第三十五話 竜王との面会

 フラウスに竜王との面会を認められた俺達は、オディオとは入口で一度別れ、三人で竜王城内部へと進むことになった。

 事前に聞いていた通りに中央の階段を上り、竜王のいる《竜王の間》を目指す。


「試練のお陰で随分と遠回りになりましたが、これでようやく竜王との面会ができます」


 俺は安堵の息を吐いた。


 ようやくラムエルからの伝言を竜王へと届けることができる。

 ただ、ラムエルも竜王ならば信じてくれる、対策を打ってくれるはずだとは口にしていたものの、本当に竜王の人柄が信用できるのかどうかにはまだ少し不安がある。

 ライガンのような偏屈な人物ではなく、話の通じる相手だといいのだが……。


「カナタさんは竜王さんの持つアイテムが気になると言っていましたけれど、今回はひとまずお話と、竜王さんの治療を行うことになりそうですね。竜王さんへの挑戦は、また間を置いてから考えましょう」


 ポメラがそう提案した。


 まあ、そうなるだろう。

 俺の目的の一つに、竜王の持つアイテムがあった。

 ただ、それをいただくためには、王竜の称号を持つ者が、竜王へと挑戦して勝利する必要がある。


 しかし、仮に治療ができたとしても、病み上がりの竜王を襲撃してアイテムを奪い取った形になれば、不要な禍根を残すことになりかねない。

 《空界の支配者》の件もあるため、それどころではない可能性も高い。

 ひとまず今回は面会だけ、という形になりそうだ。


 規則に則っているとはいえ、竜人の宝を人間が掻っ攫うのだ。

 慎重になって、なり過ぎるということはないだろう。


「……そういえば、別に俺だけじゃなくて、ポメラさんもフィリアちゃんも王竜なんですよね? もしかして全員で一回ずつ挑めば、宝物庫のアイテムを三つもらえるんでしょうか?」


「カ、カナタさん、それはちょっとあの、他の竜人さん達から反感を買うんじゃないですか……?」


 ……勿論、俺も竜人から反感は買いたくない。

 ただ、仮にナイアロトプへの牽制になりそうなアイテムが宝物庫にあるのであれば、正直多少無理をしてでも数を回収しておきたいという気持ちがある。

 スーパーのおひとり様一つまでを家族で手分けして回収するような作戦は、竜王城ではさすがにやめておくべきだろうか。


「フィリアもっ! フィリアも竜王に挑みたい!」


 フィリアがちょっとしたアトラクションに並ぶかのような気軽さで竜王に挑戦しようとしている。

 俺は笑って誤魔化しながら、妙なことになりませんようにと心の中で祈った。


 階段を上がり、最上階の《竜王の間》へと到達した。

 豪奢な椅子に、薄い緑色の長髪の男が座っている。

 背からは金の翼が伸びている。


「貴方が、竜王リドラ……」


「噂になっているカナタだな。如何にも、余が竜王リドラだ」


「あの、体調が優れないところを申し訳ございません。ただ……」


 俺が弁解しようとしたところ、リドラは手を前に出して言葉を遮った。


「よい、全てわかっている。皆まで言うな」


 リドラはそう言うと、左手の人差し指を突き出した。

 大きな虹色の宝石の嵌め込まれた指輪があった。


「《竜穴の指輪》である。元々竜王の使命とは、竜人を束ね、竜王城地下にある竜穴を守護することにある。この指輪は竜穴の制御及び、竜王城周辺を動く魔力を感知する能力がある。貴殿らがオディオと共にここへ来ていたことはとうに知っている」


 リドラは落ち着いた声色でそう口にした。


 物分かりの悪い相手だったらどうしようとは思っていたが、リドラは異様に察しがいい。

 概ねこちらがどういったやり取りを経てここへ来たのか、既に見当がついているらしい。

 さすが竜王と称えられているだけのことはある。

 リドラには妙な貫禄があった。

 初対面ではあるが、こちらの動きや考えは全て見抜かれているような気さえしてくる。


「オディオとフラウスが通した、か。いや、二人の様子を見ていて、こうなる気はしていた。余の決断に対して懐疑的であったからな。桃竜郷を守るためには一番の手であると思っていたが、結局聖竜や金竜らの不信感を煽っただけであったか」


 リドラはどこか寂しげな様子であった。


「……何の話ですか?」


 確かにオディオの様子は少し変であった。

 俺達に隠し事があったように思う。

 リドラもそれについて思うところがあるらしい。


 ただ、状況が呑み込めない。

 まさか、リドラが《空界の支配者》と繋がっており、オディオもそのことを察していたのか?

