第三十八話 屍人形の悪足搔き
黒い爆炎が襲い掛かってくる。
俺はその刹那、咄嗟に使おうとしていた《
中から取り出した《歪界の呪鏡》に身を寄せる。
あの悪魔達を封じ込めている鏡ならば、レッドキングの自爆も防げるはずだと考えたのだ。
しかし、一歩間違えればあの悪魔達を外に逃がしかねない暴挙であると、遅れて俺はそう思い至った。
鏡越しに、豪炎の巨腕に殴られたかのような衝撃だった。
身体全身に熱が走り、俺は下へと叩き落とされた。
空高くにいたはずだが、地面と衝突するまで一瞬だった。
俺は瓦礫に肩より突っ込むことになった。
地面が、落下衝撃で大きく抉れる。
俺は辛うじて掴んでいた《歪界の呪鏡》を手に、ほっと息を吐いた。
これを手放していれば、とんでもないことになっていたはずだ。
俺が咳き込むと、口から黒い煙が出た。
さすがに身体へのダメージが凄まじい。
だが、どうにか生きている。
ルナエールから《歪界の呪鏡》の鏡を渡されていなければ危なかったかもしれない。
「カ、カナタ、無事だったんだな!」
ベネットが駆け寄ってきた。
「ええ、どうにか……」
俺は苦笑しながら立ち上がろうとして、足の力が抜け、その場に倒れてしまった。
思ったよりダメージが響いている。
ルナエールのローブを台無しにしてしまったかと自分の身体を見るが、ローブは綺麗なものだった。
俺はほっと息を吐く。
「無理するなよ、カナタ! おい、そこの冒険者! ぼさっと見てないで、白魔法使いを呼んで来い!」
……この騒動で、ちょっとはいい奴なんじゃなかろうかとベネットを見直し始めていたが、やっぱり冒険者への高圧的な態度は変わっていないようだった。
「それより、コトネさんや、他の操り人形にされていた人達は、どうなりましたか?」
俺がベネットへと声を掛けたとき、背後から何かが飛び出してきて身体に抱き着いてきた。
瓦礫の影に、小さな子供が潜んでいたのだ。
いや……子供じゃない。
あまりに力が強過ぎる。
背後へ目を向ければ、牙の並んだ大きな口と、ギラギラと輝く不気味な瞳が視界に入った。
伸びた舌が、俺の頬を舐める。
「《屍人形のアリス》……!」
アリスはレッドキングの流れ弾を受けたためか、右半身の大部分が拉げ、血塗れになっていた。
しかし、レベル600の膂力を充分以上に発揮している。
今の死に体の俺よりも力は上だった。
「フ、フフフ、フフフフフフフ、アハハハハハハハハ! 驚いたかしら? 自分を《
アリスが俺の首に噛みついた。
肉が抉られ、血が溢れる。
俺は息を呑む。
レベル600とはいえ、その気になれば、今の俺を殺せるだけの力が彼女にはあった。
「まさか、レッドキングまで倒しちゃうなんて、本当に思わなかったわ! アハハハ! でも残念だったわね! これで貴方を、私のものにできるわ。《赤き権杖》は逃したけれど、フフフフ、そんなこと、もうどうだっていいのよ。この力さえあれば、これでようやく《神の見えざる手》に仲間入りできるわ」
「神の、見えざる手……?」
「大丈夫よ、カナタ。貴方の大事な大事な《
首に、アリスの長い舌が這う。
アリスは、俺を《
まずいことになった。
俺には《ウロボロスの輪》があるので殺されても即時蘇生できるが、最低限の体力にしか元に戻らないので、捕まっている状態ならば魔力が尽きるまで殺されるだけだ。
そもそも、アリスは《
「ひ、瀕死のお前なんか怖くない、怖くないぞ……! やってやる、やってやる!」
ベネットが剣を構え、アリスへと向ける。
「ベ、ベネットさん……!」
アリスは退屈そうにベネットを眺めていた。
確かに、アリスは既に死に掛けだ。
それを強引に死霊魔法を重ねて強化しているに過ぎない。
恐らく、攻撃力以外の大幅にパラメーターも減少している。
「でも、あの、ベネットさんでは無理だと思うので、気持ちは嬉しいんですが、無理はしていただかなくても……」
「……お前、天然で人煽るところあるよな」
ベネットが表情を歪める。
だが、すぐに表情を引き締め、剣の鞘をアリスへ投擲した。
アリスが剣の鞘を掴んだとき、ベネットはすぐ前まで来ていた。
アリスが目を見開く。
「ミスディレクションを噛ませた歩術さ。ただの一発芸だけど、意外と効くだろう? 僕だって、やるときはやるんだよ!」
ベネットの振り下ろした刃が、アリスの身体に走った。
刃に弾かれ、アリスの身体が大きく揺らぐ。
「う、そ……私が、こんな、奴に……」
ベネットは蒼白した顔に笑みを浮かべていたが、すぐにその表情が恐怖に染まった。
「一撃、もらっちゃうなんてね」
アリスの顔に大きな傷が生じていたが、彼女は全く応えていなかった。
アリスは雑に腕を振るい、ベネットを弾き飛ばす。
「アハハハハ! 本当に残念だったわねぇ、雑魚騎士様ァ! 後少しレベルがあれば、私を倒せたかもしれなかったのに!」
そのとき、後ろから足音がした。
俺が背後に目をやれば、ポメラが大杖を振り上げているところだった。
「せあいっ!」
大杖の一撃が、アリスの後頭部を殴打した。
アルフレッドをぶん殴った際に破損していた箇所が再びへし折れた。
なぜポメラがここに……と思ったが、すぐに理解した。
恐らく、ベネットが通り掛かった人に白魔法使いを呼ばせていたからだ。
やってきたら俺がアリスに捕まっていたため、隠れて様子を窺っていたのだろう。
アリスの身体が横倒しになった。
アリスは地に側頭部をつけながら俺を睨み、小刻みに震える腕を俺へと伸ばす。
「フ、フフ、忠告しておいてあげるわ、カナタ……。上位存在に刃向かった貴方は、早かれ遅かれ、悲惨な最期を遂げることになるわ。そしてそのときには、貴方以外も巻き添えにすることになる。だから私も、彼らの作った大きな流れに従って生きるようにしたのよ」
糸の切れた人形のように、アリスの腕が地に落ちた。
《
アリスは完全に命を落としたのだ。
これで他の《
コトネ達は、無事に済むだろうか……?
「そ、その、特に何も考えずにやっちゃったんですけれど、良かったですよね?」
ポメラが恐々と俺に尋ねる。
「いえ、ありがとうございました、ポメラさん。本当に危ないところを助けられました」
今は、アリスを殺すしかなかった。
身体を負傷させて動けなくしても、他の死霊魔法を用いて強引に動くことができる。
両足を奪っても、魔法で攻撃してきただろう。
生かして捕らえるのは難しかった。
「お、おい、カナタ……その、僕も、頑張ったんだからな? 僕がいたから、そっちの女だって隙を突けたんだぞ」
ベネットがアリスに派手に突き飛ばされた身体を引き摺り、俺の方へとやってきた。
「……ちゃんと感謝していますよ。それより、コトネさん達を助けてあげてください。建物の崩落に巻き込まれているはずです」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます