第三話 呪いの鏡再び
「よし……安定して《神の血エーテル》が造れるようになってきました」
俺が錬金術で《神の血エーテル》を造りながら言うと、ポメラはほっと溜め息を吐いた。
「よかったです……。ポメラがじゃぶじゃぶ飲んでいたこの薬って、すっごい高いんですよね? 一杯で数千万ゴールドだとか……」
ポメラが恐々と尋ねる。
俺は顎に手を当てて考える。
俺もこの世界の通貨の価値について、あれこれと考えてみたのだ。
無論、ものや量によるだろうが、B級アイテムの《翡翠竜の瞳》の時点で五百万ゴールド以上の値段になるという話だった。
ガネットとの取り引きの際に、S級アイテムの《アダマント鉱石》の塊が一キログラム程度あればどれくらいの値段になるのか気になって、彼に聞いてみたのだ。
ガネットは少し悩んでから、とても値段が付けられるものではないが、確実に手に入るのならば五億ゴールドまでは間違いなく出すと、そう口にしていた。
B級アイテムとS級アイテムの間に百倍程度の差があるのだ。
「……もしかしたら、一杯で百億ゴールド以上になるのかもしれません。主成分の《高位悪魔の脳髄》の時点で、伝説級アイテムなんですよね。いっぱい手に入りますけど」
少なくとも《アカシアの記憶書》ではそうなっている。
あそこに出てくる悪魔達がレベル3000越えばかりなので、最低でもレベル3000以上の者がいなければ狩ることができない。
だからそれくらい高く判定されるのかもしれない。
そもそも《歪界の呪鏡》がないと手に入らない、ということもあるが。
「えっ……」
ポメラの表情が大きく引き攣った。
「どうしましたか?」
「ポメラ、飲むのが申し訳ないです……」
「ざっくり考えただけですよ。実際にこんなの、大金使って買ってくれる人はいませんし」
俺は苦笑いしながら手を振った。
俺も《アダマント鉱石》を自然に売る方法はないかとガネットに探りを入れてみたのだ。
ただ、仮に《アダマント鉱石》の纏まった塊が見つかれば出所を探って王家や他国が動きかねないレベルであるらしく、《
安易に捌けるアイテムではない、ということだ。
俺としてもそこまで急いで金が欲しいわけでもない。
ガネット頼りで《精霊樹の雫》をこそこそと捌きながら、適当に魔物狩りでも行っておけば充分だ。
それで《神の血エーテル》の素材の費用も充分に賄える。
「う、うう……そうかもしれませんけれど、ポメラには何だか荷が重いです……」
頭を抱えているポメラの横で、フィリアが《神の血エーテル》の入った瓶を口にしていた。
「カナタ……これ、おいしくない……苦い……。ヘンな味……それに、臭いも妙」
「だだだだ、駄目ですようっ! フィリアちゃん! それ、カナタさんの百億ゴールド!」
ポメラが大慌てでフィリアの手から奪い取った。
フィリアが不満げな顔でポメラを見上げる。
「むー……」
「約束したんですよ。完成したらフィリアちゃんに飲ませてあげるって」
俺は笑いながらポメラへと説明する。
「す、すいません、ポメラ、つい……。で、でもこれ、お遊びの味見で使っちゃっていいものではないと思うです!」
「でも、《神の血エーテル》はフィリアちゃんの《夢王の仮面》ありきですし、ストックはいっぱいありますから。それに、その辺の店で捌こうにも、どうにもならないアイテムですし」
「そ、そうですけど……ごめんなさい、フィリアちゃん」
ポメラはフィリアへと頭を下げ、彼女へと瓶を返す。
ただ、納得が行っていないらしく、フィリアの持つ瓶へと目を向けていた。
「フィリア、甘いと思ってた……」
「《神の血エーテル》を飲んだ後にお菓子を食べたら、反動で通常より甘く感じるかもしれませんね」
「カナタすごい! それ、フィリア試したい!」
フィリアが大はしゃぎでお菓子を取りに行く。
「さすがに、別の苦いものでやった方がよくないですか……? ポメラ、間違ってますか……?」
ポメラが自信なさげにそう口にした。
「別に現状、お金に困ってませんしね。ガネットさんに預けた《精霊樹の雫》は、ちょっとずつ捌いて値崩れしないように高値で売ってもらえる話になっていますから」
その額で充分、《神の血エーテル》の製造費用はしばらく賄えるはずだ。
もしも急に金銭が厳しくなっても、いざとなったらロヴィスからもらった《冒険王の黄金磁石》がある。
これはA級アイテムなので、ガネット辺りを頼れば楽にゴールドに換えられるだろう。
「さすがに金銭を捨てるような真似は品がありませんししたくはないですが、フィリアちゃんが喜んでくれているのなら俺としては文句はありませんよ」
「カナタッ! すごい! これ飲んだ後にお菓子食べたら、すっごい甘く感じる! カナタもやってみて!」
フィリアが目をキラキラさせながらクッキーを頬張っていた。
「あのっ! やっぱり、ポメラ、それって《神の血エーテル》じゃなくてもいいんじゃないかって思ってしまうんですが! 今百億ゴールドが捨てられましたよ!?」
「フィリアちゃん、《神の血エーテル》のことが気になってたみたいでしたから。それに、フィリアちゃんだけ仲間外れみたいにもしたくなかったんです」
