第四十話 無限の魔力
「キヒヒ……悪いけれど、今のボクは絶対に戦いじゃあ死なないんだよ」
ラムエルが鱗を覆った巨大な腕で指を立て、俺達を挑発するように笑った。
「ちょ、ちょっと待ってください! じゃあ、ラムエルを見ているはずだった、ロズモンドさんは……!」
ポメラが叫ぶ。
俺はそれを聞いて、目を見開いた
確かロズモンドは、ラムエルと共に都市ポロロックへと戻り、彼女を《空界の支配者》の手先から護衛するという話になっていた。
「ああ、ロズモンド……あの弱っちいニンゲンの女だね。いやぁ、適当に振り切ってやろうと思っていたけど、思いの外しつこくってうんざりしたものでね」
「お、お前、ロズモンドさんに何を……!」
俺達が慌てる様子を見て、ラムエルが大きく舌を出した。
「キヒヒ、無事だといいねぇ。あのニンゲン」
頭の中で、何かが切れたような感覚があった。
ロズモンドは態度は大きくて喧嘩っ早いが、面倒見のいい善良な冒険者である。
ラムエルの護衛を買って出たのも、彼女の優しさからだ。
ラムエルが弱者を装っていたために、気掛かりだったのだろう。
それをしつこいと断じて始末するなど、真っ当ではない。
ラムエル程のレベルがあれば、ロズモンドがどれだけ粘ろうとも振り切るのは不可能でもなんでもなかったはずだ。
いや、まだ、殺されたと決まったわけではない。
だが、いち早くロズモンドを捜しにいくためにも、一刻も早くラムエルを倒す必要がある。
「……俺が狙いなら、桃竜郷や他の人を巻き込むな」
俺は《英勇剣ギルガメッシュ》を抜き、地面を蹴ってラムエルの許へと駆けた。
「ちょ、挑発に乗るな、カナタ! 《空界の支配者》は、竜穴の魔力を吸って永遠に近い寿命を得た、我ら竜人の祖にして怨敵だ! まともに戦ってどうにかなる相手ではない! その上に奴は今、竜穴と完全に繋がっている! 身体能力が跳ね上がっているのは無論のこと、体力も魔力も実質底なし……無限の状態だ! 今の奴と殴り合っても、一方的に消耗させられるだけだ!」
リドラが指輪を押さえながら叫ぶ。
「どうにか結界を崩して、一度桃竜郷を捨てて逃げるしかない! 奴とて、無意味に世界を荒らすことは好まんはずだ! 必ずここを奪還するためにも、感情で意地を通してはならん!」
リドラが俺をそう説得する。
だが、ここで何もせずに逃げる気にはなれなかった。
「キヒヒ、簡単に挑発に乗ってくれる。愚かだねえ、ニンゲンは。レベルが高かろうとも、踏んできた場数が違う。だからそうして見え見えの罠に引っ掛かるんだよ」
ラムエルは翼で自在に宙を舞いながら高度を落とし、巨大な腕を俺へと振りかざしてきた。
「千年振りの竜穴の魔力で、さいっこうの気分だ! 世界を型創る魔力の力……無知蒙昧な思い上がったニンゲンに思い知らせてあげようか!」
ラムエルが両腕を振るい、爪撃の連打を放ってくる。
俺はそれを刃で弾く。
「キミの間違いを教えてあげよう。一つ、逃げるべき場面で愚かにも飛び込んできたこと。そして二つ、竜穴の魔力の鎧を持つボクに肉弾戦を挑んだこと!」
左腕の大振り。
俺はラムエルの懐へ潜り込んで爪を躱し、刃を思い切り振り抜いて左腕を斬った。
だが、ラムエルが身体に纏う、虹色の魔力に防がれた。
これがラムエルの言う、竜穴の魔力の鎧らしい。
《英勇剣ギルガメッシュ》の一撃で傷がつかないとは思わなかった。
いや、違う。
ダメージを受けて魔力の鎧が消耗した分、素早く竜穴の魔力を吸い上げて回復しているのだ。
「……ぐっ、純粋な身体能力じゃあ、この状態のボクでさえ劣るのか。なるほど神にも等しいボクらが、わざわざ個人を処分する依頼を受けたわけだよ。そりゃ双獄竜程度じゃあ、力試しにもならなかったか。でも……それでも、近接戦は悪手だったねぇ!」
ラムエルは左腕を再び俺へとぶつけてきた。
対して俺の剣は、魔力の鎧に防がれて下がっていた。
魔力の鎧がある限り、ラムエル本体には一切の外傷さえ負わせることができない。
打たれ強いなんてものじゃない。
確かにこれなら近接戦で圧倒的に有利に立ち回ることができるだろう。
だが、それは、圧倒的に有利である、程度の問題だ。
俺は刃を戻してラムエルの爪を防いだ。
「へ、へぇ……今ので間に合うの?」
ラムエルの顔が引き攣る。
俺はラムエルの顔に蹴りを入れた。
案の定、これも魔力の鎧に妨げられる。
間髪入れずにラムエルが爪撃で反撃してくるのを回避し、胸部を思い切り斬った。
これも弾かれこそしなかったものの、完全に魔力の鎧で受け切られていた。
ラムエルには傷一つない。
「チィッ……! 無駄だってわかんないかなぁ! こっちは十回殴られたって、その間に一発入れてればいつかは勝てるんだよ!」
ラムエルが素早い連撃を放つ。
俺は身体を逸らして躱しつつ、重心の乗った一撃を外側へと弾いた。
ラムエルの体勢が崩れる。
「ぐっ……!」
腹部へ刺突を放った。
これも魔力の鎧に防がれてはいるものの、ラムエルは衝撃で地面へと落ちた。
ラムエルが体勢を立て直す前に、彼女の周囲を駆けながら斬撃を三度お見舞いする。
魔力の鎧が激しく明滅する。
「ニンゲン、如きがぁっ!」
激しく巨大な尾を振るう。
刃で防ぐと、ラムエルは反動を利用して後方へと逃れて距離を取った。
そのまま翼を広げて宙を舞い、俺を睨みつける。
「ま、まさか……あの状態の《空界の支配者》と、互角以上に戦えるとは」
リドラが俺を見て息を呑む。
「諦めの悪い奴め……! 竜穴の魔力がある限り、この魔力の鎧は破れないんだよ!」
ラムエルが声を荒げて叫ぶ。
実際問題……あの竜穴の魔力の鎧がかなりキツい。
いくら斬ってもまるでダメージが通らない。
恐らくラムエルの言葉通り、竜穴の魔力が残っている限り、あの鎧を破るのは不可能なのだ。
ただ、竜穴は世界のエネルギーのようなものだと聞いている。
枯渇するまで攻撃するのはさすがに無理がある上に、枯渇させてしまえばそれはそれで世界にどんな悪影響となって現れるのかわかったものではない。
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