第三十六話 竜王の力

炎魔法第九階位|竜式熱光線《ドラゴレイ》!」


 リドラが叫ぶ。

 彼の前方に二つの魔法陣が重なるように出現し、その中心を貫いて極太の赤の光線が放たれた。


 俺はまだ本気でリドラが勝負を始めるつもりなのかどうかさえ判別がついておらず戸惑っていたのだが、まさか開幕と同時に範囲魔法をかましてくるとは思わなかった。

 戦いを始めるにしても、別に場所があるのだと思っていた。

 ここでそんな大技を使ったら《王竜の間》が滅茶苦茶になりかねない。


 俺は横へと大きく跳んで光線を躱す。

 振り返ると、光線が城内の壁に大穴を開けていた。

 い、いいのか、アレ……?


 風を切る音に、俺は視線を戻す。

 いつの間にかすぐ横まで迫ってきていたリドラが、俺へと爪を振るっていた。


「余所見をしたな! 悪いが、桃竜郷の権威を背負って戦っている! 余もそう簡単に敗れるわけにはいかんのでな!」


 どうやら《竜式熱光線ドラゴレイ》を放つと同時にその後を追い掛け、自身の姿や移動音を誤魔化しながら接近していたらしい。


「貴殿ならば、必ず今の魔法に対応してくるだろうと思っていたぞ! このまま決め切らせてもらう……! 竜技、《瞋恚竜舞しんいりゅうぶ》!」


 俺はリドラの爪を、身体を捩って躱す。

 リドラは腕の勢いと翼を利用して軽やかに宙で一回転をしつつ、二度俺へと蹴りを放ってくる。

 俺はその二発をどちらも左腕で防いだ。

 流れるように体勢を整えたリドラは、また両腕を用いた爪撃へと繋げてくる。


「あの……リドラさん。その、別に挑戦を受けたくない事情があるのなら後回しでも……」


 俺はリドラの攻撃を防ぎながら声を掛ける。


「余の技を受けながら、よくもそれだけの余裕を……!」


 リドラが歯を食いしばり、俺を睨みつける。


「余とて竜王である! 不意打ちを仕掛けて、温情を掛けられて中断などできるものか!」


 再びリドラに魔力が集まっていく。

 また先程と同じ、二つの魔法陣が重なって展開される。


「確かに貴殿は桁外れに強い。だが、余の連撃を受けながら、至近距離の《竜式熱光線ドラゴレイ》を躱せる道理などな……!」


 俺は裏拳でリドラの頬を打ち抜いた。

 魔法陣が崩れ、リドラは顔を押さえながら床に身体を打ちつけて転がっていき、竜王の椅子と衝突した。


 確かに《瞋恚竜舞しんいりゅうぶ》の対応に精一杯だったのならば、至近距離の《竜式熱光線ドラゴレイ》に繋げられれば一溜まりもなかっただろう。

 だが、俺は別に《瞋恚竜舞しんいりゅうぶ》の連打から抜ける術がなかったわけではない。


 リドラの《竜式熱光線ドラゴレイ》も別に発動までさほど早いわけではないので、この手順で倒せる相手ならば普通に戦ってもどうにかなるのではなかろうか。

 確かに早期決着は狙いやすいかもしれないが、俺の方がレベルが上だと判断していたのならば取るべき作戦ではなかった。

 ただ《瞋恚竜舞しんいりゅうぶ》の精度を下げて隙を晒しただけである。

 焦りから決着を急いだのだろう。


「あの……もう、これでいいですか? 別に話したいことがあるんですが……」


 俺が声を掛けるも、リドラは起き上がってこない。


「カ、カナタさん……まさか、今のでリドラさん殺しちゃったんじゃ……」


 フィリアと共に部屋の隅へと退避していたポメラが、小声でぼそっとそう零した。


「え……!? い、いえ、軽くでしたよ、軽く!」


「カナタさんの軽く、全然当てになりませんし……」


 冷や汗が俺の頬を伝った。

 い、いや、そんなはずはない。

 リドラもそれなりにはレベルが高いはずだ。

 先程の連撃もそれなりの重みはあった。

 軽く殴り飛ばしたくらいなら充分耐えられるはずだ。


 ただ、一応ステータスを確認しておくことにした。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

『リドラ・ラドン・ドラフィク』

種族:竜人

Lv :875

HP :2764/4900

MP :3857/4725

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 ……よかった。

 やっぱり全然体力が残っている。


「大丈夫です、半分以上残ってます」


