第四十一話 活路
「わざわざキミの手の届く範囲で戦ってあげているのが間違いだったよ。馬鹿正直に殴り合いしてやるのはもう止めだ」
ラムエルは宙に滞空したまま、右手を天井へと掲げた。
周囲に真っ赤な魔法陣が広がる。
「キヒヒ……通常状態なら魔力の負担が多すぎてまともに扱えないけれど、今なら好きなだけ撃ち放題だよ。キミが何発耐えられるのか楽しみだ」
天井付近に、赤黒い光の輪が浮かび上がった。
直径は五十メートル以上はある。
高熱のためか、周囲の光景が歪んで見える。
距離はあるが、それでも充分に熱が伝わってくる。
「古代のドラゴンの王が太陽の力を意のままに操ったと称される、その所以……! こんな魔法まで身につけていたというのか!」
リドラが悲鳴のような声を上げる。
「
巨大な炎の輪が俺目掛けて落ちてくる。
「こんな大規模な魔法、見たのは初めてだ……」
俺は思わずそう溢した。
階位も高いが、この広範囲から、恐らく同階位の中でも魔力消耗力が桁外れに高い魔法だと推測できる。
竜穴の魔力をかなり消費しているはずだ。
「当たり前だろう? 見慣れていたら困りものだ。ニンゲンの枠では決して到達できない、ボクのような超越者が限られた状況下でのみ操ることのできる、神の御業に等しい十八階位……!」
「《
「……はあ?」
俺は《英勇剣ギルガメッシュ》をラムエルへと向ける。
「
剣先より現れた炎の巨竜が、真っ直ぐに空へと昇っていく。
炎の輪を潜って四散させ、ラムエルへと喰らい掛かっていった。
「二十階位!? う、嘘だろ、こんなの……!」
炎の巨竜がラムエルとぶつかって爆ぜる。
炎の高位魔法が立て続けに二つ破裂した余波で、周囲一帯が赤の光に覆われた。
予想以上の衝撃波だった。
俺がポメラ達を案じて振り返れば、巨大な白い手が二本地面から生えて、指を組んで盾になっていた。
フィリアが俺の方を向いて、誇らしげな顔でピースをしている。
リドラは真っ青な表情で地面に這い、指輪を庇うような姿勢を取っていた。
「ちょ、ちょっと驚かされたけど、魔力の鎧さえ無事なら関係ないんだよ! 撃ち合ってみるかい? 世界の魔力とキミの魔力、どっちの方が多いかさぁ!」
ラムエルが叫ぶ。
だが、その表情には焦りが見えた。
ラムエルの切り札は《
……ただ、現状、追い詰められているのは俺も同じだ。
竜穴の魔力の鎧の突破口がまるで見えない。
俺とて《
もっと燃費のいい魔法に切り替えてラムエルと魔法を撃ち合うにしても、恐らく俺の方が先に魔力が尽きるだろう。
持ち歩いている魔力を回復させる霊薬を全て飲み切って効率的に挑んだとしても、恐らく二十四時間以上掛かる泥仕合の末に、結局こちらが魔力負けする可能性が高い。
もしかすれば押し勝てるかもしれないが、そのときは竜穴の魔力を削り切ることになる。
《
「む……指輪の熱が、僅かに下がった……?」
リドラがポメラの肩を借りて立ち上がりながら、そんなことを呟いた。
リドラは不思議そうな目で《竜穴の指輪》をしばし見つめた後、表情を輝かせた。
「カ、カナタよ、今、奴の竜穴の支配権が揺らいでいたぞ! 奴に乗っ取られてから《竜穴の指輪》が常に発熱していたが、思えば奴が魔法を発動した瞬間から少し熱が下がり、炎の竜の直撃を打ち消した際には大きく下がっていた! また熱が戻ってきているが……間違いない! 一度に大量に魔力を消耗した際に、竜穴の制御の維持が不安定になっているのだ!」
「竜王が、竜穴の消耗を勧めるとはね。いいのかい? そんなことをすれば、何が起こるのかわかったものじゃないよ。ドラゴン達が知れば、怒り狂うことだろう。ボクはあんな奴ら、怖くはないけれど……やはり竜人に竜穴を任せるのは間違いだったと、桃竜郷は滅ぼされるだろうね」
ラムエルの言葉に、俺は迷った。
竜穴は世界の心臓のようなものだ。
あまり負荷を掛ければ、その悪影響がどこに向くかはわからない。
そしてその責任は、リドラ達竜人がドラゴンより取らされることになる。
「構わぬ! やってくれ、カナタ! 桃竜郷は、奴といつか決着をつけねばならんかった! 奴を野放しにしていれば、竜穴は今後も危機に晒され続けるだけだ! 被害は絶対に出させん! 余に考えがある!」
リドラが大声でそう叫んだ。
その言葉に、ラムエルが目を見開いて怒りを露にする。
「弱い上に、使命を果たす気もないなんてね……! 竜王のレベルもかつての基準であった千を大幅に下回っているみたいだし、規則も随分と緩くなっていた。本当に桃竜郷は薄っぺらくなったものだ。だったらいいさ、やってみせるがいい!」
「強さだとか使命だとかが、そんなに大事か?」
「何の使命も持たず、ただ矮小な存在のまま百年ぽっちの寿命を生きるニンゲンらしい言葉だよ。これだからニンゲンは、虫か何かのようにしか見れないんだ」
「人の価値観に口を出す気はないけど、お前……弱かったから、竜人の使命を破ってまで、竜穴の魔力を奪って逃げ出したんじゃなかったのか?」
ラムエルは千年前、桃流郷の竜人の一人だったという。
リドラに竜人の姓について尋ねたとき、昔ならともかく今は弱い竜人から名前を奪うようなことはないと言っていた。
裏を返せば、昔ならばそういったことがあったということだ。
今の桃竜郷でも《竜の試練》で点数の低い者を一人前として見ない、対等に扱わないと、レベル差による格差が目立つ。
これでも規則が緩くなった方だというのならば、ラムエルの代は相当なものだったのだろう。
そう考えれば、ラムエルが竜穴に手を出した理由も想像がつく。
「知ったような口を叩くなよ……下等生物が」
ラムエルは顔中に青筋を立て、低い声でそう口にした。
明らかに激昂していた。
この盤面、ラムエルに冷静に守りに入って動かれるのが一番キツかった。
さっきのようにラムエルが大技で魔力を消耗したところに畳み掛けて、リドラに竜穴の支配権を取り戻させたかった。
そのための挑発だったが、充分に効果はあったらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます