第八話 ドラゴン

 俺達はウルゾットルの背に乗り、南へと向かうことにした。

 ウルゾットルが地面を蹴る度に、周囲の景色が一変していく。

 やはり馬車とは全く速度が異なる。

 特に旅を楽しむような目的がなければ、移動はウルゾットル頼みでいいかもしれない。


「カナタさん、こんなに速いと、ポロロックに訪れるより、直接例の邪竜を探した方がいいかもしれませんね」


 ポメラの言葉に、俺は小さく頷いた。


「そうかもしれませんね。むしろ、都市に寄るのは時間の無駄になりかねません」


 ガネットはこの件をかなり重く見ているようだった。

 俺達も、急いだ方がいい。

 南部で見つからなければ、別の方面の捜索にも当たった方がいいかもしれない。


 そのとき、顔に何かの飛沫が当たった。

 俺は右の手で自身の頬を拭う。


「雨ですかね」


「というより、みぞれに近い気がします。珍しいですね。時期も合っていないと思うんですが……この辺りだと、よくあることなんでしょうか?」


 ポメラの言葉を聞いて、俺はガネットの話を思い出していた。


『はい。そう極端なわけではないのですが、明らかに平時ではあり得ない気温の上下がありましてな。過去の記録と照らし合わせて考えた結果、二体の邪竜が、数十年振りにこの地方へ接近している証ではないかという話になっておるのです』


 二体の邪竜は、存在するだけで気候を狂わせるような強大な力を持っているという話だった。

 

「みぞれと邪竜に、何か関係があるかもしれませんね。ということは……ここが、当たりなのかもしれません」


 ウルゾットルの背に乗り、南へ、南へと向かう。

 やがて高い街壁に囲われた、ポロロックの都市が見えてきた。

 マナラークを出発して、半刻と経っていない。

 ロズモンドもいるので速さは押さえてもらっているというのに、あっという間のことであった。


 ウルゾットルが足を止め、首を回して俺達を振り返る。

 今後どう動くのかを、俺に問うているようだった。


「い、いくらなんでも、速すぎんか……?」


 ロズモンドが戸惑い気味にそう零す。


 ただ、俺は先のポロロックよりも、その先の空高くへと目を向けていた。


「……アレが、例の邪竜かもしれません」


 空高くに、炎の塊と、氷の塊が浮かんでいた。

 目を凝らせば、それらが豪炎に包まれたドラゴンと、氷を纏ったドラゴンであることがわかった。

 片方のドラゴンの周囲には炎の渦が、片方のドラゴンの周には吹雪が舞っていた。

 熱に溶かされた氷の礫が、あられとなってこの地へ降り注いでいる。


「な、なんであるか、あの化け物は……! 我も噂には聞いておったが、実物はここまでであるとはな。《炎獄竜ディーテ》と《氷獄竜トロメア》……大災害の象徴。まさかそれが、二体揃ってお出ましとは。ハッ、どこぞでドラゴンのパーティーでも催されておるというのか」


 ロズモンドは軽口を叩いていたが、声が震えていた。


「……貴様らも大概おかしいが、アレは魔王だのとは訳が違うぞ。この進路であれば、マナラークの都にも被害が及びかねん。早急に戻って、あの狸爺に知らせねばならん」


「ドラゴンって、そんな特別ヤバいんですか?」


 ロズモンドは俺をじろりと睨む。


「まさか貴様、ドラゴンを大きな魔物程度に考えておるのか?」


「違ったんですか?」


「……ドラゴンは、ほとんどの個体が、人間程度には関心を持っておらん。人智を凌ぐ聡明さを持ち、人間には理解できぬ高位の魔法を操る。そして何より、その巨体による、圧倒的な膂力を誇る。通常の魔物とは一線を画する超存在であるぞ。通常は人間にとっての未開地である魔物領で、魔物の飽和による世界の理の崩壊を止めるべく戦っておるという」


 ロズモンドは、呆れた様子ながらも、そう説明してくれた。

 ……確かに今まで、ドラゴンそのものを目にしたことはなかった。

 《人魔竜》もただの人間であるし、《翡翠竜の瞳》もただの竜の目に似た水晶だ。

 ドラゴンの姿を持つ精霊は見たことがあるが、精霊はまた存在が異なる。


 確かに《人魔竜》という名称は、人でありながら超常的な力を得た邪悪な存在である、という意味だと聞いたことがある。

 この世界では、ドラゴンそのものが神聖視され、力の象徴だとされている節があるようだ。


「邪竜というのは、本来人間に関心のない奴らドラゴンの中で、人間に害意を向けた歴史を持つ存在に与えられる呼び名である。人間がどうこうできる相手ではないぞ」


 ロズモンドが説得するように口にする。

 ロズモンドは、フィリアの力を何度も目にしている。

 その彼女がここまで言うのだから、本当にドラゴンは圧倒的な力を有しているのだろう。


 だが、このままでは、ポロロックが邪竜の災害に遭う可能性が高い。

 とりあえず奴らのステータスを確認しようと、俺は炎と氷、二体のドラゴンへと目を向けた。


 そのとき、巨大な炎の塊が、遠くのドラゴンの口から放たれた。

 その矛先は、ポロロックへと向いていた。


「ウルッ!」


 俺の叫び声と同時に、ウルが地面を蹴って空を飛んだ。


「ななっ! 何をするつもりなのだ!」


「ロズモンドさん、落ちないようにしっかり捕まっててください!」


 空に飛び上がってから、ウルが飛び上がるより先にロズモンドを強引にでも落としておくべきだったかもしれないと、遅れて後悔した。

 彼女のレベルでは、ウルの全力にくらいつくのは少々酷だ。


 ちらりと後ろを見ると、フィリアがロズモンドの身体をウルゾットルの背へ押さえつけ、落下しないようにしていた。

 ロズモンドは苦しげにもがいているが、びくともしていない。


「カナタ……これで、大丈夫かな?」


 フィリアが不安げに俺へと尋ねる。

 俺は親指を立てて、グッドサインを向けた。

 フィリアの表情が明るくなった。


 またロズモンドのトラウマが増えそうな光景だったが、落ちるよりは遥かにマシだった。

 そのことは間違いない。


 ウルゾットルは素早くポロロックの頭上まで移動し、炎の塊の前へと出た。

 吐き出された炎弾は、ウルゾットルよりも一回り以上は大きかった。


水魔法第十二階位|水女神の手鏡《セクアナ》」


 魔法陣を展開する。

 俺の前方に、盾のように円状に水が展開された。

 水は高速で渦を巻く。

 炎弾は水に呑まれ、音を立てて蒸発した。


「間に合った……」


 俺はほっと息を吐いた。


 ただ、安心してもいられない。

 二体のドラゴンは、俺を見つけたらしかった。

 こちらへ顔を向け、進路を合わせ、速度を上げる。

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