第十八話 竜頭岩の崖

「到着した。ここが第一の試練場、《竜頭岩の崖》である」


 ライガンに案内されて辿り着いたのは、草木のまばらな岩場であった。


 岩の中には、ドラゴンの頭部のような形をしたものが多く見られた。

 大きさは大小様々である。

 これが竜頭岩というものだろう。

 額のところには【二十】だとか【八十】だとか、数字が刻まれている。


「この数字がもしかして、ここでの成績に直結するんですか?」


「そうである。この《竜頭岩の崖》では、どれだけの重量の竜頭岩を持ち上げられるかの試練を行う。最低称号の子竜は三つの試練で合計百点を獲得する必要がある。ここで【三十】以上の竜頭岩を持ち上げられねば、後はないと覚悟することだ」


 ライガンがそう言って意地悪く笑う。

 確か、竜王と面会が許される聖竜は千点以上だ。

 ここで三百点、できれば四百点は稼いでおきたい。


 周囲を見れば、ちらほらと竜人の姿がある。

 彼らはここで、竜頭岩を背負って修練を行っているようだった。


 やはり人間が珍しいらしく、こちらへチラチラと目を向けている。

 好奇の目もあれば、明らかに嫌悪を向けてきている者もいた。

 俺は控え目に小さく頭を下げておいた。


「おお、聖竜の一角、オディオ様がいらっしゃられておったか!」


 ライガンが声を上げる。

 彼の目線を追えば、巨大な二つの竜頭岩に挟まれている痩せた老人がいた。

 片足のつま先で立って中腰になっており、片手の指先二本で【三百】と記された竜頭岩を支えて目を瞑っている。

 修練の最中らしい。


「す、凄い、凄すぎる……さすがはオディオ様である! 【三百】の竜頭岩に挟まれながら、二本指で支え続けておる!」


「あ、あの……下の竜頭岩に、何か意味はあるんですか……?」


 ポメラが水を差し、ライガンにギロリと睨まれていた。

 あたふたとポメラが頭を下げる。


「へぇ、オレ以外にここに人間がいやがったのか」


 背後から声が聞こえてきて、俺は振り返った。

 黒に金の色が交じった、メッシュの髪をした男だった。

 耳にリングのピアスをしており、巨大な剣を背負っていた。

 歳は俺と同じ程度に見える。


 彼の背後には、べったりと黒翼を持つ竜人の少女が付いていた。


 ライガンが露骨に嫌そうな表情を浮かべていた。

 そういえば、もう一人この地を訪れた人間がいた、という話だった。


 だが、この顔付き……。


「まさか、転移者……?」


「偶然とは続くもんだな」


 男は犬歯を覗かせ、好戦的に笑った。

 それから目を細め、観察するように俺を見る。

 いきなりレベルの確認かと思って身構えれば、男は首を振った。


「盗み見するような、無粋な真似は止めておくか。クク、オレの悪いクセだ。それに、見たって仕方ねぇからな。どうやら、オレの名も知らなかったようだからな。こっちに来たばっかりの、ただのモブってところか。悪いが、同郷だろうが、弱っちい奴には興味ねえんだよ」


 有名な人物だったらしい。

 長くここにいるのならば、当然のことでもあるのかもしれない。

 コトネは戦いを好む性格ではなかったが、その《神の祝福ギフトスキル》のために、S級冒険者として魔法都市マナラークの窮地には必ず駆り出されている。


「覚えとけ、モブ。俺は数いる異世界転移者の頂点に立つ、S級冒険者のミツル・イジュウインだ」


 ミツル・イジュウイン……。

 やっぱり明らかに日本名だった。


「俺はカナタ・カン……」


「言ったろ? 弱っちい奴には興味ねえよ」


 ミツルは俺の言葉を遮り、横を通り過ぎた。


「同じ転移者でも、本人の才覚とレベル、《神の祝福ギフトスキル》が物を言う……。同郷のよしみで、教えといてやらぁ、格の差って奴をな」


 ミツルはそう前置きすると、すぅっと息を吸った。


「おい、トカゲ共! この中で、一番重い奴はどれだ」


 ミツルの発言に、この場に居合わせていた竜人達がざわつき始めた。

 ライガンも唇を尖らせ、青筋を浮かべてミツルを睨みつけている。


「ミッ、ミツルさぁん……それはちょっと、あの、まずいですよう。ア、アタシも、散々言ったじゃないですか。桃竜郷は本当に、人里とは平均レベルが桁違いなんですってば。あまり敵を作るような発言は……」


 黒翼の少女がミツルの傍へと飛んで移動し、あたふたとミツルを宥めようとする。


「面白いことを申してくれるではないか、小僧……!」


 ライガンが前に出た。


「オレにイチャモン付けてきて、返り討ちにあった十二金竜だかのライガンじゃねぇか。よくもまぁ、偉そうにまた出てこられたもんだ。竜人って奴は、案外気が短いだけでプライドは高くねぇのか? オレなら恥ずかして出てこれねえよ」


 ライガンの顔が真っ赤になる。


「ま、前は調子が悪かったのだ! それに、あ、あのことは関係ない! 貴様、あれほど意気込んだからには、アレを持ち上げてもらおうではないか!」


 ライガンがひときわ大きな竜頭岩を指差した。

 額には【五百】と記されている。


「んだよ……最大五百なのかよ。竜王が二千二百と聞いたから、ここで八百点は稼いでおきたかったのによ」


 ミツルはつまらなさそうに頭を掻き、【五百】の竜頭岩へと近づき、手を掛けた。


「どれ、見せてやろうじゃねぇか。《極振りダブル》……攻撃モード!」


 ミツルの身体から、赤い蒸気が昇り始めた。

 あれがミツルの《神の祝福ギフトスキル》のようだ。


「教えといてやるよ、モブ。別に隠してるもんじゃねぇからな。これが最強の《神の祝福ギフトスキル》だ。俺の《極振りダブル》は、一時的に他のステータスを減少させ……代わりに、狙ったステータスを倍増させる」


 ミツルが一気に竜頭岩を持ち上げた。

 竜人達は、あんぐりと口を開けてミツルを眺めていた。


「う、嘘であろう……?」


 ライガンは眉を垂らし、顔を真っ蒼にしている。

 いっそ可哀想な様子であった。


「こんなもんが第一試練の最大か? オレはまだいけるぜ」


 ミツルが不敵な笑みを浮かべる。


「ほう……まさか、ニンゲンがあれを持ち上げるとはの」


 竜頭岩に挟まれていた、聖竜のオディオがパチリと目を開いた。

 ミツルに関心を示したようだった。

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