第三十二話 事件終結

 主犯のズールを無事に気絶させることができた。

 後は、残った竜魔像を壊し切るだけだ。


 周囲を見れば、最初は百体であった竜魔像も、気が付けばそのほとんどが残骸と化しており、動いているのは三十体程度となっていた。

 全ての竜魔像を壊すまで、最早時間の問題だろう。


 もう千点の竜魔像も残っていない。

 ライガン達を庇いながら、《次元閃ロムスラッシュ》で適当に減らしていけばいい。


 なるべく点数の高い竜魔像から壊していく。

 遠くのものは《次元閃ロムスラッシュ》で切断し、近くの竜魔像は《英雄剣ギルガメッシュ》で叩き斬った。

 ポメラとフィリアの攻撃もあり、竜魔像の数は二十、十へと減っていく。


「よし、そろそろ……」


「ク、クソ、オレだってやってやらぁ!」


 これで片が付くと思ったとき、怪我だらけのミツルが飛び出すのが見えた。

 ライガンとヨルナの制止を振り切り、そこそこ大きい竜魔像へと斬り掛かっていく。


「お、おい、貴様、無茶をするな! 奴らがバサバサとなぎ倒しているから感覚が狂うが、竜魔像は本当に強力なのだぞ!」


「あ、あまりライガンさんから離れないでください、ミツルさん! お怪我をされてるんですから!」


 ライガンとヨルナが大慌てでミツルの後を追い掛けていく。

 また余計なことを……と思ったが、ミツルの斬り掛かっている竜魔像は、二百五十点のものだった。


 ミツルは五百点の竜頭岩を持ち上げている。

 あの点数の半分である。

 それなら負傷しているミツルでも別に問題はなさそうだ。

 俺はミツルから目を放し、目前の竜魔像へと意識を戻す。


「《極振りダブル》……攻撃モード!」


 その声を聞いて、俺はぎょっとした。

 ミツルの《極振りダブル》は、単純に狙ったステータスを倍加させるものではない。

 他のステータスをちょっとずつ減らして増加分のステータスを補っているようだった。


 確実に一撃で倒すつもりなのだろうが、もし攻撃が当たらなければ、他のステータスが下がった状態で竜魔像の攻撃に対処しなければならない。

 ただでさえミツルは負傷しているのだ。


 気になって視線を戻す。

 ミツルの刃が竜魔像の左肩を斬った。

 もげた左腕が、地面に落ちて砕け散る。


「チッ……捉え損ねた!」


 ミツルが脂汗を浮かべてそう零す。


 左肩を斬ったのではない。

 左肩で防がれたのだ。

 おまけに竜魔像は背後に引いて、衝撃を殺している。

 速度がなかったため、対応されたのだ。


 ミツルは大剣を慌てて構え直そうとする。

 だが、竜魔像の爪が伸びる方が早い。


「クッ、クソ、来るな、来るんじゃねぇ!」


 やはり、今、《極振りダブル》で攻撃力を伸ばすべきではなかったのだ。

 元々、《極振りダブル》を使わずとも攻撃力は充分足りていたはずだ。

 恐らく、ミツルの性格から考えて、初手で攻撃力を伸ばしてぶん殴るのが半ば定石になっているのだろう。


 魔法を撃って助けようとしたが、俺の視界を遮るように三百点の竜魔像が飛んできた。


 俺は《英雄剣ギルガメッシュ》を両手持ちに切り替え、地面を蹴って宙へ跳んだ。


「本気で振るうのは、鏡以来だな」


 全力で《英雄剣ギルガメッシュ》を振り切った。

 斬撃が三百点の竜魔像を断ち、そのまま地面を斬り、その先のミツルを襲っていた竜魔像を断った。

 斬撃は延長線上にいた他の竜魔像を叩き斬り、その先の竜門寺にまで及んだ。

 建物に巨大な亀裂が走った。

 

「あ……」


 咄嗟だったので、加減が利かなかった。

 かなり高そうな建造物を叩き壊してしまった。


 な、中に人がいなければいいのだが……いや、その点は心配はいらないか。

 他に竜人がいるようなら出てきていただろうし、ズールも竜人はあまりここには来ないと口にしていた。


「すごい、カナタ、すごい!」


 フィリアがきゃっきゃと、無邪気に燥いでいた。

 彼女の足許には、また新しい竜魔像の残骸が増えている。

 どうやらこれで竜魔像自体は全て無事に叩き壊せたようだ。


「え、えっと……大丈夫でしたか、ミツルさん?」


 ミツルは呆然と口を開けていたが、俺と顔を合わせると、びくりと身体を振るわせ、倒れた姿勢のまま後退った。


「ば、化け物め……」


 ミツルはそう零し、ヨルナに助けられるように立ち上がっていた。


「千点でも二千点でも取れとは言ったが、まさかここまでだとは思っておらんかったわ。まあ、助けられたが……」


 ライガンが呆れたようにそう口にした。


「ライガンさん……その、竜門寺、大丈夫ですかね?」


「大丈夫に見えるか? 真っ二つであるぞ」


「そ、そういう意味じゃなくて……あの……価値的な意味と言いますか……」


「そうであるな。先代の竜人が、樹齢千年の木を用いて築いたという神聖なものである。値がつけられん建物であることは間違いない」


 ライガンはそう言って自身の額を抓るように押さえ、溜め息を吐いた。

 俺とポメラは両手で顔を覆った。


「まあ……その、我からも、貴様らを責めるべきではないと言っておいてやる。竜魔像を倒すために仕方がなかったと言えば、ズール様の責任に仕立て上げられるであろう。幸い、ズール様は今、気を失っておる」


 ライガンは地面で伸びているズールへと目を向けてそう言った。


「ありがとうございます……ライガンさん。その、優しいですね」


「貴様らが来てから色々とあり過ぎて、我はもう疲れた……。正直もう、どうにでもなれという気分である」


 ライガンはそう言ってから、ふとミツルの方を向いた。


「そう言えば貴様……ズール様をどうにかしたら、その後でまた仕切り直してカナタと戦うと言っておったな。アレを見ても、まだやるつもりなのか?」


 ライガンは投げやりにそう言って、二分された竜門寺へと目を向けた。

 ミツルは顔を真っ蒼にして、ぎょっとした表情を浮かべる。

 竜門寺に走る斬撃の後と俺を、素早く交互に見比べていた。


「え……まさか、さっきの今で、まだそんなことを……?」


 俺ももう、ミツルの相手は疲れた。

 これ以上やるというのなら、ミツルの鳩尾を殴って気絶させて逃げるつもりでいる。

 怪我を負わせたくはなかったが、さすがに付き合い切れない。

 

 俺が《英雄剣ギルガメッシュ》を鞘に戻そうと手を動かすと、ミツルの身体が神経質に震えた。


「《極振りダブル》……素早さモード!」


 ミツルの身体から黄色い蒸気が昇った。

 かと思えば、素早くヨルナを脇に抱えて、地面を蹴って豪速で階段を降りていった。


 俺はその様子をぼうっと眺めていたが、自分の手許を見て、もしかしたらミツルは俺が《英雄剣ギルガメッシュ》を振るうつもりだと思ったのかもしれないと気が付いた。


「……逃げていきおったな。我らもズール様を連れて、降りるとするか」


 ライガンはまた、深く溜め息を吐いた。

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