第三十一話 研ぎ澄まされた不意打ち

 竜魔像は、まるで生きているドラゴンのように叫び声を上げ、俺達目掛けて襲い掛かってくる。

 ざっと見て百体以上……。

 だが、大半は【レベル300】以下だ。

 大技は必要ない。とにかく小技で数を減らしていく必要がある。


「……我が時間を稼ぐ。貴様らとヨルナは逃げるがいい。これは、桃竜郷の不始末である」


 ライガンが静かにそう言った。


「いえ、ライガンさん、そんな命を張っていただかなくとも……」


 俺がそう口にすると、ライガンは鼻で笑った。


「安心せよ。これはほとんど、ズール様の独断であるはずだ。さすがに三大聖竜の方々が、皆口を揃えて貴様らを殺すと判断したとは思えぬ。オディオ様にズール様の凶行を伝えるのだ」


「ですから、あの……」


 ライガンはゆっくりと首を振った。


「フン、頼りないと、そう言いたげだな。なに、この《雷の牙ライガン》……そう簡単にはやられはせぬ。奥の手は、貴様らにも見せておらん。それに、貴様らのためではない。我は我と……桃竜郷の尊厳のために、ズール様を止めるのだ。それ以上でもそれ以下でもない」


「気持ちはありがたいんですが、あの、本当に、そこまで覚悟を決めていただかなくても……」


 話をまともに聞いてくれない。

 何が何でもここで命を張りたいらしい。


精霊魔法第八階位|雷霊犬の突進《ライラプスファング》」


 ポメラの前に、獣を象った雷の塊が生じた。

 獣は地面を抉って直進し、竜魔像達を噛み砕いていく。

 獣が駆け抜けた後は、八体の竜魔像が残骸と化していた。


「こ、小娘……貴様、ここまで強かったのか!」


 ライガンが驚いたように口にする。


「カナタさん、一気に数を減らさないと、ちょっと面倒ですよ!」


 ポメラが俺を振り返る。

 俺は頷き、《英雄剣ギルガメッシュ》を抜いて竜魔像達へと向け、横に一閃した。


時空魔法第十階位|次元閃《ロムスラッシュ》」


 視界の竜魔像が、一斉に同じ高さで上下に分かたれる。

 ライガンは呆然と大口を開け、動かなくなった竜魔像へと目を向ける。


「あの、本当にどうにかするんで、ライガンさんはヨルナさんとミツルさんを連れて下がっててください」


「ここまでだったとは……化け物共め! ですが、こちらには千点の竜魔像がある! 雑兵などどうでもよいのですよ!」


 ズールの乗る千点の竜魔像がこちらへ飛来してくる。


「どーん!」


 地面から伸びた巨大な白い腕が、巨大な竜魔像の腹部を貫いた。

 フィリアのアッパーである。

 一瞬で竜魔像が崩壊し、瓦礫の山と化した。


「こっ、こんな馬鹿なことがぁっ!」


 ズールが悲鳴のような声を上げる。


「さすがフィリアちゃん……!」


 この調子なら、百体の竜魔像もすぐに壊滅させられそうだ。

 一番点数の高い千点の竜は既に倒した。

 後は残党処理のようなものだ。


 安堵したのも束の間、全長十メートル近い像に、前後から挟まれた。

 どちらも額に【五百】と刻まれている。


 俺は刃を大きく振るう。

 前後の竜魔像の腹部に大きな亀裂が入った。

 その裂け目がどんどんと広がり、バラバラになって地面へと落ちていく。


 五百点の竜魔像もそう多くはない。

 せいぜい五体程度だったはずだ。

 敵の戦力は着実に減っていっている。


 そのとき、視界端に俺へと槍を向けるズールの姿が見えた。

 ズールは飛び散った竜魔像の断片の瓦礫に、逆さの姿勢で張り付いて俺を睨んでいる。


 数の限られている五百点の竜魔像が、二体同時に俺を狙ってきた理由がわかった。

 ズールが俺を標的にしたのだ。

 二体の竜魔像で挟み撃ちにし、飛び散った瓦礫を利用して死角から俺へと飛び掛かるつもりだったらしい。


「隙ありです! 貴方が大将と見受ける! この槍の前には……どれだけレベルがあろうと、関係ない! ホホホ……毒邪竜ヴェルギフの胃石を研いだ、私のとっておき……!」


 穂先の紫の石が光る。

 ズールが竜魔像の瓦礫を蹴り、俺へと弧を描くように飛び掛かってきた。

 翼を上手く利用しているらしく、軌道の読みづらい、歪な飛び方だった。

 速度が変わったかと思うと、左右に姿がブレて、ズールの姿が三つになった。


「竜技、《多影疾風閃》!」


 体勢がまだ間に合っていない。

 ズールだけでなく、別方面からもまた竜魔像が向かってきている。


 俺は息を呑んだ。

 ライガンの言う通り、ズールは侮ってはいけない相手だった。

 竜魔像との混戦でひと目で俺が一番レベルが高いと見抜き、短期決戦を掛けるしかないと踏んで、貴重な戦力である五百点の竜魔像を二体、即座に俺へと嗾けてきた。

 相手の注意を分散した状態で死角を突き、武技を用いて、レベル上の俺へと確実に毒槍を当てに来た。


 決して褒められた戦法とは言えない。

 だが、勝つことを目的とした戦いの立ち回りとして、完全に俺はズールに出し抜かれた。

 レベルではない、実践の経験差がまともに出た形になった。


「お死になさい、ニンゲン!」


 俺は足を延ばし、三人になったズールの腹へと、それぞれ一発ずつ蹴りをかました。

 ズールの動きが止まると共に、二つの影が消える。

 ズールは白眼を剥き、舌を大きく伸ばして地面の上へとへなへなと倒れ込んだ。


「う、ウソ……なんで……? 見切れる、わけが……」


 俺はズールの槍の穂先を握った。

 少し手のひらに熱が走る。

 これくらいの毒ならば、どこに受けても問題はなかっただろう。


 ズールの策略には綺麗に嵌められた形になったが、肝心なレベル差があまりに大きかったため、特に痛手にはならなかった。

 恐らくズールは【レベル500】程度だ。

 技術はともかく、単純な身体能力は五百点の竜魔像と大差ない。


 ただ……もしもゾロフィリアやレッドキングが似たような不意打ちを仕掛けてきて、同じようなステータス頼みの甘い対応をすれば、命の危機に陥っていたとしてもおかしくはない。

 俺はナイアロトプから狙われているのだ。

 もっと警戒して身構えておくべきだろう。

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