第二十三話 第二試練の脅威

 《巨竜の顎》の内部を歩む。

 ただ、正直、あまりモチベーションは高くなかった。


 俺はもう千点獲得している時点で、竜王に会える基準は満たしている。

 第二の試練をまともに受ける必要はない。

 今すぐ戻ってライガンに報告しようが、別に支障はないはずなのだ。


「……ただ、それだとあの人、機嫌損ねそうなんですよね」


 俺が溜め息を吐くと、ポメラは苦笑いをしながら自身の杖を握り締めた。


「い、一応は、頑張って受けてあげましょう? ライガンさん、《巨竜の顎》についてあんなに力説してましたし……その、適当に熟すと面倒臭そうですし……」


 それは間違いない。

 ライガンに拗ねられれば、下手したら第三の試練になかなか受けられなくなったり、竜王に会うのを妨害されたりしかねない。

 余計なケチがつくような真似は避けなければならない。


「ね、ね、カナタ、ポメラ、がんばろ? ライガンおじちゃん、あんまり虐めないであげて。フィリアね、あのおじちゃん、根は悪い人じゃないと思うの」


 フィリアが俺の裾を引っ張り、上目遣いで俺の顔を見上げた。


 勿論俺としても、ライガンを虐めようだなんて考えているわけではない。

 ただ、《空界の支配者》の手先が潜伏しているであろうこの桃竜郷で、あまり《巨竜の顎》だなんて人目につかない、何があるのかもわからないところにいたくはないのだ。

 ライガンの話振りでは、数日掛かる試練のようであった。

 その間に表で動きがあって、不在の間に勝手に悪人扱いでもされていたら溜まったものではない。


「それにね、フィリアも聖竜になりたいの!」


 フィリアが瞳を輝かせ、そう口にした。


 フィリアとポメラは、前回の試練で五百点までの岩しか持ち上げていない。

 聖竜になるには後五百点が必要だ。

 俺が注目を集め過ぎたことと、転移者のミツルとやらが岩に押し潰されて大騒ぎになったため、あの場に居辛くなってしまったためだ。

 とはいえ無論、別に二人にあれ以上点数を獲ってもらう必要もなかったのだが……。


「フィリアちゃんは聖竜になんてならなくても、始祖竜になれるから大丈夫だと思うんだけど……」


 ただ、聖竜でないと竜王への面会を行うことはできない。

 二人に付き添いで来てもらうためにも、確かに第二の試練で五百点は獲っておいた方がいいのかもしれない。

 第三の試練で何をやらされるのかもライガンから聞き出せていないのだから。


『ダンジョンという自然の生成した巨大な殺人トラップ……初見殺し性能を持つ魔物のオンパレード。そして極めつけには、複雑かつ広大な、入り組んだ迷宮構造! 初見で真っ当に攻略できるものではない。飢えと恐怖に抗いながら、貴様らがどこまでこの《巨竜の顎》深くまで潜ることができるのか! さぁ、今度こそ《竜の試練》の神髄を思い知るがよい、ニンゲン共!』


 ……ライガンはああ息巻いていたが、正直、ここで《地獄の穴コキュートス》以上のダンジョンが出てくるとは思っていない。

 というか、出てきたら困る。

 

 ガサ、ガサ、と足音が聞こえてきた。

 そちらへ目を向ければ、顔面に十近い眼球のついた小鬼が、通路の曲がり角からこちらを見つめているのが見えた。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

種族:スカウトゴブリン

Lv :33

HP :99/99

MP :82/82

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 入り口付近は、このレベルの魔物が出てくるわけか……。

 これはまだまだ先は長そうだ。


 随分と不気味な顔をしているが、名前と外見から察するに、偵察用のゴブリンらしい。

 あの目玉で見た情報を仲間と何らかのスキルを用いて共有したりするのかもしれない。

 しかし、変わった特性を有しているとはいえ、あのレベルの魔物が脅威になるとは思えない。


 俺はライガンより手渡された、《竜眼水晶》を摘まんで持ち上げる。

 まだ綺麗な白色をしていた。

 地下深くに行けば行くほど、これが段々と赤色に近づいていくという話だったが、まだまだそれは先の話のようだ。


「……これ、単に地下に行けばいいのなら、床貫通して降りられたりしませんかね?」


 それなら、下に降りて水晶を真っ赤にして、白くなったらさっさと戻ればそれで済むのだが。

 俺の呟きに、ポメラがぎょっとした表情でこちらを向いた。


「カ、カナタさん、ライガンさんに怒られますよ……?」


「ライガンさんは全力で挑めと諄く言っていました。できることを全てやらないと、全力とは言えないと思います。別に、ルールでも禁止されていませんでしたし。下の階層に降りることが試練の内容なのですから、できることを勝手にこちらで制限したら、試練と真摯に向き合っていることにならないのではありませんか?」


 俺は壁を手で叩く。

 これなら壊せそうな気がしないでもない。

 問題は厚みだろうか。


「カナタさん……さっさと戻りたいから、屁理屈捏ねてませんか……?」


「ラムエルさんとの約束もありますし、ここで桃竜郷の状態を確認できないようにはなりたくないんですよ」


 無論、好んでダンジョンの中に何日も居座りたくないという気持ちもある。

 《地獄の穴コキュートス》と違って、ここにはルナエールやノーブルがいるわけでもないのだから。

 別にダンジョンの床をぶち抜いて水晶を真っ赤にしても怒られる謂れはないだろう。

 もしもダメだったら、二度手間だがそのときはもう一度ダンジョンに潜ればいい。


「いえ、でも、壊すのはちょっと、ポメラは賛同できません……」


「わかった! フィリアに任せて! フィリアね、ついていくだけで試練で点数もらうのはイヤなの! フィリアがやる!」


 フィリアがぎゅっと両手で握り拳を作り、自信満々の素振りを見せる。

 

「はー!」


 フィリアが両手を掲げると、床から巨大な二本の真っ白な腕が生えてきた。

 手には大きな目玉がついており、不気味な芸術品のような外観をしていた。


 遠くからこちらを偵察していたスカウトゴブリンが、大きく口を開けてわなわなと身体を震わせていた。 


「あの、フィリアちゃん、一旦止めて。繊細にやった方がいいっていうか、多分、フィリアちゃんは向いてなくて、あの、他のところで頑張ってもらった方が……」


「うりゃりゃりゃりゃー!」


 フィリアは掛け声と共に、か弱い小さな腕を振るって宙を殴った。

 それと連動して動く二つの不気味なオブジェが、その巨大な握り拳で床を滅多打ちに殴り始めた。


 ダンジョン中が激しく揺れる。

 床に、壁に、罅が走った。


「ひっ、ひいっ! ごご、ごめんなさいカナタさん! 失礼しますっ!」


 ポメラが倒れないようにと、俺の身体へ必死にしがみついた。

 天井から落ちてきた巨大な落石が床へとめり込んだ。

 ダンジョンの揺れに合わせて、スカウトゴブリンの死体が地面を転がっていくのが見えた。

 それに続いて、別の魔物の骸も見える。

 これだけでダンジョン中の魔物が死滅しかねない。


「落ち着いて! フィリアちゃん、落ち着いて! ライガンさんの、桃竜郷の大切にしてる《巨竜の顎》が台無しになっちゃうから!」


 俺は必死にフィリアの肩を掴み、彼女を止めた。


「え、でもカナタ、できること全部やらないと、試練への冒涜になるって……」


「俺が間違ってました! とにかく止めて、フィリアちゃん!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る