第十九話 ミツルの実力

「《極振りダブル》……か」


 確かにとんでもない《神の祝福ギフトスキル》だ。

 本当に攻撃力を倍加させられているのであれば、遥かにレベル上の相手にだって大ダメージを叩き込むことができる。


 ステータスの切り替えにどれだけラグがあるのかはわからないが、上手く扱えば実質レベルが倍になるようなものだ。

 レベルの概念を半ばぶっ壊している。

 コトネの《軍神の手アレスハンド》と比べても異様な強さの《神の祝福ギフトスキル》だ。


「悪いが桃竜郷って奴も、期待してた程じゃなさそうだなぁ、ヨルナよ」


 ミツルが【500】の竜頭岩を地に降ろす。

 ヨルナ、というのは彼の傍らにいる黒翼の竜人のことのようだった。

 恐らく、ミツルをここへ招いたのもヨルナなのだろう。


 ニンゲンが紛れ込んでいることに奇異の目を向けている竜人達が多かったが、ミツルの剛力には感心したらしく、感嘆の声を漏らしている者が多かった。

 ライガンは悔しげにミツルを睨んでいたが。


「あのガキ……まさか、聖竜レベルだとでもいうのか? まさかニンゲンに、あんな怪物がいるとは」


 そのとき、【三百】の竜頭岩を支えていた聖竜の一人であるオディオが、自身の持っていた竜頭岩を地面に置き、ミツルの傍へと跳躍して移動した。


「ふむ……ミツル殿……儂の弟子にはなってみんか? ニンゲン界では、近頃特に大規模な魔物災害や、悪しき怪人の策謀が相次いでおると聞く。ただ、無暗にニンゲン界内での騒動には手を出さぬのが儂ら竜人の流儀。しかし、この桃竜郷を訪れた者を鍛えるのは、そこには当て嵌らんじゃらろうて」


「オ、オディオ様が弟子を取るだと!? 我がどれだけ頼み込んでも相手にしてもらえんかったというのに!」


 ライガンが興奮気味に叫ぶ。


「却下だな。オメェがオレより強いって保証があるのか、トカゲジジイ。第一オレは、世界のだめだかなんだかにこき使われるのはゴメンだぜ」


 ミツルはオディオに顔を近づけ、舌を出した。


「オディオ様になんという無礼を!」

「聖竜に弟子入りできるのがどれほど貴重なことかわからんのか!」


 ミツルを見直しかけていたらしい竜人達も、今の態度には憤慨したらしく、拳を突き上げて怒鳴り声を上げていた。


「そうである! そうである! 思い上がるなよ小僧!」


 当然ライガンもそこに加わっていた。

 ……何だかこの人、言動が凄くモブっぽいな。


「クック、活きがいい者ほど育て甲斐があるわい。ここ桃竜郷には、ニンゲン界にはない技術がたくさんあるぞ。それに、儂もかつては、数百年と世界を旅したことがある。技術と知識は、お前さんとは比べ物にならんと思うぞ」


 オディオは厚意を無碍にされ、一方的に暴言を吐かれても動じる様子がない。

 自身の長髭を摩りながら、人の好さそうな笑みを浮かべている。

 ミツルもその様子に毒気を抜かれたのか、舌打ちを挟んでから表情を改める。


「チッ! 何にせよ、オレは面倒なのは結構だ。そもそも小手先を磨くより、レベルを上げた方がずっといい。オレより弱い奴を師と仰ぐのもごめん……」


「もっとも、実力も、今のお前さんでは儂には遠く及ばんがの」


 オディオは目を細めて口許を歪め、ミツルをそう挑発した。


「なんだと? 俺を馬鹿にしてやがるのか?」


「事実を言ったまでだがの。残り二つの試練は、そう単純ではない。お前さんの特異な力……練度が低すぎて、実践に近い試練では十全にその能力を発揮できんと見た。合計点では、儂に遠く及ばんであろう」


「面白いことをほざくジジイだな……。今言った言葉、覚えておきやがれ。後で大恥掻かせてやるよ」


「ほほう? 自信があるようであるの。では、もしも合計点で儂に及ばなかったら、そのときは潔く儂に弟子入りしてもらおうかの」


 オディオは憎たらしい表情で、ミツルへそう述べる。


「しつこいジジイだ。そんときゃ何でも従ってやらぁ。だが、オレが勝ったときは、土下座して詫びてもらうぜ。おい、行くぞヨルナ!」


 ミツルは不機嫌そうに叫ぶと、オディオに背を向けて歩き始めた。

 その後を慌ただしげにヨルナがついていく。


「まだまだ若いのお」


 オディオはミツルの背を眺め、満足げにそう呟いていた。

 どうやら弟子にするためにからかって言質を取ったらしい。

 なかなか食えない爺さんのようだ。


 金竜のライガンはともかく、聖竜のオディオは余裕が窺える。

 力量にも底が見えない。

 そして底が見えないのは、《極振りダブル》のミツルも同じことだ。

 やはり、まだまだこの世界には、俺が知らない強者達が影に潜んでいる。


「俺達も、そろそろ試練を始めましょうか。とりあえず、【三百】のものから始めてみようかと……」


 俺がポメラにそう声を掛けたとき、再びこの場にどよめきが上がった。

 ミツルの置いた【五百】の竜頭岩が持ち上がっていた。


「思ってたより軽い」


 フィリアであった。

 目を放した間に、面白がって興味本位で試しにいったようだ。

 素の状態のフィリアで充分持ち上げられる程度のものだったらしい。


「な、なんだこのガキは!?」

「化け物か!」

「まだ余裕がありそうだぞ!」


 フィリアは竜人達の歓声に気をよくしてが、片手で持ち上げて逆の手を腰に当てて、得意げな表情を浮かべてみせていた。

 再び歓声が沸き起こる。

 ライガンは驚愕のあまりか大口を開き、茫然とフィリアの掲げる竜頭岩に見入っていた。


 ……もっと重いのかと思ったが、少なくとも俺とフィリアは聖竜獲るのは難しくなさそうだ。


 フィリアが竜頭岩を地面に置くと、拍手が沸き起こった。

 フィリアはドヤ顔で両手を腰に当てて胸を張る。


 そこへ目を血走らせたオディオが駆け、地を滑りながら土下座の姿勢になった。


「ふぇっ? お、おじいさん、なに……?」


「ご尊名を! ご尊名をお伺いさせていただきたい!」


「フィ、フィリア……」


「フィリア様や! どうかこのか弱き老人を憐れんで、弟子にしていただきたい……!」


 フィリアはぽかんと口を開けていたが、すぐに困惑を笑顔に替え、オディオに手を差し伸べた。


「わかった! フィリアの弟子にしてあげる!」


「フィリア様や! ありがたき幸せ……!」


 ポメラが苦い顔をして俺を見た。


「カナタさん、あの人、どうしますか?」


「……どうにか俺から謝って諦めてもらいます」


 ふと、やや離れたところから、茫然とこの珍事を見守っているミツルの姿が目に映った。

 額に皴を寄せて、何度も目を擦ってはこの光景を見直している。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る