第三十四話 《凶爪のフラウス》

「ここが竜王城ですか」


 俺は目の前の大きな城を見上げる。

 白い壁に、暗色の屋根。

 金の竜の装飾があちらこちらにあしらわれている。

 和風の雅な巨大建造物であった。


「あの……師匠方や、その……やはり竜王様には、今はお会いにならない方がよろしいかと……」


 オディオはここまで道案内をしてくれたものの、歯切れ悪そうにずっと俺が竜王に面会することを止めていた。


「……正直、元々竜王と面会がしたくてここまで来たので、それで退がるわけには。すいません」


 竜人達からの心証は悪くなるだろうが、ここではそう言うしかない。

 竜王城のアイテムのことは後回しにもできるが、竜王に《空界の支配者》が動いているということを大急ぎで伝えなければならないのだ。

 竜王が体調を崩したというのであれば、これを好機と捉えた《空界の支配者》やその手先が行動を急ぐこともあるかもしれない。


「腹痛だと言っていましたが、そんなに竜王の体調は悪いんでしょうか?」


 高レベルの竜人達を束ねる長である。

 レベルが低いわけがない。

 簡単に体調不良を起こすのはちょっと想像がつかない。

 何か裏があるのではないだろうか。


「儂も竜王様に仮病で逃げるような卑屈な真似をしてほしくはありませんでしたが、竜王様が桃竜郷のためを思ってそうご決断されたのであれば……」


 オディオは苦しげに小声で何か漏らした後、慌てて顔を上げて激しく首を振った。


「ご、ごほん! で、ではなく、その、竜王様は現在、本当に体調が優れませぬ故……!」


「大丈夫ですよ、オディオさん。いくつか病魔や呪いに効く霊薬を持っているんです」


「い、いえ……その……この桃竜郷にも、そうした薬はあるのです。それに竜王様自体、生半可な病魔や呪いに掛けられるお方ではありません。そう、そう……であれば、何やら桃竜郷の外敵の怪しい術に掛けられた可能性も、その、なくはないかな……と」


「外敵の怪しい術……?」


 そのとき、俺の中で繋がったことがあった。

 このタイミングで高レベルの竜王が怪しい術に掛けられたというのであれば、《空界の支配者》絡みでないわけがない。

 本人でなくても、《空界の支配者》の送り込んだ刺客の仕業であるのかもしれない。


「え、ええ、そうなのですじゃ! だからその、ここはどうか、ひとまずお時間を……。儂もどうにか竜王様と連絡を取って、穏便かつ真っ当な対応をしていただけるよう説得を……いえ、お身体の調子について聞いておきますので。師匠方はどうか、しばらく桃竜郷でご休息を」


「外敵の手の可能性があるとすれば、尚更急いだ方がいいかもしれませんね。俺の師匠は錬金術に長けていまして、こと霊薬に関しても世界で最上位に入る知識を持つ人でした。必ず力になれるはずです」