俺はポメラへとそう説明した。
フィリアには悪いが、さすがにこれ以上は彼女のお菓子のお供にするつもりはない。
苦いのが気に入ったのならマナラークで似た物を探すが、恐らくすぐに飽きるだろうと踏んでいる。
「ポメラ、ちょっと恐れ多くて飲める気がしません……。魔法修行と、戦闘の合間に飲むといい、というのはわかってるんですが……」
この《神の血エーテル》は、魔力を回復させると同時に、魔法の感覚を研ぎ澄ませてくれる。
あるとないでは魔法の修行の効率が桁違いなのだ。
修行の合間であれば、吐く寸前まで飲んだ方がいい。
「ポメラさんに飲んでもらうために造ったようなものですから。じゃんじゃん飲んで、また《歪界の呪鏡》に潜りましょう」
ポメラは《歪界の呪鏡》と聞くと、びくっと肩を震わせた。
「や、やっぱり、あそこ、行くんですね……」
「前々からポメラさんのレベルを上げてもらいたいとは言っていたんですが……実は、思ったより急いだ方がいいかもしれないんです」
それに、目標も少し高めに見た方がいいかもしれない。
「何かあったんですか……?」
「《人魔竜》のアリスが言っていたことが気になるんです」
アリスは、絶命の間際に、俺に対して警告を出していた。
『フ、フフ、忠告しておいてあげるわ、カナタ……。上位存在に刃向かった貴方は、早かれ遅かれ、悲惨な最期を遂げることになるわ。そしてそのときには、貴方以外も巻き添えにすることになる。だから私も、彼らの作った大きな流れに従って生きるようにしたのよ』
アリスは転移者ではないが、上位存在……ナイアロトプを認知していた。
そしてあの《赤き権杖》騒動自体が、上位存在が俺を倒すために作ったシナリオであると、そうも口にしていた。
恐らくそれは、ただの世迷言ではない。
ナイアロトプは、殺したつもりだった俺が生き残っているのが恐らく気に喰わななかったのだ。
今後、アリスやレッドキング以上の化け物が、ナイアロトプの手引きによって俺に嗾けられる可能性が高い。
「……これまでは、大人しくしていれば、危険な相手に目を付けられるはずはないと思っていました。ですが、既に俺は、マークされていたかもしれないんです」
ナイアロトプは、このロークロアの世界を創った存在だ。
連中が本気になれば、俺がどこまで抗えるのかは怪しい。
俺も《歪界の呪鏡》のレベル上げだけではなく、何か上位存在に対抗できる術を、この世界で見つける必要があるかもしれない。
ポメラには、俺自身のレベルや出自の関係で、危険な相手と交戦することがあるかもしれない、とは前々から説明していた。
それは他の転移者や《人魔竜》を想定したものだ。
だが、ナイアロトプが俺に害意を向けているのならば、その程度で済む話ではなくなってしまうかもしれない。
狙われている以上、気を付けていたって回避できる問題ではない。
ナイアロトプは、残忍で身勝手で陰湿だ。
一度会っただけだが、俺はそのことをよく知っている。
「アリスの言うことが、どの程度信憑性があるのかもわかりません。あいつの内面も、最後まで推し量れないところがありましたから。ただ、本当にポメラさんについて来てもらっていていいのか、実は少し悩んでいて……」
ポメラは黙って俺の言葉を聞いていたが、俺の手首を掴み、俯く俺の顔を覗き込んだ。
「危険だっていうのなら、尚更ポメラに手を貸させてください! ポメラ、カナタさんにもらった恩を、全く返せていません。それに……困っているときに助け合うのが、仲間ですから!」
「ポメラさん……」
「そ、それに……その、ポメラ、カナタさんと別れるなんて、絶対嫌ですから!」
ポメラがここまで言ってくれたのだ。
だったら俺も、ポメラが極力危険な目に遭わないで済むように、急いで彼女のレベルを上げなければいけない。
フィリアが俺の左腕に抱き着いてきた。
「フィリアもっ! フィリアもカナタとポメラのこと大好きだから、頑張って協力するっ!」
俺は二人の言葉を聞き、決心を固めた。
「ありがとうございます……。わかりました! 《神の血エーテル》の準備も終わりましたから、三人で《歪界の呪鏡》に籠って、一気にレベルを上げましょう!」
フィリアのレベル上げは不要かと、俺は最近までそう考えていた。
だが、アリスの言葉が気に掛かる。
無論、ナイアロトプが何かしてくるのならば、俺が全て引き受けるつもりだ。
しかし、一緒にいる以上、ポメラやフィリアにも被害が及ぶことは避けられないかもしれない。
彼女達を守る意味でも、多少無理をしてでも、急いてレベルを上げる必要がある。
パワーレベリングを牽引するのが俺なので、ルナエールほど上手くはできないだろうが……。
「おー! フィリア、頑張って強くなる!」
フィリアがぐっと拳を固める。
「……ああ、そうでした。《歪界の呪鏡》の話に繋がっちゃうんですね……」
ポメラが力なくそう零した。
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