第二話 三つの仮面
俺は宿で大窯や材料を広げ、《神の血エーテル》を錬金する実験を行っていた。
壁には、フィリアに出してもらった三枚の《夢王の仮面》が立て掛けられている。
ゾロフィリアの顔面が三つこちらを見ているのは、なかなかぞっとしないものを感じる。
深夜に見たら眠れなくなりそうだ。
《夢王の仮面》は、あらゆる錬金術に対して、その変化を大きく補佐するように魔力を発するとんでもアイテムである。
要するに、錬金術の究極の触媒である。
世界に二枚しか存在しないこの仮面を巡り、歴史の節々で大きな戦火の火種となってきたアイテムだそうだ。
何故かここに三枚あるが。
《神の血エーテル》の主材料は、《高位悪魔の脳髄》、《精霊樹の雫》、《アダマント鉱石》の三つである。
《高位悪魔の脳髄》は《歪界の呪鏡》で乱獲できる。
《精霊樹の雫》は精霊ウルゾットルにたっぷり用意してもらった分がまだ存在する。
《アダマント鉱石》の錬金手順は既に確立しており、材料の確保もできている。
他の細かい材料もガネットに無事集めてもらった後である。
「これでもかと材料を揃えました。失敗してもいくらでもリトライができますし、今までの失敗から学んだデータもあります。今日こそは《神の血エーテル》の錬金を成功させましょう」
「……あの、カナタさん。以前みたいに、爆発したりしませんよね」
ポメラが恐々と俺に聞く。
俺は笑いながら手を左右に振った。
「大丈夫ですよ。爆発したら、すぐ結界魔法で押さえ込みますから」
「爆発は避けられないんですね……」
ポメラががっくりと肩を落とした。
「カナタ、仮面、三枚だけで大丈夫?」
フィリアの言葉に俺は苦笑いした。
「ははは……四枚目からは、その、変化の速度と割合が大きすぎて、俺の力量だと制御しきれないから……。ほら、前みたいな失敗になりかねないし……」
実は三日前に、フィリアの《夢王の仮面》を五枚用いて錬金実験を行ったのだ。
理論上は、《神の血エーテル》を錬金する際の素材の保有する魔力の減衰を大幅に抑え、製造効率を引き上げることができるはずだったのだ。
《神の血エーテル》の錬金自体がまだ成功していないので、一度の実験の素材消耗量を抑えられるのもありがたかった。
ところが、ここで事件が起きた。
どうにも《夢王の仮面》が五枚あると、《夢王の仮面》の持つ物質の魔術的な変化を促進させる力が、何か予想外の方面に働いているようであった。
素材達が予期せぬ形で合体し、スライムのように部屋を這い回り、《夢王の仮面》と合体したのだ。
そのまま巨大な脚を生やして部屋中を飛び回り、俺はポメラと必死になって謎の
一歩間違えていれば、マナラークを巻き込んだ大騒動になっていたかもしれない。
恐らく、《高位悪魔の脳髄》が悪さをしたのだろう。
対処法どころか何故起きたのかの根本的な部分が不透明なままなので、もう《夢王の仮面》の五枚重ね掛けは使わないことにした。
四枚も、あまり試してみる気にはなれない。
変化の促進が激しすぎて、何がどういった変化を起こすのか全く掴めないのだ。
俺の知識と頭脳では、四枚掛け、五枚掛けを使い熟すのは無理だ。
素材を大窯で煮込み、俺の魔力を付与して変化を促す。
「今までの理論に間違いがなければ、これでできあがるはずなんですが……」
俺の言葉に、ポメラがやや引き攣った苦笑いを浮かべる。
声色に不安が漏れていたのだろう。
「あの、カナタさんの師匠の、ルナエールさんに協力してもらった方がいいんじゃないですか?」
「……それができたら一番いいんですが」
「できないんですか? 師匠さんは、もう既に、この都市を出発されているってことですか?」
「いや、多分まだ、マナラークにはいると思います。上手く説明できないんですが……俺を避けているというか……あまり人里には出ない人なので、少し混乱しているのかもしれません……」
ルナエールと最後に話したのは、蜘蛛の魔王マザー戦の直後である。
彼女の話に気になる部分があったので突いたのだが、それが少し不味かったのかもしれない。
都市を出歩けるようになったのならば一緒にいてくれればいいのに、どうにもあのことが引っ掛かっているらしい。
ルナエールとしっかり話をするには、先に発見して隙を突いてどうにか拘束するしかないかもしれない。
