第四十話 不死者の救済(side:ルナエール)

 深夜の《魔銀ミスリルの杖》の研究所の一室に、二つの影があった。

 《穢れ封じのローブ》を纏ったルナエールと、ノーブルミミックである。

 ルナエールは目前のベッドに眠る、ショートボブの黒髪の少女を見下ろし、息を吐いた。


「治療スルノカ?」


 ノーブルミミックの問いに、ルナエールは目を細めて振り返る。


「放っておくのも可哀想でしょう。……それに、カナタも哀しみますからね」


「後回シニシテタカラ、テッキリコノママ帰ル気ナノカト思ッタゼ」


 ノーブルミミックの指摘通り、同室で眠る他の二人、ガランとバロットの治療は既に終わっていた。

 ルナエールはここにやってきて真っ先にコトネの顔を確認した後、しばし迷う素振りを見せ、それからガランとバロットの治療に移行したのである。


「……ノーブルは私を何だと思っているのですか?」


「大分妬イテタカラ、ヤリカネナイト思ッテタ」


 ルナエールがゆっくり指を立てた腕を持ち上げて魔法の準備をすると、ノーブルミミックは舌を引っ込めて蓋を閉じ、普通の宝箱を装った。

 ルナエールは深く溜め息を吐き、腕を下ろした。


「流石の私でもそんなことはしませんよ。それに、カナタを信じていますから」


「ソウダナ、高位精霊使ッテ盗ミ聞キシタリ、尾行シテルノバレテ攻撃シテ逃ゲタリシテタケド、ソンナコトハシナイヨナ?」


 何ならば、ノーブルミミックにはわざわざ教えていないが、ルナエールはポメラがロヴィスに殺されそうだった際にも、助けるかどうか一瞬迷っていた。


「そっ、それはそれです。言い方が悪いですよ。私は、カナタのことが心配で、ほんの少し様子を窺ってみただけです」


「……世ノストーカーモ、半数クライハ同ジコトヲ言ウゾ?」


 ノーブルミミックは、呆れたようにだらんと舌を出す。


「主ノ話シテタ、黒服ノ男モ、ドウニモ怪シイゾ? 見逃シテ良カッタノカ?」


 ロヴィスのことである。

 ルナエールはロヴィスとの一件について、ノーブルミミックに簡単に話していた。

 ただ、ノーブルミミックには、どうにもその話が胡散臭く感じてならなかった。


 ロヴィス曰く、自称カナタの親友とのことだった。

 しかし、ノーブルミミックもルナエールと共にカナタを追い掛け回しているのに、これまで一度もロヴィスなんて目にしたことはなかったのだ。

 確かに四六時中見張っているわけでもないのだし、ルナエールとカナタには《地獄の穴コキュートス》を出た時間に大きなズレがある。

 ただ、それを考慮しても、ロヴィスとやらの言い分はあまりに都合がよすぎるのだ。


「ロヴィスはいい人でしたよ。カナタが、その……私のことを愛していると言っていたことを、教えてくれましたし」


「イイ人ノ判断基準ガ浅過ギル」


「しつこいですね。一応、ヤマダルマラージャの真眼も使いましたから、嘘は吐いていませんでした」


「マア、ソレハソウナンダロウガ……」


 ルナエールはコトネへと向き直り、彼女の額に手を翳した。


死霊魔法第二十一階位|愛神の救済《アンテロース》」


 コトネの額に、ピンクの魔法陣が展開される。

 死霊魔法で穢された魂を浄化し、調整する魔法であった。

 ルナエールは三十秒ほどそうした後に、手をゆっくりと退けた。

 魔法陣がすうっと消えていく。


「これで終わりました。この人も、じきに目を覚ますでしょう」


「流石、主。コノ都市ノニンゲンガ諦メテタ治療モ、一瞬ダッタナ」


「一瞬ではありませんよ。結構面倒なんですよ、壊された精神を元に戻すのは。私だって片手間にはできません。なんでも崩す方が簡単ですからね」


 ルナエールは疲れたように額を手で拭う。


「ソレジャ、トットト行クカ。見ツカッテモ面倒ダロ」


「少し待ってください」


 ルナエールはベッドの手摺に手を掛け、コトネの顔をじっと覗き込んだ。

 それから耳元へとそっと口を近づける。


「……カナタに手を出したら、容赦しませんからね」


「オイ、主。信ジテルンジャナカッタノカ?」


「いっ、一応です、一応。ほら、早く行きましょう、ノーブル」


 ルナエールは立ち上がり、コトネに背を向けた。

 ノーブルと並んで歩きながら、ルナエールは不安げに目を細めた。


「……しかし、どうにもおかしなことが続いていますね。突然レベル1000クラスの魔王が発生したかと思えば、今回は太古の大精霊の封印が解かれる事態だったそうです。こんなこと、普通なら千年に一度だってないことです。カナタだって……今回、何かが違えば危なかったかもしれないみたいでした」


「裏ガアル、ト?」


「私のせい、でしょうか……。もしかしたら、レベルを上げたせいで、カナタが狙われているのかもしれません。こんなことなら、やっぱりカナタをずっと《地獄の穴コキュートス》から出すべきではなかった……。今からでも、連れ帰って閉じ込めておくべきでしょうか?」


 ルナエールが険しい表情を浮かべ、真剣そうにそんなことを口走る。


「ン、ンナ思イ込マナクテモ……。主ヨリ強イ奴ナンテイナイダロ。アア、危ナソウナ奴ガイタラ、先回リシテ潰シテ回ッタライインジャナイカ?」


 ノーブルミミックは、思い付きでそんなことを口にした。

 ルナエールは足を止め、瞬きをした。


「マア、ソンナワケニモイカナイヨナ」


「ノーブル……それ、いいかもしれませんね。少し検討してみます」


「主……本気カ?」

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