第七話 依頼調査の旅

 冒険者会議の後、マナラークを離れて、商業都市ポロロックへと向かうことになった。

 ポロロックはマナラークの南部に位置する。

 蜘蛛の魔王騒動の際に、住民達を避難させる予定だった都市である。


 一説によれば、邪竜は遥か南よりやってくる、とのことであった。

 そのため俺は南部に向かってポロロックで情報を集め、場合によっては更に南へと進むことが今回の調査依頼となっていた。


 荷物を纏めた俺達は街壁の外へと出て、並んで平原を歩いていた。


「まさか、貴様らに同行させられるとはな」


 今回の調査依頼は、ロズモンドと合同ということになっていた。

 調査の方面と、調査に当たる冒険者の数の都合である。


「チッ、何故我がこんなところに。貴様ら、同行なぞどう考えても不要であろうが」


 ロズモンドはちらりとフィリアへ目を向ける。

 フィリアはポメラの手を握って彼女を引き、楽しげにスキップをしていた。


「まだフィリアちゃんが怖いんですか?」


 ロズモンドは、フィリアにラーニョごとぶっ飛ばされた過去がある。


「怖いわけではない、必要な警戒をしておるだけだ! どこで拾ったのだあんなガキ。貴様も、何をしでかすか怖いから、子守りを兼ねて見張っておるのだろう」


「そ、それは……」


 確かに、その方面があることは否定できない。

 下手にフィリアを孤児としてどこかに預ければ、喧嘩が起きた際にその都市が地図から消えかねない。

 

「今、フィリアのお話してたの?」


 フィリアが俺達を振り返る。

 ロズモンドがびくっと肩を震わせて大きく後退り、フィリアへ腕を構えた。

 それから素早く俺を振り返る。


「おい、怖いわけではないぞ」


「何も言ってませんが……」


 ロズモンドが足を止めた。

 

「それで、どうやって移動するつもりなのだ? わざわざガネットの馬車の手配を断ったのだ。何か、考えがあってのことであろう」


「急ぎだということでしたので、精霊の背に乗せてもらって移動しようかと」


 ガネットは、一刻でも早く情報が欲しいという様子であった。

 ウルゾットルに背負ってもらえば、別都市まで行くのなんて容易いことだ。

 それに空も飛べるので、邪竜を探すのにも打ってつけだろう。


「精霊召喚まで使えるのか……。貴様らは、何でもありであるな。しかし、精霊が契約者でない人間を、三人も背に乗せてくれるというのか? 随分と、甘っちょろい精霊らしいな。そいつは速いのだろうな?」


「ええ、温厚で人懐っこい、可愛い子です。速さも申し分ありませんよ」


「フン、どうであるか。高位の精霊ほど気難しいものだ。そのように軽い精霊など、あまり信用できんがな。場合によっては、断った馬車を使わせてもらうぞ」


 フィリアはポメラのローブの袖を掴み、震えていた。


「……お犬さん、苦手なの」


「あの化け物も、多少は子供らしいところがあるようであるな」


「あんまりそういう言い方をしないであげてください」


 俺の言葉に、ロズモンドは何も返してこなかった。

 俺は溜め息を吐いてから《英雄剣ギルガメッシュ》を抜き、その刃を天へと掲げる。


召喚魔法第十八階位|霊獣死召狗《ウルゾットル》」


 魔法陣が広がり、全長三メートルの、青い美しい毛を持つ巨大な獣が現れた。

 金色の目は俺を見た後、ポメラ、フィリア、そしてロズモンドへと移る。


「な、なるほど……。多少は使えそうな精霊ではないか」


 ロズモンドはウルゾットルへと目を向けたまま、大きく一歩退いた。

 ウルゾットルは初見のロズモンドに関心を示したらしく、彼女へと大きく一歩近づいた。

 二又の尾が、興奮気味に激しく揺れる。


「アオオオオッ!」


 ウルゾットルがロズモンドへと突進していく。

 ロズモンドは「うおおおおおおおおおお!」と悲鳴を上げ、ウルゾットルに背を向けて逃げた。


 俺はウルゾットルとロズモンドの間に入り込み、ウルゾットルのタックルを受け止めた。

 ロズモンドはよろめき、尻餅を突いていた。


「クン、クゥン、クゥン!」


「よし、よし、ウル、落ち着いてください。すいません、少し頼みたいことがあって」


 ウルゾットルはぐいぐいと、頭突きをするように俺へと頭部を押し付けてくる。

 俺はウルゾットルの身体を押さえ、逆の手で頭を撫でた。


「驚かせてしまってすいません、ロズモンドさん。ただ、ウルはいい子ですから。人を襲うようなことはありませんよ。ちょっとじゃれるのが好きなだけです」


「そ、そうだ、少しばかり驚いただけだ。この犬の精霊に乗って移動するのだな? わ、悪くないではないか」


 ウルゾットルは俺からロズモンドへと目を向け、「ハッハッハッ」と、興奮気味に息を荒げる。

 口からは、青紫の長い舌がだらりと垂らされていた。


「よろしく頼もうではないか、ウルとやら」


 ロズモンドは、鎧の籠手に覆われた腕をウルゾットルへとそうっと突き出した。

 ウルゾットルは目を輝かせ、二又の尻尾を更に激しく振り乱す。

 俺の身体にべしべしと当たる。


「アオオオオッ!」


 ウルゾットルは首を伸ばし、ロズモンドの手を噛もうとした。

 俺は咄嗟にウルゾットルの肩を掴み、勢いよく引いた。

 上下の牙が激しく打ち合う。


「うおおおおおおっ!」


 ロズモンドは再び悲鳴を上げ、その場に転倒した。


 危なかった。

 一歩しくじれば、ロズモンドの腕が喰い千切られていたかもしれない。


「ななな……お、温厚で人懐っこいのではなかったのか! おい!」


 俺はウルゾットルの顎の下を撫でた。

 ウルゾットルは目を瞑り、気持ちよさそうにぐぐっと首を伸ばす。


「フウ……」


「すいません。ウルは、ちょっとテンションが上がると、甘え噛みしたがるんです。すぐ人に飛び掛かったり噛みついたりしようとするのは控えるように、いつも言っているんですが……」


 ウルゾットルは俺の言葉を聞いて深く項垂れ、反省するようにその場に伏せた。

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