第十七話 試練

 翌日、俺はライガンに連れられて桃竜郷を歩いていた。


「……大丈夫ですか? ライガンさん」


「貴様らに心配されるほどヤワではない!」


 ライガンは牙を剥き、俺を睨み付ける。

 その後、頭を押さえ、ふらふらと歩みを再開する。

 ポメラに竜酒で酔い潰されたのがかなり効いているらしい。


「あの……ポメラがやっちゃったんですよね? ポメラ……その、何か他にも余計なことをしたり言ったりしていませんでしたか……?」


 ポメラが真っ蒼な顔で、小声で俺に尋ねる。


「…………」


 俺はそっと目を逸らした。


「カッ、カナタさん!? やめてください! そういう反応が、一番不安になるんです!」


「いつもよりポメラがにぎやかで、フィリア、たのしかった!」


 フィリアがフォローを入れるが、ポメラはより不安そうに顔を引き攣らせた。

 ポメラは決心を決めたように顔を引き締め、足を速めてライガンに並ぶ。


「あの……ライガンさん、昨日は本当にすいませんでした! ポメラ……お酒に弱くて、あの……」


「貴様が何かしたのか? カナタが酒を飲んだ後辺りから、あまり覚えてはいないのだが……」


 ライガンが困惑したように返す。

 ポメラは目を瞬かせ、唖然としたように口を開く。


「え、えっと……」


 俺はポメラの肩を掴み、そっと引き寄せた。


「……幸い向こうも忘れているみたいですし、もう何もなかったことにしましょう。お互い忘れているのなら、きっとなかったことにした方がいいです」


 竜人はプライドが高い。

 ライガンも、ポメラに竜酒を強要した挙げ句に逆に酔い潰されて、自分で用意したタライに顔を突っ込むことになったなど、知りたくもないだろう。

 なかったことにした方がいいに決まっている。


「貴様ら、何の話をしているのだ?」


「い、いえ、なんでも! それより、えっと、今向かっているのって、《竜の試練》の場所なんですよね? 詳しく教えてもらっていいですか?」


「……正しくは、《竜頭岩の崖》である。三つの試練の内の一つに当たる。《竜頭岩の崖》について説明するよりも先に、《竜の試練》について説明しておくべきであろうな」


 嫌々と言ったふうにライガンが説明を始める。

 ライガンはあまり人間に《竜の試練》に挑んでほしくはない様子だった。

 ただ、俺達がドラゴンの恩義を受けて桃竜郷に訪れたと主張しており、実力不足でもないと判断した以上、客人としてもてなす義務が生じているようだ。


「《竜の試練》は、三つの試練の合計点を成績とする。その成績が、ここ桃竜郷でのその者の価値に直結する。単に鍛錬として試練の場を使うことができる他、希望すれば一年鍛錬を積めば再度《竜の試練》に挑むことができる。そして、《竜の試練》の成績に応じた称号を得ることができる」


 ライガンは続けて、点数別の称号について説明した。

 それによると、次のようになるとのことだった。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

子竜:百点以上

成竜:三百点以上

金竜:六百点以上

聖竜:千点以上

王竜:二千二百点以上

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


「三つの試練の合計点が百点に満たなかった場合、竜人であれば年齢にかかわらず幼竜と見做され、様々な制限が課される。一番わかりやすいのが、桃竜郷の外へ出ることの禁止である。外の者であれば称号なしとなり、そこへ出向いても桃竜郷内で対等に扱われることはないと思え」


 ラムエルは、子竜以上の称号を得られていたのだろうか……?

 いや、そうとは考えにくい。

 となれば、彼女は規則を破ったことになる。

《空界の支配者》の手先に命を狙われていたのであれば規則どころではなかっただろうが、この厳格そうな桃竜郷で、果たしてそれが通用するのかどうか。


「金竜の上に、二つもあるんですね。ポメラ、てっきり金竜が一番上なのかと」


 ポメラが愛想笑いを浮かべながらそう口にする。

 ライガンが目に力を込め、ポメラを睨み付ける。


「それが、何かおかしいか?」


「い、いえ、何も……」


 ポメラがぶんぶんと首を振る。

 俺もライガンが十二金竜だのと口にしていたので、金竜が一番上なのだろうと思っていた。

 

「ライガンさん、実は俺達、どうしても竜王に面会したいんです。桃竜郷は実力絶対主義、《竜の試練》で好成績を収めさえすれば、すぐにでも竜王と面会できると聞きました。それは何点から可能だとか、お聞きしてもよろしいですか?」


「ニンゲン如きが、竜王様に面会であると?」


 ライガンが鼻で笑う。


「我らとて、招集を掛けられたときにしかお会いできぬのだ。あまり思い上がるでない」


 俺は閉口した。

 もしも事情が拗れれば、ライガンが《空界の支配者》の手先でないことに懸けて竜王に伝言を頼むのもありかもしれないと思っていたが、そもそも彼程度では竜王に自由に会うことはできないようだ。

 根は悪くなさそうだったので何かあれば託そうと考えていたのだが、どうやらこの方法は不可能なようだ。


「もしかして、その機会があるのは王竜だけですか……?」


「馬鹿を言うでない。王竜の二千二百点とは、ここ桃竜郷の竜王様の成績である。《竜の試練》でこの点数を獲得できる者など、現竜王様を除けば、最上位格のドラゴンや、大精霊くらいしかおるまい。ニンゲンの貴様らが到達できる点数ではないわ」


 ライガンは、俺の浅慮に呆れたようにそう言った。


 だから王竜だけそんなに刻んでいたのか……。


 しかし、自身の強さを数値化して誇示するとは、よほど自分の力量に自信があるらしい。

 仮に竜人の中にこの成績を超える者が現れれば、竜王の面子が潰れるはずだ。


「聖竜に認められた者は、竜王様に自在に面会することが許される。もっとも、この桃竜郷にも三人にしか与えられていない称号よ。貴様ら程度が取れるとは思わんことだ」


 なるほど、俺達は聖竜を目指せばいいらしい。

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