不甲斐なさ故に心配になる気持ちもわかるが、桃竜郷には犯罪者の力を封じるためのアイテムも多く存在する。安心して任せてほしい」


「いえ、すいません……改めて力を封じる際に、逃げられたりしないかなと少し……」


 俺が頭を掻いて苦笑いしながら零すと、リドラが露骨に焦り始めた。


「……く、《空界の支配者》の力を完全に封じるまでは、一応その、ついておいてもらえるのではないのか?」


「あ、はい……じゃあそうしますね……」


 リドラは頼りになりそうだと思った直後に、毎回自分でそれを叩き壊してくれる。

 貫禄があるのかないのかわからない。

 いや、万が空界の支配者が逃げ出すことを考えれば、保険を掛けるのは当たり前のことだともいえるのだが……。


 リドラは周囲を見回し、それから寂しげに深く息を吐いた。

 竜穴が急激に魔力を失ったためか、この場の植物が目に見えて衰弱し、壁や地面の魔力の輝きも弱まってしまっていた。


「リドラさん、竜穴を回復させるための策があると言っていましたけれど、それって何なんですか?」


 ラムエルが消耗した竜穴の魔力量はそれなりに多いはずだ。

 ラムエルが放っていた魔法もそうだが、何より魔力の鎧がとんでもない耐久力を誇っていた。

 相応の魔力を消耗しているに違いない。

 それを簡単に帳消しにできる手段があるとは思えない。


「《空界の支配者》を竜穴へと落とす。竜穴に落ちた者は、世界の魔力へと還元される。その際に抵抗されないように、完全に力を封じ込めておく必要があるのだ」


「そう……ですか」


 それを聞いて、ショックだった自分に気がついた。


 ラムエルは明確に敵だ。

 俺の命を狙っていた。

 だが、偽りだったとはいえ食事を一度共にした仲ではあったし、今回の件についてはラムエルはただ上位存在の命令で動いていたため立場的に対立しただけだ。 


 桃竜郷のやり方に口を出してまで助けようとは思わない。

 ただ、リドラが拘束すると聞いて殺さずに済むのではないかと少し安堵していたのだが、どうやらそういう意味ではなかったらしい。


「キヒヒ、余裕ができたと思った途端、敵に同情とはね。転移者らしく、とことん甘ちゃんらしい。転移者って、どいつもこいつも、そういうところがあるからねぇ。でも……余裕振るにはまだ早いんじゃないかな?」


 ラムエルが口端を吊り上げて、醜悪な笑みを浮かべる。


「何を……」


「キヒヒ、いいさ、余計な手間なんて掛けなくったって、大人しく竜穴には入ってやるよ。ただ、あれだけボクが好き勝手やったのに、本当にボク一人の生贄で足りると思っているのかな? 竜王さんも本当は不安なんでしょ? ボク一人落としたところで、今回の負債の肩代わりとして成立するのかってさ。ごちゃごちゃ調査しなくたって、張本人であるボクが教えてあげるよ。今回の竜穴の災害を防ぐのに必要な魔力は、だいたいボク二人分ってところかな。それでも消耗した魔力量から考えれば、全然安いくらいだと思うけどね」


「なっ……!」


 俺は血の気がさっと引くのを感じた。

 リドラへと目をやるが、彼は想定していたらしく、別段慌てる様子を見せることはなかった。


「やはり、か……」


「キヒッ、ヒヒヒ! 竜王、キミの大先祖として、いい方法を教えてあげよう。見込みのない中途半端なレベルの愚図を集めて、全員竜穴へと叩き落とすのさ。そうすることでより竜穴を豊かにし、かつ弱っちい竜人を間引くことができる。何も背負っていないのに自尊心ばかり高い、今の滑稽な竜人達に丁度いい刺激になるじゃないかい? あんまり低くても意味がないから、二百ちょっとくらいが丁度いいかな?」


 ラムエルが笑い声を上げる。

 俺は思わず殺気立ち、《英雄剣ギルガメッシュ》の柄へと手を触れ、ラムエルを睨みつけた。


「……キヒヒ、大昔の桃竜郷では、才のなかった弱者は同胞ではなかったとして姓を奪い、竜柱石りゅうちゅうせきと呼んでいたよ」


 ラムエルが肩を竦め、弱々しくそう零した。

 

