第二十九話 再、ミツル再来

「テメェのせいで、二度も竜人共の治療所で散々笑いもんにされたんだ! 百回はあそこにぶち込んでやらねぇと気が済まねぇ!」


 ミツルが背の大剣を手に取り、俺へと斬り掛かってきた。

 俺は身体を曲げ、ミツルの刃を避けていく。

 空振りした刃が地面を穿つ。


「……なんやかんや言って、ここの竜人達、結構優しいんですね」


「世間話してるんじゃねぇんだよ! 馬鹿にしてやがるのか! さっさと仕掛けてきやがれ、ぶっ殺すぞ!」


 ミツルが俺へと怒鳴る。

 

 正直、どうしたものか悩んでいる。

 ミツルのレベルは、恐らくそこまで高くはない。

 推定だが、【レベル300】から【レベル400】の間くらいだろう。

 本人に殺意もないらしいので、こっちとしても対応しにくい。


 あまりムキになって対応する必要もない。

 なるべく穏便に諫めて、できることならそのまま一生会いたくない。


「余裕振りやがって、とっとと剣を抜きやがれ! これならどうだ! 《極振りダブル》……攻撃モード!」


 ミツルの全身の筋肉が膨れ上がり、身体から赤い蒸気が昇る。

 力強く振られた刃の一撃を、俺は素手で受け止めた。

 渾身の一撃を正面から塞がれれば、さすがのミツルとて戦意が失せるのではないかと思ったのだ。


「あ、あの男の一撃を止めるとは……化け物め」


 ライガンがそう呟くのが聞こえた。

 ライガンはミツルと一度戦って敗れていたそうなので、彼の実力を詳しく知っているのだろう。


 ミツルも目を細め、驚いたように俺の手を見ていた。

 

「……もう、止めにしませんか?」


 切り出すならここだと思った。

 だがミツルは、表情を崩し、不敵に笑ってみせた。


「なるほど……それがテメェの《神の祝福ギフトスキル》か」


「はい……?」


「今の刃の不自然な止まり方じゃ、このオレの目は誤魔化せねえぜ。明らかに人間の手で止められたって感覚じゃなかった。何か……『そういう法則』で止められたようなものだった。お仲間の女共に岩を担がせたのも、その《神の祝福ギフトスキル》だったわけか。タネが割れりゃ、つまらねぇ手品だ」


 俺はミツルの言っていることが一切理解できなかった。

 それが顔にも出ていたのだろう。

 ミツルは俺の顔を見て、鼻で笑った。


「図星みてぇだな。オレは馬鹿みてぇな規模の魔法を操る人魔竜も、テメェみたいな《神の祝福ギフトスキル》も、何人もぶっ倒してるんだよ。特定条件下で、物に掛かる力の向きを操作できる《神の祝福ギフトスキル》か? 効果的に発揮できる場面を探って、わざわざ逃げに徹してハッタリ掛ける機会を探ってたわけか」


 どこで図星だと判断したんだ。

 もうレベルを見て引き下がってほしいとも思うが、見られたら見られたで厄介なことになりそうなのがまた面倒臭い。


 コトネもあのスキルを使っている素振りを見なかったし、ミツルも俺に使おうとしてすぐに止めていた。

 レベルを確認できる転移者同士で、仲間でもない相手のレベルを確認するのは何となくタブーになっているのだろう。

 その気持ちはまあわかる。

 わかるにはわかるが、ここまで余計な疑いを着せられるのなら、もう勝手に確認してくれとも言いたくなる。


「だったら攻略は簡単だぜ! 《極振りダブル》……防御モード!」


 ミツルの身体から、今度は青白い蒸気が昇り始めた。

 どうやら防御能力にステータスを振ったらしい。


「テメェの《神の祝福ギフトスキル》は、止まっている物体相手でもなきゃ、見に徹して隙を窺わねぇと使えねえんだろ? オレの洞察力の前じゃ、バレバレなんだよ! だったら話は早い。こっちもカウンター気味に戦って、テメェの発動条件を見抜いて、その隙を突けばいい! 残念だったなぁ、オレと《極振りダブル》の前に隙はねぇ!」


 俺は飛び掛かってくるミツルに対し、正面からグーパンチをお見舞いした。

 ゴシャッと鼻の拉げる音がして、ミツルの身体が地面を転がっていき、竜魔像の一つに激突した。


 土煙が周囲を覆い、ミツルの姿がしっかりとは見えなくなる。 

 だが、地面に伏しているのは煙に浮かぶ影で判断することができた。


「……さすがにもういいですか?」


 軽くやっただけなので、死んではいない。

 さすがにもういいだろう。

 

