第三十九話 騒動の終わり
アリスが死に、《赤き権杖》騒動が収まった。
俺は魔法袋より《神の血エーテル》を取り出して飲み干し、身体の傷を癒した。
思いの外にレッドキングに苦戦させられていたため、《神の血エーテル》が底を尽きていれば、一日ほど寝込むことになっていたかもしれない。
ポメラから話を聞いたところ、マナラークを荒らしていた《血の盃》の者達は既に大半が捕縛され、残りも既に逃げた後であるとのことだった。
話が終わってから、ポメラは白魔法使いの人手不足を補うために、治療院へと向かっていった。
俺はベネットに協力してもらい、コトネと《百魔騎》のガラン、《ダンジョンマスター》のバロットの、《
彼らは全員、生きてはいた。
ただ、目を覚ます素振りはなかった。
アリスに手順を踏んだ《
あれは魂を縛り、自我を自在に書き換えて操り人形にする、恐ろしい魔法だった。
雑な解除を行えば、二度と目を覚ますことができなくなったっておかしくはないのだ。
コトネ達は治療院で半日治療を受けたが、意識が戻ることはなかった。
《
翌日、俺はポメラとフィリア、そしてベネットと共に、《
コトネとガラン、バロットは、ベッドに寝かされていた。
三人共、死んでいるかのように大人しかった。
「頼ってくださったのに、申し訳ございません、カナタ殿……。我々でも、まるで治療の術が見つかりそうにありません。勿論、まだ方法を捜してはみますが……期待しない方が、よろしいかと」
ガネットは俺達に深く頭を下げた。
俺は唇を噛み、肩を落とした。
正直、予想していた答えだった。
俺もルナエールから死霊魔法についてはある程度教わっていたため、《
しかし、俺も治療院の人に許可を取ってコトネ達を見てみたが、全く解決の糸口を見つけられる気がしなかったのだ。
駄目元でコトネに《神の血エーテル》を飲ませてみたが、それも効果はなかった。
「専門家の話では、自我がちぐはぐに搔き乱され、出鱈目に繋がっている状態だそうです。これを治療するのがどのくらい大変なことかというと、砂嵐吹き荒れる広大な砂漠に散らばった魔導書の紙片を搔き集め、綺麗に復元するようなものなのです。到底治療できるようなものではないと、そう言うのです」
ベネットはそこまで聞くと、ガランの眠るベッドの手摺に手を掛け、泣き崩れた。
「ガラン様、ガラン様ァッ! 長らく行方不明になっていて、やっと見つかって……助かるかもしれないって、そう思っていたのに、こんな……!」
ベネットにとって、ガランは敬愛する大先輩だったようだった。
取り乱すのも無理はない。
「ポメラが悪いんです……。ポメラが、あの《人魔竜》の子を大杖で殴っていなければ……」
「ポメラさんのせいではありません。ポメラさんがいなければ、アリスは俺に《
誰が悪いかと言えば、間違いなく俺だった。
俺がもう少しレッドキングとの戦いで余力を残せていれば、俺がアリスに捕まることはなかった。
そうであれば、逆に俺が拘束することもできていたはずだ。
それに元々アリスがこの魔法都市にやってきたのは、俺を殺そうとしていた上位存在、ナイアロトプの仕業だった可能性が高い。
いや、可能性が高い、ではない、ほぼ確定だ。
俺がレッドキングの爆発を魔法で遅れさせようとしたとき、それを妨害する何者かがいた。
あの声……忘れはしない。
俺をこの世界に送り込んだ上位存在、ナイアロトプのものだった。
ナイアロトプは、俺を本格的に俺を消しに来ているのだ。
そのことにはアリスも触れていた。
この《赤き権杖》騒動自体、上位存在が俺を消すために画策したものであり、そして上位存在から逃れる術はなく、その被害は俺の周囲にも及ぶだろう、と。
その被害が、コトネに及んだのだ。
俺は握り拳を固めた。
上位存在のナイアロトプは、俺が抗えるような相手ではないかもしれない。
だが、ナイアロトプが俺を付け狙っているのなら、それで周囲に被害を与えているのならば、このまま黙ってやられているわけにはいかない。
あいつに抗える力を、この世界で見つけなければいけない。
「カナタさん……?」
ポメラが急に沈黙した俺を心配してか、声を掛けてきた。
俺は首を振った。
「少し考え事をしていました」
俺はガネットへと向き直った。
「ガネットさん、コトネさん達を戻す方法、俺も探します。一生懸かってだって、絶対に見つけてみせます。だから、彼らを、しばらくここに置いてあげられませんか? お金でしたら、どうにか用意してみせます」
「カナタ殿は、コトネ殿と仲が良かったですからな」
ガネットはそう、ぽつりと呟き、寂しげに笑った。
俺とコトネが日本の漫画について話し込んでいたのは、《
ガネットは俺達が長話をしていたことを知っているのだろう。
「儂もコトネ殿には随分と世話になっておりました。金銭面など、つまらないことをお気にはなさらずに。……それから、少し、カナタ殿に相談があるのですが、別室でいいですかな?」
ガネットは真剣な面持ちでそう言った。
心当たりはないが、断る理由はない。
俺は頷いた。