 ルナエールは俺が《地獄の穴コキュートス》を出る際に、多種多様な霊薬をこれでもかと詰めた魔法袋を持たせてくれた。

 竜王に掛けられた術を解くのにも役立つはずだ。

 仮に効果がなかったとしても、こうなった以上は《空界の支配者》について何がなんでも竜王と相談しておく必要がある。


「そ、そうですか……い、いえ、しし、しかしですな、ううむ……」


 オディオが苦しげに呻き声を漏らす。


 なんだろうか、やはりオディオの言動は妙に思える。

 全ての試練を終えてから再会して以来、終始様子がおかしいのだ。

 まるで何か後ろ暗いことがあるようにさえ見えてしまう。


「……ポメラさん、オディオさんの言動、少し妙ではありませんか?」


 俺は声を潜めてポメラへと相談した。


 疑いたくはないが、もしかしたらオディオは《空界の支配者》と何かしらの繋がりがあるのではなかろうか。

 オディオが桃竜郷を裏切るとは思えないが、もしかしたらそんなオディオだからこそ、誰かを人質に取られて竜王を罠に掛けざるを得なくなったのかもしれない。

 これまでの情報から察するにも、《空界の支配者》は平気で卑怯な手を取ってくるような奴だ。


「……多分、カナタさんが疑っているようなことはないと思いますよ……。その、オディオさんの話に乗ってあげて、やっぱり数日だけ待ってあげませんか?」


「何故ですか? 《空界の支配者》の件もありますし、さすがに先延ばしにするべきではないと思いますが」


 何か事が起こってからでは取り返しがつかないのだ。


「う、ううん……まあ、それは間違いなくそうなんですけど……」


 ポメラが困ったように眉を寄せる。


 竜王城の前まで来たとき、一人の見張りが立っていた。


 桃色の髪をした、無表情で冷たい印象の女竜人であった。

 スリムではあるが牙や爪が大きく、身長も二メートル近くある。

 爬虫類のような鋭い目が、俺達へと品定めするように向けられた。


 彼女のことはオディオから既に聞いていた。

 十二金竜の中で最も聖竜に近いとされている竜人、《凶爪のフラウス》である。

 竜王を深く敬愛しており、普段は竜王城の番をしているとのことであった。


「そ、そう! 竜王様の言葉は、誰も通すなというものであった。この言葉がある以上、竜王様を慕っておるフラウスは通してはくれぬであろう。無理に通るというのも、師匠方の風聞を落とすことになるでしょうな。儂からまた説得してみますので、今日のところはやはり……」


「……オディオ様と、ニンゲンの方達ですね。お三方の噂はかねがね伺っております。王竜の称号を得たこと、おめでとうございます」


 フラウスが淡々とした声でそう言い、頭を下げた。

 俺とポメラ、フィリアも各々に礼を返した。


「しかし、現在竜王様は誰も入れるなとのこと。残念ながら面会はお断りさせていただきます」


 俺は息を呑んだ。

 言葉遣いこそ丁寧だが、威圧的な雰囲気があった。


「……それについてなんですが、病魔や呪いに効く霊薬を持っているんです。ぜひ竜王様に贈らせていただければと。それから……あまり大きな声では言えないのですが、実は竜王様に呪いを掛けた人物に心当たりがあるかもしれないんです。事態は急を要しているかもしれません、どうか会わせていただけませんか!」


 俺はフラウスへと頭を下げた。

 フラウスはしばらく黙って俺をじっと見つめていたが、やがて決断したらしく、口を開いた。


「なるほど……そういうことでしたら、私の判断でお通しいたしましょう。竜王様をよろしくお願いいたします」


 フラウスは静かに頭を下げる。

 駄目かと思ったが、俺の熱意が伝わったらしい。


「ありがとうございます!」


「フ、フラウスや、竜王様の確認もなくお通しするのは少しまずいのではないかの!?」


 オディオが慌てた様子で口を挟む。


「竜王様は様子が妙でございまして、確かに私も引っ掛かるところを感じてはおりました。不敬にも、もしや旅人からの挑戦を嫌ってこのような真似を……とも私の浅はかさから疑ってしまいましたが、何らかの敵対者の攻撃を受けたのであれば納得がいきます。それに、ドラゴンの恩人であり、オディオ様も人柄を認めていらっしゃるこの方々の言葉でしたら、安心してお通しすることができます。竜王様の命令とはいえ、融通を利かせずここでお三方を無為に足止めをする理由はないかと」


 フラウスはオディオへとそう返した。


「い、いや、フラウスや、それは少し考え直したほうがいいと儂は……」


「親しい様子ですが、オディオ様はこの方々を信頼してはいないのですか?」


「何を言うか、フラウス! 師匠方は素晴らしいお方である! 儂も長生きした身よ、人を見る目には自信がある」


「ならば問題ないでしょう」


 激昂した様子のオディオへと、フラウスはあっさりとそう返す。

 フラウスはこちらについてくるように目で合図をし、竜王城の扉へと歩み始めた。

 オディオはその背をしばし呆気に取られた様子で眺めていたが、すぐに慌ただしく追いかけ始めた。


「フ、フラウスよ! それとこれとは少し話が異なるかもしれんぞ!」

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