「な……なるほど、そういう使い方な」


 ミツルは大剣を杖代わりに、よろけながら立っていた。

 何が彼をそこまで駆り立てるのか。

 そして一体何がそういう使い方だったのか。

 一切何もわからなかったが、ミツルに思いの外根性があることがわかった。

 無駄な方面に。


「だが、これでテメェの手札は全部暴けたぜ! 悪くねぇ《神の祝福ギフトスキル》だったが、明確な弱点がある! 《極振りダブル》……魔法モード!」


 ミツルの身体から紫色の蒸気が昇った。

 ミツルは自身の潰れた鼻を押さえて呼吸を整えた後、俺へと手を向けた。


「単純な肉弾戦なら、スキルで拳速を高めて威力を底上げできるわけだ。だが、スキルの性質上、直線攻撃になる! 隙を突かれねぇように、確実に当てられるタイミングまで取っておく必要があったわけだ! しかし、それで仕留めきれなかったのがテメェの運の尽きだ! オレの防御モードを甘く見たな!」


「いえ……俺別に、《神の祝福ギフトスキル》は持っていないので……」


「これで終わりだ! 炎魔法第六階位|大型火炎弾《パワーフレイム》」


 ミツルから、巨大な炎弾が俺目掛けて放たれてきた。

 ……魔法なら通用すると思ったらしい。


炎魔法第九階位|竜式熱光線《ドラゴレイ》」


 俺は二つの魔法陣を浮かべた。

 その重なっている箇所から、真っ赤な光線が伸びた。

 ミツルの炎弾を消滅させ、彼の頬を光線が掠めた。

 真っ赤な火傷痕となって顔に刻まれ、衝撃で吹き飛ばされたミツルが、また地面を転がった。

 放り投げた大剣が地面へと突き刺さる。


「べふぇっ! があああ! 痛え! 痛え!」

 

 ミツルが顔を押さえ、地面の上でもがく。

 顔を押さえながら、近くの竜魔像へと逆の手を這わせ、半ば抱き着くような姿勢で立ち上がった。


「ク、クソ……んだよ、あの魔法……! 嵌められた……弱点補うために、キッチリ中距離対策してやがったのか!」


「ええ……」


「いいぜ……認めてやらぁ。ただのヒョロモヤシじゃねぇらしいな。テメェぶっ倒すのに、単純な攻略法は存在しないらしい。所詮は無名だと甘く見てたが、かなりやりやがるな。こっからが本番だ」


 ミツルは俺へと指を突き立てる。

 まだやるつもりらしい。

 何を考えてるんだこの男は。

 もう本当に負けでいいから放っておいてほしい。


「ミッ、ミツルさん! もう、本当に止めましょうよお! 多分、見てる限り、何やっても絶対無理ですよ! 一旦戻って、ゆっくり休みましょう? ね? ね? もう身体、ボロボロですからミツルさん!」


 ヨルナがミツルの肩に手を触れ、彼を止める。


「女は黙ってやがれ!」


「傍から見てる限り、《極振りダブル》使ってる段階で全分野完封されてるんでもう絶対に駄目です! 諦めて退きましょう! ミツルさんは充分頑張ってましたよ! もう満足していいですよ!」


 どうやらミツルの付き添いの竜人であるヨルナが止めてくれそうな雰囲気であった。

 ……ミツルがまだ突っかかってきそうな雰囲気を残しているのが面倒だが。


 桃竜郷の綺麗な風景や、無骨ながらに特色のある料理を少し気に入っていたのでできることならゆっくりと休みたかったのだが、試練が終わって竜王と会ったら、とっととここから立ち去ることにしよう。


 元々、ロズモンドにラムエルを預けたままなので早めに戻った方がいいに越したこともない。

 あの我が儘娘をロズモンドの許に置いておくと、いくら面倒見のいいロズモンドとはいえ、その内怒りが限界に達しかねない。


「ホホホホホ! ニンゲン同士、仲間割れで消耗してくれるとは、都合のいいことですねぇ! この神聖な地を訪れてまで同種族同士で足の引っ張り合いとは、やはりニンゲンとは愚かしい!」


 そのとき、いやに高い男の声が聞こえてきた。


 目を向ければ、紫の長髪の竜人の男が、千点の竜魔像の頭に立っていた。

 手には、背丈以上の長さの槍があった。


 化粧をしているのか顔が白く、唇も真っ赤であった。

 眼の下には紫のアイラインを引いており、道化のような風貌であった。

 蝙蝠のような翼を広げ、こちらを小馬鹿にするように笑っていた。


「さ、三大聖竜の一角であられる、ズール様……! なぜこの竜門寺へ!?」


 ライガンが驚いたようにそう口にした。

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