第三十話 三大聖竜ズール
「三大聖竜の一人、ズール……」
聖竜……《竜の試練》で、千点以上を獲得した者に与えられる称号だ。
聖竜の上には王竜しかない。
《竜頭岩の崖》で会ったオディオと同列で、桃竜郷最強格の竜人の一人ということだ。
竜人達は偏った実力主義である。
竜人の強さは、桃竜郷内での権威に匹敵する。
桃竜郷の幹部的な立ち位置であると、そう考えても間違いはないだろう。
そしてどうやら、ズールは俺達に敵意を向けているようであった。
「なぜこの竜門寺へ……とい言いましたね、ライガン。決まっています、決断力のない竜王様と、脳味噌が筋肉でできている老害に代わって、私が直々に下賤なニンゲン共の始末にきたのですよ」
ズールは高笑いしながらそう口にした。
俺はズールへと身構えた。
……敵意を向けているのは察していたが、ここまで直球だとは思わなかった。
《空界の支配者》の手先なのかとも思ったが、どうやらそういうわけではないように見える。
ライガンもヨルナも状況を理解できていないようで、二人共動揺を隠せない素振りで、俺達とズールへ交互に目をやっていた。
「ンフフフ、この竜門寺ならば、私の管轄であり、そう訪れる竜人もいないため、ニンゲン共を秘密裏に始末できる。ニンゲンの付き添いが、物分かりのいいライガンでよかった。手伝いなさい、ライガン」
「お、お言葉ですが、ズール様……! こ奴らを始末する理由がわかりません! 《巨竜の顎》での一件は、不問にすることになったはず! その件だとしても、何も命を奪わずとも……!」
ライガンが必死にズールへと説得を試みる。
「ニンゲンが戯れで《竜の試練》を穢すなど、許されることではないのですよ。ライガン、これは桃竜郷のためなのです。ヨルナはまだ若く、竜人の使命をわかっていない。ライガンが拘束なさい。口封じに、しばらく牢にでも入れておきましょう」
ズールが呆れたような素振りを見せ、諭すような口調でライガンへとそう説明した。
「く、口封じ、とは……。ズール様、それは、やってはならんことであると、ご自覚なさっているからこその言葉なのでは? 確かにこいつらは気に喰わん奴ばかりではありますが、皆、恩人としてこの桃竜郷へと招いておるのです。不都合だから秘密裏に暗殺するなど、そのように卑屈な真似は、我々は取ってはいけないのです。やはり、お考え直しを!」
ライガンが地面の上に膝を突き、ズールへと深く頭を下げた。
「ライガンさん……」
正直、俺はライガンのことを舐めていたかもしれない。
暴力的で傲慢で、変に偉そうで、上には諂うような竜人だと。
だが、この桃竜郷に愛着と誇りを持っているからこその言動だったのだと、今理解できた。
ズールが目を鋭く細め、青筋を浮かべて怒りを露にする。
「どいつもこいつも、単細胞の愚物ばかり……! やってはならないことと、公にできないことは違うのです。政とは即ち、采配、優先順位。何かを立てるためには、何かを折らなければならない。綺麗ごとだけでは動かないというのに! ライガン、貴方は十二金竜の器ではなかった。もういいです、であれば、全員に死んでいただくのみ!」
ズールは興奮しているらしく、蝙蝠のような翼を大きく開き、甲高い声でそう怒鳴った。
「ライガンさん……」
「礼には及ばん。我は、我が正しいと思った道を行くまでである。それに……これは、我々竜人の落ち度である」
ライガンは苦悶の表情でそう口にした。
ライガンも全く迷わなかったわけではないのだろう。
桃竜郷において、聖竜がいかに絶対的な存在であるのかは、ライガンのオディオへの対応からも察している。
「……あ、もしかしてライガンさん、カナタさんについた方が安全だと思って、こっちに来たんじゃ」
ポメラがそう口にした。
思いついて、つい口に出てしまったらしい。
慌てて口を手で押さえていた。
「違うわ! 貴様、この期に及んで我を侮辱するか!」
「ポ、ポメラさん、今のはさすがに謝った方がいいですよ!」
「ごご、ごめんなさい! つい、その……!」
ポメラがぺこぺことライガンへ頭を下げる。
「第一……この状況、分が悪いのは我らの方である。ズール様は、強さは無論のこと、計算高く、残酷……負け戦をする御方ではない」
そ、そこまでズールは強いのか……?
ライガンから見て、順当に行けば俺達が王竜の称号を取れるのはわかっていたはずだ。
それでもなお、ズールの方に分があると考えているらしい。
「あんなカマトカゲ、オレ一人で充分だ。竜王ならいざ知らず、聖竜なんざそこのライガンに毛が生えた程度の奴だろうが。トカゲジジイに舐めた態度取られて、頭に来てたんだ。丁度いい、オレが聖竜以上だと証明してやらぁ。おいモヤシ、このカマトカゲが片付いたら仕切り直しだ!」
血塗れのミツルが前に出た。
……さすがに大人しくしていた方がいいのではなかろうか。
「ホホホ……その余裕、いつまで持ちますかねぇ。いいことを教えておいてさしあげましょう。竜魔像は戦闘訓練のために使われていますがねえ、竜穴を狙ってきた悪しき者共を追い返すための、番人でもあるのですよ。竜人は少々、数が少ないですから」
ズールはそう言うと、左手を空へと掲げた。
左手についていた、金の腕輪が輝きを放つ。
「さあ、竜魔像よ! 我が命を聞いて、桃竜郷に仇を為す者共を喰らい尽くすのですよ! ホホホホホ!」
腕輪の光を受けた竜魔像の瞳が、赤々と輝く。
竜門寺にあった、百以上の数の竜の像が一斉に動き始める。
ズールの乗っている千点の像も動き出し、頭を持ち上げて咆哮を上げた。
「なるほど……これは少し、危険かもしれませんね」
ズールは竜門寺の竜魔像を一斉に起動できるようだ。
恐らくこれまでの試練の基準から考えて、千点の像は【レベル1000】に匹敵する力を有している。
敵の数も多い。
ライガンやミツルを庇いながら戦うには、ちょっと面倒な相手だ。
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