第四話 鏡レベリング
俺はポメラに、双頭の蛇が蜷局を巻いている指輪を渡す。
即死回避の《ウロボロスの輪》である。
これがなければ、ポメラのレベルでは《歪界の呪鏡》へ挑むわけにはいかない。
「……ポメラ、これを付けると、これから死ぬような目に遭うんだなって実感できます」
ポメラは指輪の蛇と目を合わせながら、しみじみと呟いた。
続けて俺はポメラへ魔法袋を渡す。
「その中には、回復ポーションと《神の血エーテル》が入っています。悪魔の隙を突いて使ってください」
回復ポーション……正確には、《九命猫の霊薬》というアイテムである。
こちらは《
できれば白魔法で補って欲しいところだが、残り魔力によってはこちらを使った方が速い場合もあるはずだ。
「フィリア、初めて入るから楽しみ!」
「そんな楽しいところじゃないですよ……」
ポメラが肩を落としながら、フィリアへと告げる。
「フィリアちゃんも、なるべくポメラさんを守ってあげてください。危ないと思ったら、即座に退いて俺の背後に隠れてくださいね」
「うんっ! フィリア、ポメラ守る!」
フィリアは素のレベルが二千近いということもあるが、それ以上に《夢の砂》の性質が凄まじい。
姿と共にレベルを変え、悪魔と対等に戦える三千以上まで跳ね上がる。
おまけに姿を変えてダメージを受け流しているのか、超再生しているのか、ステータス以上にタフなのだ。
俺は宿の部屋に《歪界の呪鏡》を置き、三人でその内部へと挑んだ。
虹色の光が、周囲に出鱈目に広がっている。
「……またここに来てしまいました」
ポメラは大杖を抱きしめたまま、目線を落として息を吐く。
前方から青白い人型の群れが、音を立てずに豪速で迫ってきた。
足が一本しかない個体や、頭がない代わりに胸部に顔のある個体、胴体だけで空中に浮かんでいる個体と、様々であった。
俺はポメラの身体に腕を回し、地面を蹴って横へと跳んだ。
豪速で迫る異様な人型の群れが、俺達の立っていたところへ各々に攻撃を仕掛けていた。
「ひいっ!」
連中は完全に無音であったため、視界に入っていなかったポメラは気が付くのが遅れていたようだった。
改めて連中の姿を確認し、小さく悲鳴を上げた。
胴体のみの個体は他の異形よりも明らかに速かった。
即座に切り返し、俺達へ肉薄する。
俺はそれを《英雄剣ギルガメッシュ》で両断した。
「ポメラさん、気を抜いてる猶予はありませんよ! いつも通り、とにかく魔法を撃ち続けてください!」
「はっ、はい!」
ポメラが大杖を構える。
俺は前方から迫ってくる異形の群れを視界に入れつつ、背後を確認する。
後ろからは、無数のおたふくの面が飛来してきていた。
頬が大きく膨らんでおり、細められた目の奥には仄暗い光が溜まっている。
「数が多い……ハズレですね」
理屈は全く分からないが、《歪界の呪鏡》は入る度に出てくる悪魔が大きく異なる。
相手の組み合わせと数によっては、まともに対応することがほぼ不可能であることも珍しくない。
こういうときは一旦外に逃げるしかない。
俺も大量の悪魔に弄ばれてルナエールに助け出してもらってから、外で『今回はハズレでしたね』と言われたことがよくある。
ただ、問題なのは、ハズレの場合は逃げるのも困難なことが多いということだ。
地面から、巨大な真っ白の無数の腕が伸びる。
腕の手のひらには、大きな瞳が付いている。
腕は俺達を円形に囲むように生えていた。
一瞬新手かと思ったが、この腕はフィリアの《夢の砂》によるものだ。
ラーニョ騒動のときに、似た物を目にした記憶があった。
巨大な腕は、おたふくの面を鷲掴みにし、異形達の進路を遮り、敵の動きを妨害した。
「
ポメラが大杖を掲げる。
炎の一閃が走り、おたふくの面達に当たった。
びくともしていないが、ダメージにはなったはずだ。
行ける……!