 いや、さすがにそれはないと思いたいが……。


 俺が混乱していると、続いてリドラが口を開いた。


「カナタよ。貴殿らが竜王である余に会いに来たのは、確固たる目的があったためであろう」


「は、はい、そうです。既に察せられておられるようですが……」


 ひとまずアイテムだの竜王への挑戦云々は後日でいい。

 とにかくラムエルから聞いた、桃竜郷が《空界の支配者》に狙われているという話をリドラに伝える必要がある。

 それが終わればラムエルを桃竜郷へと帰してあげることもできる。


「……その目的、一度忘れてもらうことはできんか? こちらにも事情というものがある。必ずや貴殿らの損にはならぬように埋め合わせはさせてもらおう」


 俺はその言葉を聞き、目を見開いた。

 やはりリドラは最初から《空界の支配者》が竜穴を狙っていることを知っていたのだ。

 だが、知っていた上で、それを見過ごそうとしている。


 だとすれば、《空界の支配者》の一派から狙われて、低レベルのために誰にも信じてもらえず、たった一人で桃竜郷を守るために助けを求めて外へ飛び出したラムエルの努力はなんだったというのか。


「そ、その……余の口から直接的に言うのは立場上憚られるのだが、貴殿らはこの地の名誉やしきたりに拘る理由もなかろう? 信じて欲しいのだが、決してこれは余の保身のためではないのだ。ただ、申し訳ないが、わかりやすくいえば、桃竜郷は貴殿のような高レベルの存在が訪れることを想定してはいない。その、宝物庫へは後日余の友人として改めて招くとして、そこでまた話し合いを……」


「ふざけないでください! 理由がある、立場があると煙に巻いて誤魔化さないでください! リドラさん、貴方、全部知っていた上で、嘘を吐いて竜王城に隠れて静観しようとしていたんですか! それが竜王の役割なんですか! いえ……別に、竜王の立場なんて俺達にはどうでもいい話です。ですが、そんな言葉で納得して引き下がれるわけがないじゃないですか!」


 俺だってラムエルと約束したのだ。

 俺自身も《空界の支配者》から既に一方的に敵視されている。

 せめて誤魔化さずに、ここ桃竜郷で何が起きているかの説明くらいはしてもらえないとこの場は下がるわけにはいかない。


「やはり、そうなるか……。いや、諦めの悪い妄言であった。今の言葉こそ忘れてもらいたい。これで余も腹が決まった」


 リドラは苦しげに息を吐くと、椅子から跳び上がって床の上に立った。

 前傾姿勢になり、両手を構えて爪を伸ばす。


「このリドラ・ラドン・ドラフィク、逃げも隠れもせん! 正々堂々、竜王としてカナタの挑戦を受けようではないか!」


「……うん?」


 俺は混乱して、思わず素っ頓狂な声を出してしまった。


「……む? どうした、カナタ? 余へと挑戦したかったのではないのか?」


「いえ、そっちは別に急がないというか……」


 何か噛み合っていない、とんでもないすれ違いがあったように思う。


「ちょっと待ってくれ。もしかして、余が仮病で戦いを延期にしてどうにか有耶無耶にしようとしていたことに憤っていたわけではないのか?」


「そんなしょうもないことしようとしてたんですか!? 竜人の王が!?」


 思わず素で大声が出てしまった。

 俺は慌てて口を塞ぐ。

 それからしばし、気まずい沈黙が訪れた。


 どうやら《空界の支配者》と繋がりがあるのではという疑惑は、完全に俺のただの勘違いであったらしい。


「いえ……想定していたのとのギャップで驚いて、つい……。あの、そういうことでしたら融通は利かせられそうといいますか……」


「さあ、来るがよい、ニンゲンよ! 世界の守護者たる余の力、貴殿にお見せしようではないか!」


 俺の言葉を掻き消すようにリドラが叫んだ。

 半ばヤケクソ気味の大声であった。

 羞恥のためかバツの悪さからか、リドラの顔は赤くなっていた。

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