第三十七話 竜王の宝物庫
竜王への挑戦の後、俺はリドラに肩を組貸して彼の身体を支えながら、ゆっくりと竜王城の階段を降りていた。
「見事であったぞ……カナタよ。この余がニンゲン相手に敗れることがあろうとはな。この世界は、何が起きるのかわからぬ。フフ、だからこそ美しく、面白い。そうは思わぬか?」
「いえ、あの……」
「言うな、城の崩壊など、戦いの甘美な味に比べれば安いものだ。この竜王リドラ・ラドン・ドラフィク、カナタを至上の友として敬おう。貴殿はニンゲンの身で、この桃竜郷での最大の名誉を得たのだ。竜王の名に掛けて邪険にはすまい。だが、ニンゲンの身でそれだけの偉業を成し遂げたことが、桃竜郷内で要らぬ妬みを買うこともあるかもしれぬ。竜人で失礼な者がおれば、この余に言うがいい」
「えっと、城壊したのはリドラさんですよね……?」
竜王への挑戦が終わり、宝物庫にて褒美の品を賜ることになったのだ。
竜王城の宝物庫は地下にて厳重に保管されているらしい。
リドラは臀部へのダメージで現在足が麻痺しているらしく、俺が肩を支えることになったのだ。
そこまで急いで褒美の品をいただかなくてもよかったのだが、どうやらリドラ側が随分と俺へと褒美の品を出すことを急いている様子であった。
直接理由は聞いていないが、恐らく桃竜郷の規則のためだろう。
桃竜郷では強さが地位に直結する。
元々竜王への挑戦は、竜王の座を懸けた戦いであるという話だった。
宝物庫のアイテムを褒美として拝領できる規則は、その代わりのようなものなのだ。
ただ、桃流郷の規則は、竜人以外が竜王への挑戦に勝利することを想定していない節がある。
竜人でもなんでもない部外者が竜王になりたいと言い出せば、恐らくとんでもない騒動に繋がりかねないのだ。
ズールの凶行もそれを見据えたものだったのだろう。
リドラとしては、とっとと俺にアイテムを与えておかなければ安心できないのかもしれない。
「……あれだけ壊しておけば、まさか余が一方的に敗れたとは皆思わんだろう」
リドラが上の階層へと目を向けて、ぽつりとそう零した。
……立場があるため仕方ないのだろうが、どうにもリドラの言動が狡く思えてしまう。
「カナタよ、竜人の長として……世界の調整者であるドラゴンとして、貴殿へ忠告しよう。この世界は大きな天秤のようなものだ。片側に重い石が乗れば、もう片側にも同じだけの重量の石が載せられる。貴殿が強大であればある程に、予期せぬ強者との邂逅が待ち受けているものだ。今この世界に何が起きようとしているのか、余でさえまるで見当がついていない。ただ、一つだけわかることがある。貴殿はいずれ、この世界の行く末を左右する大きな戦いに巻き込まれることになるだろう」
リドラが真剣な表情でそう語った。
俺は息を呑んだ。
リドラの言葉の意味は理解できる。
要するにドラゴン達が認識している世界のルールは、ナイアロトプ達のエンターテイメントのことだ。
既にその予兆はある。
《屍人形のアリス》の言っていた『世界の大きな流れ』、そして邪竜ディーテの言っていた《神の見えざる手》……。
既にナイアロトプは、俺を狙って動き出している。
「貴殿も気付いているからこそ、ここ桃竜郷を訪れたのであろう。よく選ぶがいい。余らドラゴンは、直接ニンゲンの危機を助けてやることはできん。だが、貴殿らの、そしてニンゲンの平穏を祈っているぞ」
「リドラさん……ありがとうございます」
俺は頭を下げた。
リドラは元々この世界の住人でありながら、この世界を俯瞰的に見ているところがある
ドラゴンの性質なのかもしれない。
リドラの言葉には重みがあった。
先程の戦いで、最大限まで逃げ回りながら必死に遠距離技を連打していたリドラと同一人物とは思えないくらいである。
俺も何か、先の戦いは接戦であったかのような錯覚さえ覚え始めていた。
竜王城の地下には大きな石の扉があった。
ドラゴンの絵が刻まれている。
「開け」
リドラの言葉に答えるように、彼の指輪が輝きを帯びる。
石の扉が左右へと分かれた。
それを見たリドラが、少し表情を顰めた。
「……む、余が気を失っていたため仕方がないが、宝物庫への結界が少々緩んでいるな」
「だ、大丈夫なんですか、それ……?」
「この指輪で竜穴を管理しているとは言っていたであろう? 竜穴に安易に近づかれんよう、竜穴の魔力を用いた結界を展開しているのだが……その範囲内に宝物庫も置いているのだ。ただ、その竜穴の魔力の制御自体をこの指輪で行っているため、余の身に何かあればこちらにも多少影響が出てしまう」
リドラが手の《竜穴の指輪》を俺へと向ける。
な、なるほど……。
竜王は思っていた以上に竜穴の制御と保護に関わっているようだ。
竜人が異様に強さに拘っている理由も、竜王が簡単に強さで入れ替わる理由もわかった。
そもそも竜王が一番竜人の中で強くなければ成立しないのだ。
「それって……もしかして、侵入されたりしている可能性があるっていうことですか?」
「いや、あくまで多少弱まっていただけだ。余がここを離れていたわけでもないため、そう簡単に破られる結界ではない。仮に侵入を許していれば、結界自体が途絶えている」
リドラは俺の腕を解き、宝物庫へ向かって歩き始めた。
「すまないな、もう大丈夫だ。わかってはいるだろうが、宝物庫内ではくれぐれも余計なことはせぬように頼むぞ」
「本当に大丈夫ですか? 足、滅茶苦茶震えてましたけど……」
俺が問い掛けたとき、リドラが何か答えるより先に、フィリアが屈んで彼の太腿を軽く突いた。
リドラの膝がガクンと下がり、太腿を抱えながら地面へと崩れ落ちた。
「つぅっ! 痛い痛い痛い痛い痛い!」
「ごっ、ごご、ごめんなさい! ごめんなさい! フィリア、つい……!」
……やはり痩せ我慢をしていたらしい。
この人、凄い人物ではあるのだろうが、微妙に頼りなく見えてしまう。
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