フィリアがいれば、安定してポメラのレベル上げを行うことができる。
多少のハズレを引いても、フィリアのカバーがあればどうにかなりそうだ。
そのとき、空に巨大なクマ人形の顔面が浮かび上がった。
ショッキングピンクの布を継ぎ接ぎされており、目玉代わりに大きなボタンが二つ並んでいる。
「クマさん、かわいい!」
フィリアが嬉しそうに声を上げる。
だが、俺は血の気が引くのを感じていた。
「た、多少じゃなくて、大ハズレだった! フィリアちゃん、腕、腕を引っ込めて!」
一度戦ったことがあるからわかる。
フィリアの《夢の砂》には弱点がある。
生み出した全てが本体に等しいため、創造というより分身に近いのだ。
そのため大量の分身を展開しているときに範囲攻撃によってまとめて処分されると、莫大なダメージを負うことになる。
俺がゾロフィリアを倒したときも、《
「え……でもそうすると、あの怖いお顔が……」
「大丈夫だから! 早く!」
フィリアが俺の言葉に従い、円形に生やした巨大腕を引っ込めた。
その直後、クマ人形の口の部分の布が裂け、ファンシーな姿には似つかわしくない、巨大な口が開いた。
明らかに人間のような歯が並んでおり、その隙間からは赤黒い液体が垂れている。
口の奥から豪炎が放たれ、視界一面が赤で染まった。
俺はポメラとフィリアを両脇に抱え、地面を蹴った。
「
制限いっぱい、離れたところへと跳んだ。
俺達の背後で、さっきの異形の群れやおかめの面が、炎の海に焼き尽くされていった。
俺は《英雄剣ギルガメッシュ》を、空中に浮かぶクマ人形の顔面へと掲げる。
「
クマ人形の周辺に黒い光が漂う。
光は空間と共に爆縮を始める。
クマ人形の顔が一気に全方位から押し潰されて小さくなり、爆発した。
綿と布が飛び散る。
「……《歪界の呪鏡》では、安定なんて温いことは期待できないみたいですね」
「で、でもカナタさん、あのクマのお陰で、敵が減って少しは余裕ができました!」
そのとき、大きな影が俺達へと落ちた。
どこからともなく現れた、巨大なムカデのような化け物が、身体を撓らせて俺達へと向かってきている。
ムカデ……というより、ムカデの輪郭を伴った、巨大な人頭の連なりであった。
身体の節一つ一つが、満面の笑みを浮かべる人間の顔になっているのだ。
頬やこめかみの辺りを突き破り、ムカデの脚に似た触手が生えている。
俺は《英雄剣ギルガメッシュ》を振るい、迫ってくる人頭ムカデを斬り飛ばした。
上下に分かれた人頭ムカデは、二分された状態で俺達の周囲を高速で回る。
ポメラはあまりの光景からか、大杖を構えたまま硬直していた。
久々の《歪界の呪鏡》であるため、グロテスクな悪魔の軍勢と、一瞬ごとに状態が切り替わる悪夢の光景に、頭が追い付かないでいるらしい。
しかし、それも仕方ないことだ。
俺も少し感覚を忘れていた。
《歪界の呪鏡》では、恐怖や苦痛に麻痺し、それらを俯瞰的に見られるようになって、初めてまともに悪魔達に対応できるようになるのだ。
フィリアが三人に分身し、ポメラの前に並んだ。
「フィリア、こっち側を守る!」
「ありがとうフィリアちゃん! 俺は逆側を守るので、ポメラさんはどうにか魔法を悪魔に当ててください!」
「ひゃ、ひゃい……」
ポメラは目に涙を溜めながら、振り絞るようにそう口にした。
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