 俺は咄嗟に言葉が出なかった。

 ラムエルにも姓がない。

 詳細はわからないが、元々竜穴から魔力を奪おうとしていたわけではなく、竜柱石りゅうちゅうせきとして竜穴へと落とされたのかもしれない。


「キヒヒ……カナタ、そんな甘っちょろい考えで、《神の見えざる手》を倒せるとは思わないことだ。キミレベルなら、《神の見えざる手》にもいるんだよ。他の四人は、ボクよりずっと狡猾で残忍さ。これは警告じゃない、脅迫だ。今回とは比べ物にならない程の犠牲が出るだろうねぇ。ボクはせいぜい、キミの足掻く様をあの世から観察させてもらうことにするよ」


「……竜穴には、《空界の支配者》と共に余が落ちる。足りぬ分は、宝物庫のアイテムでどうにか間に合わせよう」


 リドラがそう口にした。

 ぎょっとしたようにラムエルが振り返る。


「竜王が? 桃竜郷は、そこまで甘くなったのか! レベルが落ちているわけだよ」


「とうに覚悟していたことだ。何か起きたときに責任を取るのが竜王の使命でもある」


「無能ばっかり残して、最大戦力を竜穴に落とすなんてね。やれ、後先のことを考えていない」


「貴様の時代とは違う。桃竜郷を守ることもまた、余の使命の一つなのだ。余とて先代には敵わずとも、生半可な覚悟で竜王を継いだわけではない。危機を目前に、頭目が命を懸けねば、それこそ桃竜郷は滅んでしまうだろう。かつて桃竜郷に忌まわしき風習があったと、それは余も伝承程度ではあるが知っている。だが、過去の呪念を余の代に持ち込むな」


 リドラは迷いなくラムエルの言葉を断じた。


「それに……フッ、余の魔力の代わりなど、奴らが百人いても務まるまい。余が向かった方が遥かに効率が良い。桃竜郷の混乱も、まだ小さく済むだろう」


「代を跨ぐごとに、ここまで甘くなっていたとはね。身体能力だけじゃなくて、思考まで劣等なニンゲンに寄ってきてるんじゃないのかい?」


 ラムエルは溜め息を吐いて首を振り、目を瞑った。


「……だけど、ああ、ボクも、今の時代に生まれていればよかったかなあ」


 ふと、俺はそこで頭に引っ掛かったことがあった。

 別に魔力の高い生き物ならなんでもいいのなら、用意する手段はそこまで難しくはないのではなかろうか。


「あの……リドラさん」


 俺はリドラの肩を突つく。


「止めてくれるな、カナタ。もう決めたことだ。短い付き合いではあったが、余の死を哀しんでくれることはありがたく思うがな」


「いえ……そうじゃなくて、その、もしかしたらって提案がありまして……」


「む……?」



 俺はフィリアにラムエルの監視を任せてポメラと共に《歪界の呪鏡》へと向かい、二時間程掛けてレベル二千近い手頃な悪魔を三体ほど弱らせて外へと連れ出してきた。

 動く内臓に、二つ顔のある人面鰻、青い人頭が三つ重なった化け物である。


 三体共身体が裂かれて体液が溢れ出ていたが、全員耳を劈くような笑い声を上げている。

 俺は三つ重なった人頭を地面へと叩きつけ、激しく震える謎の内臓を必死に抱えた。

 ポメラはピチピチと身を捩る人面鰻を、死んだ表情でしっかりと押さえつけている。


「カナタよ……その、えっと……その、気色の悪いそれは?」


「瀕死に追い込んだ悪魔です。かなりレベルは高いので、代わりにはなるかと」


「それ……えっと、瀕死なのか? 何か叫んでるが」


「はい、もしこの三体が瀕死じゃなかったら、この瞬間に俺以外殺されてます」


 半信半疑のリドラを連れて竜穴のすぐ傍へと近づき、三体の悪魔を勢いを付けて投げ落とした。

 竜穴から眩い虹色の光が放たれたかと思うと、地面や壁がみるみる内に魔力の輝きを取り戻していった。


「やった……やりましたよ、リドラさん! これでリドラさんが犠牲になる必要はありません!」


「う、うむ……ありがたい、ありがたいはずなんだが……」


 そこまで言うと、リドラはがっくりと肩を落とした。


「なんか……違う」


「な、なんかってなんですか! よかったじゃないですか! 命を張らずに解決したんですから!」


「いや、覚悟を決めていたせいで、ギャップが……すまない。もっと劇的な解決策でもあるのかと思ったら、潰れた腐った内臓みたいなのを投げ込んで解決したから……いや、カナタは悪くないのだが……」


 ラムエルは無言のまま、輝きを取り戻した竜穴を死んだ目で眺めていた。

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