ガネットに連れられ、会議室のような場所で二人、顔を合わせた。
ガネットの部下が紅茶を部屋内へ運んでくれ、その際に大きな封筒を残していった。
俺が封筒を見つめていると、ガネットが話を始めた。
「カナタ殿……勿論、儂はコトネ殿の治療に手を抜くつもりはありません。ただ、意識を取り戻す見込みは、恐ろしく低いのです」
「……それは、理解しています」
「答えたくなくれば、話はそこまでにしますが……カナタ殿は、コトネ殿と同じ異世界転移者ですな?」
俺は少し悩んだが、頷いた。
そこまで隠そうと意識していたわけでもない。
それにコトネとよく接触していたガネットからすれば、俺が転移者であることなんて、簡単にわかることだ。
誤魔化しても仕方がない。
「やはり……。コトネ殿の、趣味については、お聞きになっていましたかな?」
ガネットは真剣な表情で、そんなことを尋ねてきた。
俺は今しなければならない話なのだろうかと疑問に思いつつ、ガネットの問いに頷いた。
「はい、それは。ガネットさんもご存知だったのですね」
「ええ、失礼ながら、立場上、コトネ殿を探るようなことも少々致しましたし……それにコトネ殿が冒険者の活動を縮小する際に、相談も受けておりましてな。儂は、コトネ殿が満足できる作品ができあがれば、世に広める手助けをするとも約束していたのです」
「そこまで聞いていたんですね……」
コトネの夢は、この世界で漫画を広めることだった。
確かに《
「実は……せめて、コトネ殿の夢を叶えてあげたいと思っておるのです」
ガネットは言いながら、机の上の大きな封筒を開けた。
中から大量の紙が出てきた。
「これは……?」
「コトネ殿の漫画でございます。実は作業に集中できる場所を貸してほしいと言われて、《
確かに以前、コトネは俺がいいならば見せたいとは口にしていたが、勝手に見ていいものだろうか……。
コトネは少し、この趣味を恥ずかしがっていたように思う。
容赦なく纏めて持ってくる辺り、漫画のない世界で生きてきたガネットには、自分の描いた漫画を恥ずかしがるという気持ちがあまり理解できていなかったのかもしれない。
俺は悩んだが、コトネのことをもっと知っておきたい、という気持ちが勝った。
心中で彼女へ謝りながら、封筒の中の漫画へと目を走らせた。
バトル漫画だった。
日本風の世界を舞台に、超能力者が戦うという内容のものだった。
「面白い……」
「ええ、ええ、そうでしょう? コトネ殿は納得していなかったようですが、儂もこれは話題になるのではないかと思っております」
ガネットが嬉しそうに頷く。
ただ、コトネが納得していなかった気持ちはわかる。
内容や設定はありきたりで、俺からしてみれば何の作品を参考にしているのか透けて見えるところも多い。
それに絵も一般人よりは遥かに上手いのだが、プロの漫画描きと言えるほど洗練されたものではなかった。
しかし、このロークロアには他の漫画がまだ存在しないことを思えば、大きなマイナスだとも思えなかった。
「儂はこの漫画とやらを、コトネ殿がどういう形式にしたかったのか、細かい部分があまりわかっていませんでしてな。その点でいくつか疑問があるのです。カナタ殿が実物をご存知であれば話が早い。コトネ殿の漫画を本にして売り出す、その手助けをしていただきたいのです」
「そういうことでしたら、協力させていただきます。任せてください」
俺も、このロークロアで漫画を流行らせるという、コトネの夢を叶えてあげたかった。
「おお、助かりますぞカナタ殿! 先の騒動のせいで、マナラーク全体に暗い空気が漂っておりましてな。人件費は嵩みますが、転写魔法で素早く量産して、近日の内に広めたいと思っておるのですよ。その分、細かい確認をお願いしたいカナタ殿にも負担を強いることになってしまいそうなのですが……」
「問題ありませんよ。急ぎの用事があるわけでもありませんから、お手伝いさせていただきます」
「これは心強い」
ガネットは嬉しそうに大きく頷き、それから自身の顎髭へと手を触れた。
「そういえばカナタ殿、よくわからない漫画が出てきましてな。そちらも封筒の最後の方に入っておりますので、見ていただいてよろしいですか?」
「よくわからない漫画……ですか」
確かに紙を捲っていくと、別の漫画が入っていることに気が付いた。
見覚えのあるキャラだなと思って読み進めてから、俺は自分の顔が強張るのを感じた。
……日本で大人気だった少年漫画のキャラを使った、二次創作のボーイズラブ漫画だった。
「そこしか見つからなかったのですが、よくわからなかったものでして……。もしかしたら、コトネ殿の部屋に別のページがあるのかもしれませんな」
「……その、この漫画のことは見なかったことにしてあげてください。というか、燃やして処分してあげた方がいいかもしれません」
「む……? そうですかな?」
ガネットは納得していなさそうな様子であった。
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