「……軽く引っ叩いただけのつもりで半分近く体力が抉れてるの、やっぱり危なかったんじゃないですか?」


 あ、当たりどころがよくなかったのだろうか……。

 起き上がってこないところを見ると、顎に入ったせいで意識が飛んだ可能性もある。

 ここで終わりにして治療した方がよさそうだ。


 そう考えていたとき、目前の床から妙な音がした。

 俺が退いたと同時に、床が爆ぜて衝撃波が巻き起こり、天井を穿った。


 リドラがゆらりと立ち上がる。


「《是空掌波ぜくうしょうは》……掌撃そのものを魔力で纏い、物質を伝導させる竜技の完成系の一つ。初見で完全に回避したのは貴殿が初めてだ」


「なんで……」


 俺は出かかった言葉を呑み込んだ。

 なんで狸寝入りから不意打ちをお見舞いしてこんなに強者風を吹かせているんだと思ったが、さすがにそれを突っ込むのは躊躇われた。

 一瞬俺もなんだか格好良く見えてしまったが、よくよく考えれば全くそんなことはなかった。


「《是空掌波ぜくうしょうは》!」


 リドラが壁に掌を当てる。

 俺がその場から動けば、またすぐ背後の床が爆ぜた。


「竜技、《涅槃千羽ねはんせんば》!」


 リドラが両翼を大きく展開させる。

 彼の翼から放たれた黄金の羽が、俺目掛けて真っ直ぐに飛来してきた。

 俺は先頭の羽を手で掴み、それを振るって他の羽を叩き落とした。


「あの……リドラさん。もう、ここまでにしませんか?」


「余は誇り高き竜人の王である! こうして戦いが始まった以上、軽々しく敗北を認めるような真似は許されんのだ! 言ったであろう、余はもう逃げも隠れもせんと!」


 リドラは背後へ大きく跳んでまた互いの距離を伸ばし、壁を叩いて《是空掌波ぜくうしょうは》を放ってくる。

 俺が前に出て避ければ、《涅槃千羽ねはんせんば》を飛ばしながらまた別の方面へと跳んで間合いを保つ。


「それに……余も、戦いを神聖視する竜人よ。久しく忘れていた、己の全てを投じて戦うこの感覚……思い出させてくれたことに感謝しよう! カナタよ、決着がつくそのときまで、共に舞おうではないか!」


 リドラが壁を蹴って、《竜王の間》の角へと宙を舞いながら移動していく。


「リドラさん……」


 この人……格好いいこと言いながら、一発顔面にもらって以来、全くこちらに近づく素振りを見せてこない。

 ひたすら隙の少ない遠距離用の竜技を連打しながら、俺から距離を取れる方向へと常に全力で移動している。


 発動準備中に一撃入れられたのが脳に鮮明に焼き付いているのか、もはや主戦力にしていた《竜式熱光線ドラゴレイ》さえ使ってこない。

 逃げも隠れもしないと宣言していたが、これは逃げるには入らないのだろうか。


「《是空掌波ぜくうしょうは》!」


 リドラが腰を落とし、床へと掌を打ち付ける。

 俺の立っている床が爆ぜるが、俺は敢えて避けずに受け止めた。


「よ、よし、一撃入った! 多少これで面子は保たれ……」


 リドラが安堵の息を吐く。

 俺は土煙の中から、リドラの黄金の羽を勢いよく投げ返した。

 これで初動を隠すことができる。

 リドラも一撃入れたと思って気が多少緩んでいたらしく、反応が遅れていた。

 喉元へと黄金の羽が突き刺さる。


「うぐっ……!」


 リドラは黄金の羽を引き抜きながら、《竜王の間》の別の角へと飛んで逃げようとする。

 更に追撃が来ることを警戒したのだろう。


 ただ、戦場としてさほど広いわけではない《竜王の間》の四隅の角を飛んで移動するリドラの動きを予想するのは容易であった。

 俺はリドラが逃げた角へと先回りする。


 リドラは着地と同時に、俺に背を向けて再び飛ぼうとする。


「……すいません、リドラさん」


 俺はその臀部へと蹴りを放った。


「ふぐぉぅっ!?」


 リドラの身体が床の上へと崩れ落ちた。

 ぴくぴくと身体が痙攣する。

 白目を剥いており、口からは泡を吹いていた。


 ちょっと力を入れて蹴らせてもらった。

 リドラはタフであるし、諦めも悪い。

 攻撃の加減が難しかったのだ。


 ただ、尻であれば大事に至ることはないだろうと判断したのだ。

 首が折れたり脳に衝撃がいく心配もない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る