……もっとも、ルナエールは俺の戦闘技術全分野の師匠である。
地力が全く違う上に、意表を突くのもほとんど不可能に近いだろう。
何かの切っ掛けが訪れるのを待つか、時間がなあなあで解決してくれるのを待つしかないかもしれない。
要するに、運頼みか時間頼みである。
「カッ、カナタさん、考え事は後にした方がいいですよ! 大釜が沸騰してます! 何か……よくわかりませんけど、凄いバンバン音がします!」
大釜の蓋が、内部から叩かれているかのようにドンッ、ドンッと音を立てていた。
「っと、すいません!」
俺は慌てて大釜に付与している魔力を調整し、内部の状態の安定化を図る。
「ま、まあ、ここまではいい感じですね……」
俺がそう口にした瞬間、壁に立て掛けていた三つの《夢王の仮面》が、カタカタと激しく揺れ始めた。
カタカタ、カタカタ。
カタカタ、カタカタ。
まるで笑っているかのようだった。
「ひいいいいっ! カ、カナタさん、これ、また悪魔の断片が何かしてるんじゃないんですか!?」
ポメラが蒼白した顔で俺へと抱き着いてくる。
フィリアは楽しげに、笑う仮面達を眺めて燥いでいた。
「みんな楽しそう!」
俺はそっと、鞘から《英雄剣ギルガメッシュ》を抜き、《夢王の仮面》へと向けた。
いざとなったら、即座に破壊して《夢の砂》に戻す必要がある。
フィリアには悪いが、楽しそうで済む事態ではない。
何が起こるのか、全く未知である部分が多いのだ。
やはり《夢王の仮面》は、三つでも少し危険かもしれない。
一つでも充分仕事はしてくれているので、減らした方がいいかもしれない。
だが、俺とポメラの心配を他所に、《夢王の仮面》の謎の笑い声はすぐに収まった。
俺はほっと《英雄剣ギルガメッシュ》を鞘へと戻す。
「カナタしゃん……やっぱり、あのお面は危険なんじゃないですか?」
「……二枚以上、同時に使うのは止めようと思う。まさかとは思うけど、あの仮面から高位悪魔や、ゾロフィリア擬きが何かの間違いで誕生する可能性も、ゼロではないような気がするし……」
俺は駄目元で、大釜の蓋を開けてみた。
中では、緑色の液体ができあがっていた。
俺は考えるより先に、魔法袋から《アカシアの記憶書》を引っ張り出していた。
これで何も考えずに雑に捲って、あのページが出れば……。
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【神の血エーテル】《価値:伝説級》
高位悪魔の脳髄を煮詰めたものを主材料とした霊薬。
神の世界の大気に近い成分を持つと言い伝えられている。
呑んだ者の魔法の感覚を研ぎ澄ませると同時に、魔力を大きく回復させる。
かつて大魔術師が《神の血エーテル》を呑んだ際に、この世の真理を得たと口にしたという。
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き、来た!
意識せずに《神の血エーテル》のページが開けたということは、錬金に成功したということだ。
「い、いけてました。これ、成功です!」
「本当ですか? やりましたねカナタさん! これでついに、魔力を回復させる薬が、自力で造れるようになったんですね!」
「ということは、この作り方で間違ってなかったんですね。仮面が笑ったのは、少しびっくりしましたけど……」
俺の言葉に、ポメラが少し眉を顰めた。
「カナタさん……もしかして、次も《夢王の仮面》、三つでやろうと思ってませんか……? 危険かもしれないって、そう言っていたところだったのに……」
ポメラが俺に、確認するように言う。
……確かに危険は危険だ。
だが、こうして成功したのだ。
仮面の数を減らせば、当然材料の比率やらも変わってくる。
もしかしたら、仮面の数が足りないと変化が小さすぎて、現在の製法では《神の血エーテル》を造れない、なんてこともあり得る。
実験のための材料費だって、馬鹿にならない値段が掛かっている。
確かに仮面が笑ったのは怖かったが、結局何も起こらなかったのだ。
「ポメラさん、仮面二つで手を打ちませんか?」
「えっと、ポメラを説得されても困るのですが……」
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