第二十一話 残りの試練

 第一の試練を終えた俺達は《竜頭岩の崖》を後にした。

 ライガンに続いて第二の試練場である《巨竜の顎》へと向かっていた。


「……大丈夫ですかね、ミツルっていう人。ポメラが見た限り、その、結構えげつない押し潰され方をしていたような気がするんですが」


 ポメラが不安そうに口にした。


「い、生きてはいましたから、きっと大丈夫ですよ。結構元気そうに見えましたし……」


 ミツルが竜頭岩の下敷きになった後、素早くオディオが竜頭岩を退けて彼を助けたのだ。

 血塗れではあったが、泣き喚くくらいの体力はあったようであった。

 それに、ミツルもそれなりにレベルが高い。

 外見よりも遥かにタフであるはずだ。


「この桃竜郷には、ニンゲン界にはない秘薬も多く存在する。あれくらいの怪我などすぐに癒えるであろう。もっとも、あんな輩、治療せずに外へ叩き出してやればよいのだ。我らを散々こき下ろした天罰である」


 ライガンはどこか憑き物が落ちたような表情でそう口にしていた。

 どうにも俺達が来る以前に、よほどミツルに手酷くやられていたらしい。


「ライガンさん、俺ってもう千点もらったので、聖竜の称号はいただいているんですよね? このまま竜王様に会わせていただくっていうことはできないんですか?」


 聖竜の最低基準は千点以上である。

 試練は三つの合計得点が成績になるとのことだったが、俺は最初の一つで既に目標を達成する。

 可能であれば、このまま竜王に面会してとっとと事情を話してしまいたい。


「駄目に決まっているであろう! 称号を与えるのは、三つの試練が終わった時点だと決まっておる!」


 ライガンがムッとしたように口にする。


「き、貴様ら、《竜頭岩の崖》では上手くやったようであるな。確かにその膂力は、聖竜格であったと言えるであろう。そのことは認めてやる! だが、ここからはただ岩を持ち上げるような単純な試練ではない。複雑な試練によって、貴様らの総合力を計る! そう、重要なのは総合力である! 先程の試練のように、上手く行くとは思わんことだ! ククク……化けの皮が剥がれることを覚悟しておくがいい!」


「カナタさん、適当に終わらせてしまいましょう。別に高得点を獲ることに拘りはありませんし」


 意気込むライガンとは対照に、ポメラは冷めた調子でそう口にした。

 そう、ライガンが何と言おうが、既に俺は目的は果たしているのだ。

 第二、第三試練がゼロ点であろうが俺は一向に構わない。

 第一試練の点数で聖竜の称号を得て、竜王に会いに行ける。


 どうしても決まりで試練を受けなければならないというのならば、形だけ受けてしまえばいい。

 タッチして次の場所へ向かうようなスタンプラリ―形式でも構わないはずだ。


「何をほざくかそこの小娘! し、試練は、全力で挑まねばならんのだ! 《竜の試練》を蔑ろに扱うことは、我ら竜人への侮蔑でもあるぞ! そんなもの、絶対に我は許さぬぞ!」


「お、落ち着いてください、わかりましたから……」


 ライガンがちょっと引くくらい必死に喰らい付いてくる。


「第一、このまま何事もなく終えられては、貴様らの中で《竜の試練》は大したことがないという印象のままになってしまうではないか! ち、違うのだ! 本当に! 第一の試練は、挑戦者の大まかな実力を計って、後であまり無茶をさせないことが目的に過ぎん! 言わば、ただの計測……! 第二の試練からが本番なのだ!」


「それは計測で終わるシステムにも問題があるんじゃ……」


 聖竜は事実上の最高称号である。

 これより上の王竜は、単に現竜王の点数であるということ以上の意味はないのだから。

 第一の試練で千点が出た時点で、この試練に最早意味はない。


「きっ、貴様が千点など叩き出すのが悪いのだ! そんなもん前提に組み込んでおられるか!」


「カナタ……受けてあげよ? ね?」


 フィリアが俺の袖を引っ張り、俺を見上げる。


「おお! 童女よ、貴様もそう思うであろう? 気に喰わんクソガキだと思っておったが、いいことを言うではないか!」


「……まぁ、俺達は客人ですし、試験監督でもある案内役のライガンさんに強制されたら、そりゃやるしかないですけど」


 ケチを付けられない程度には力を入れた方がよさそうだ。

 まぁ、最低限本気で頑張ったという結果さえ示せれば、ライガンもそれ以上は口を挟めないだろう。

 どうしても難癖を付けてくるというのならば、俺達に親身になってくれそうなオディオに密告してもいい。


 しかし、ここまでスムーズ過ぎるような気もする。

 試練のハードルがそこまで高くなさそうなのはありがたいが、問題はそれだけではないのだ。

 この桃竜郷には《空界の支配者》の手先となった竜人が潜んでいる。

 俺達の素性を勘繰って、何か妨害に出てくる奴が出てくるのではないかと警戒していたのだ。


 ただ、ミツルも別に《空界の支配者》に関与しているようには見えなかった。

 この時期なので何かあるのかと思いはしたが、ただの力比べ好きである印象を受けた。


 ライガンも最初妙に突っかかって来たのでもしや《空界の支配者》の命令を受けているのではないかと思ったが、その後の様子を見るに、ただ桃竜郷に誇りを持っていて外の人間が好きでないだけだと窺える。

 俺達のことは嫌っている様子だが、桃竜郷の規則を遵守して客人としての扱いをしている。

 竜穴の私有化を目論む《空界の支配者》とは、あまりに思想が違い過ぎるように思える。


 オディオも三人の聖竜の一人と聞いたので、敵であった場合は厄介だと考え、少し警戒していたのだ。

 しかし、彼にも別に怪しい様子は見られなかった。

 何より、この時期に来た部外者である俺達にして、あまりに警戒の色がない。


 三人共俺の中では白である。

 あくまで印象でしかないので、本当のところはわからないが。

 特に妨害がないのはいいことだが、それは相手に動きがないということでもある。

 ここに来て竜人への理解は深まったが、《空界の支配者》の新しい情報を未だに全く掴めていない。

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