第六話 冒険者会議再び
邪竜調査の依頼の件で、俺達は冒険者ギルドの二階奥へと招かれていた。
フィリアは宿に残しているため、ポメラとの二人である。
以前の魔王騒動の際にも集められていた、A級冒険者達の姿があった。
包帯男に老魔術師、金髪の女剣士だ。
そこに加え、ロズモンドの姿があった。
マナラークの四人のA級冒険者だ。
ロズモンドは俺達へ近づき、山羊の仮面を外す。
「ハッ、貴様らも来ておったか」
「全員招かれていたんですね。ということは……」
そのとき、丁度足音が聞こえてきた。
扉へ目を向ければ、コトネが姿を現した。
ややキツイ印象の目を細め、周囲へ警戒するように視線を走らせる。
「コ、コトネさん……」
漫画の件を引き摺っているのかもしれない。
意外と周囲は気にしていないものですよと声を掛けようかと思ったが、俺がそれを言うのはさすがに逆効果になるだろう。
火に油を注ぎかねない。
コトネは俺を見つけると、目を瞑って僅かに息を吸い、一層と目付きを厳しくし、こちらへ歩み寄ってきた。
俺は一瞬逃げようかと思ったが、そんなわけにも行かないので、コトネがやってくるのを待った。
コトネは俺の前で足を止める。
何か言い出すわけでもなく、沈黙を保っていた。
「えっと、その……」
俺が声を出すと、コトネは咳払いをした。
頬を僅かに赤らめながら、口を開いた。
「……悪かったわね。その……漫画の件。しばらく取り乱していた。殴り掛かったり拗ねて騒いだり、散々迷惑を掛けたわね」
コトネは口籠りながらそう言い、頭を下げた。
「コ、コトネさん……」
「よく考えたら、貴方がアレに携わっていたわけがなかったわ。ようやく落ち着いてガネットから一部始終を聞いたの。貴方は別の漫画の方の形式を整えるのに駆り出されただけで、アレには関与していなかったのね」
ぼやかしているが……アレとは、《
あの事件以来コトネとはギクシャクしていたが、俺とガネットに悪意はなかったとわかってもらえたらしい。
「とんだ八つ当たりだった」
コトネは力なく首を振り、溜め息を吐いた。
俺も心底安心した。
「いえ……俺も、その、何もできなくって申し訳ないです」
あの漫画はコトネが不在の間に事故が起きないように処分しておいた方がいいかもしれない、とは頭を過っていたのだ。
ガネットが『よくわからない』で放置して気を留めていなかったので、なんとなく嫌な予感がしていた。
あのとき俺がもう少し強く言っていれば、それだけで避けられた事態だっただろう。
「その……悪いと思っているのなら、頼みたいことがあるんだけど」
コトネは口許を手で隠し、目線を逸らした。
「お、俺にできることでしたら……」
俺にあまり非はないと、そう考えてくれているようだった。
だが、割り切れていない部分があるのかもしれない。
「こっちの世界……全然漫画とか、知っている人がいないから。その、色々アイディア出しだとか、相談に付き合ってもらえると助かるというか……」
コトネは言葉を濁しながらそう言う。
照れているようだった。
「はっ、はい! 俺でよかったら、勿論!」
相談もあるだろうが、きっと純粋に漫画の話もしたかったのだろう。
漫画の話をしているときのコトネは本当に楽しそうだった。
俺も漫画は好きだし、懐かしさもあってとても楽しかった。
またコトネとゆっくり漫画や元の世界の話ができるのは嬉しい。
一応の許しはもらったが、ずっとギクシャクしたままだった。
ようやく本当の和解ができてよかった。
「急ぎで招集を掛けておきながら、お待たせしましたな。実は先程、他都市より訪れた商人から、新しい邪竜出現の裏付けとなる話を聞いて、少しその考えを纏めておりまして」
ガネットが、部下と共に会議室へ入って来る。
ガネットは部屋内を見回した後、コトネへと目を止めた。
「おお、コトネ殿も、来てくださったのですな! お力添え、ありがたく思っております」
コトネはガネットを睨むと、無言で席へと着いた。
……ま、まだ、ガネットに対しては怒っているらしい。
「コ、コトネさん、その、ガネットさんは……」
「怒ってない。色々と世話になっている。だから、今回も冒険者会議に参加したの」
ぜ、絶対に怒っている……。
確かにガネットは、いくらでもストップを掛けられる位置にいたはずだ。
コトネとしては割り切れない部分があるのだろう。
元々ガネットにとって漫画は未知の文化である。
その上、高齢で仕事一筋の人間である。
漫画について、あまりしっかりとは理解できていなかったのかもしれない。
恐らく柔軟な部下に権限を持たせてある程度の指揮を任せた結果、柔軟過ぎたために暴走を許すことになったのだろう。
「で、では、早速、今回、各御方たちに行って欲しい役割について、説明させていただきます。皆様、席についていただければ」
ガネットはやや引き攣った顔で、そう切り出した。
俺はコトネの左隣へと座った。
ポメラがその左に座り、流れでロズモンドが続いた。
各冒険者に、手分けして周辺の調査に当たってほしい、という内容だった。
本当に例の邪竜がこの国に現れるのか、現れるとしてどういった経路で動きそうなのかを確かめてほしい、とのことだ。
何事もなかったとしても、仮にまともな情報を得られなかったとしても、拘束した日数に応じた額を支払う、と言っていた。
ガネットの口振りからは、大分急いているようだった。
ガネットの説明の最中、ロズモンドが俺とポメラを跨ぎ、コトネを睨んでいた。
それに気が付いたコトネが、彼女へ嫌悪の眼差しを返す。
「何か?」
「フン、《
ロズモンドは低い声でそう漏らした。
ロズモンドは、彼女なりに冒険者としての矜持があるようだった。
S級冒険者であるコトネが地位を捨てて戦いから身を引き、芸術の方面に向かったのが気に入らないのかもしれない。
「貴女に関係がある?」
コトネもまた、不快感を隠さずに言葉を返す。
挟まれた俺は気が気でなかった。
ポメラも居辛そうに唇を噛んでいる。
ロズモンドは僅かに腰を浮かし、外套の背へと手を回す。
「ちょ、ちょっとロズモンドさん、冒険者会議の途中です。武器を出すのは……!」
俺は小声でロズモンドを止めた。
ロズモンドは外套から引き抜いた漫画本を、そっとコトネへ向けた。
「続きは出るのか? サインをくれ」
十秒ほど、コトネは目を見開いたまま固まって、ロズモンドを睨んでいた。
それから困ったように眉を顰め、顔を逸らす。小さくコホンと、咳払いを挟んだ。
やや顔が赤くなっていた。
「……別に後ならいいけど」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます