第二十二話 《巨竜の顎》

「着いたぞ。ここが第二の試練場、《巨竜の顎》である」


 崖壁に大きな穴が広がっている。

 内部を覗けば、地面から天井へと伸びる、鋭利な鍾乳石のようなものが見られる。

 天井から垂れた滴が長い年月によって堆積したものなのだろう。

 どうやらあれを牙として見立てて、《巨竜の顎》と呼んでいるらしい。


「この《巨竜の顎》は、凶悪な魔物の蔓延るダンジョンである。こいつを使って、貴様らがダンジョンのどこまで深くへと潜ったのかを確かめる」


 ライガンは懐から、白色のビー玉のようなものを取り出した。


「こいつは《竜眼水晶》である。《巨竜の顎》の魔力場に反応して、段々赤に近い色へと変化していく。地下深くへと進むほどに変化の度合いが大きくなっていく。その変化の度合いを見て、第二の試練の点数を決定するというわけである」


「色の変化ですか……。潜っている間、今一つ点数がわからないのが難点ですね」


 三百点くらい稼げばライガンも文句は口にしないだろうと考えていたのだが、潜っている間今一つ点数の基準がわからないというのは大きな不安要素であった。


「だいたいでいいんですが、三百点ってどのくらいの色になりますか?」


「貴様……適当に熟そうとしておるな。この神聖なる、《竜の試練》を……」


 ライガンが額に皴を寄せ、鼻をひくつかせた。


「い、いえ、そういうわけでは……。基準を知っておきたかっただけですよ」


 綺麗に考えを言い当てられてしまった。

 俺は苦笑いをして誤魔化す。


「基準など、知っても知らんでも変わりはせん! 《竜の試練》とは、全力を挑んで己のありのままの実力を示すものなのだ! 貴様の考え方は桃竜郷への侮辱であると知れ!」


「だ、大丈夫です。そうさせていただくつもりですから……。そういえば、これは別々に受けるんですよね?」


 ダンジョンにどれだけ深く潜れるかであれば、仲間の実力や数によっても大きく左右されてしまうはずだ。

 そういったことを避けるために単独行動のみとなっているのではないかと、そう思ったのだ。


「いや、そこに制約はない。ダンジョン探索において、元より完全に相互干渉を禁じることはできんからな。それに仲間がおれば多少の有利はあるだろうが、それで実力不相応なところまで潜れば、死地を見るのは本人である」


 なるほど、協力して潜ることに制限はないのか。

 厳密に定義を決めていけばキリがないというのは確かにそうだが、少し意外だった。

 フィリアを一人で向かわせれば、迷子になった挙句にダンジョンを吹っ飛ばしたりしそうで怖かったのだが、その心配はせずに済みそうだ。


「確かに仲間頼りで深くまで潜ることも不可能ではないが、我ら竜人にとってそれは恥に当たる。自分のありのままの実力を示すことを畏れている、ということであるからな。一応暗黙の了解として、五人以上で入ることは禁じられておるし、単独で挑む者は結果に拘わらずその勇気を称えられる、とだけ言っておこう」


 ライガンがそう加えた。

 ルールの隙をついたような点数稼ぎはそれ自体が恥であるため、敢えてそれを行うような竜人は滅多にいないようだ。

 実力主義で、誇り高い竜人だからこそ成立しているルールであると言えるのかもしれない。


 俺達も、わざわざそれを行う理由はない。

 別に普通にしていれば竜王との面会が自由に行える聖竜がほぼ約束されているため、敢えてケチが着くような手法を取るべきではない。


 ただ俺達もラムエルより依頼された《空界の支配者》絡みの件と、竜王からアイテムをいただくという重要な目的がある。

 もしも点数が基準に遠く及びそうになかったときには、ライガンを明確に敵に回したとしても、形振り構わず点数を取りに行っていたであろう。


「フィリアちゃんのことも心配なので、三人で向かわせていただきますね」


 俺はライガンから《竜眼水晶》を受け取った。

 ライガンがニヤリと笑う。


「クク……この試練は、第一試練ほど甘くはないぞ。特に余所者にはな。ダンジョンという自然の生成した巨大な殺人トラップ……初見殺し性能を持つ魔物のオンパレード。そして極めつけには、複雑かつ広大な、入り組んだ迷宮構造! 初見で真っ当に攻略できるものではない。飢えと恐怖に抗いながら、貴様らがどこまでこの《巨竜の顎》深くまで潜ることができるのか! さぁ、今度こそ《竜の試練》の神髄を思い知るがよい、ニンゲン共!」


 ライガンが悪辣な笑みを浮かべ、長々とそう語る。

 ……何日も掛かることが前提の試練だったのか。


 ライガンはここぞとばかりに嬉しそうに語っている。

 しかし、俺は別に《巨竜の顎》に入ってすぐ戻ってきて第二試練をゼロ点で終えても、さして痛くもないということを覚えているのだろうか。

 やる気がないと思われたらまたごねられそうなので、そんな素振りを見せるつもりはないが。


 だが、これだけライガンが《巨竜の顎》に自信があるのであれば、さほど点数が稼げなくても案外許されるかもしれない。


「……まあ、せいぜい必死に頑張ってみます。ライガンさんは、屋敷にでも戻ってゆっくりとしておいてください。試練から戻ってきたら、真っ先に向かわせていただきますね」


「ああ、無事に戻ってくることを期待しておるぞ。脅すわけではないが、貴様は《竜の試練》を舐めているようだから教えておいてやろう。《巨竜の顎》で道に迷って出てこられなくなった者など、珍しくもなんともないのだ。第一の試練と違い、多少レベルが高いだけの、中身の伴わない半端者がまともな成績を修められるようなものではないと理解しておくのだな!」

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