第三十二話 呪霊結晶《アグニラズ》

「ガラン殿、使ってくれ」


 バロットが背負っている剣を革ベルトから外して手に取り、ガランへと投げた。

 ガランは受け取り、俺へと構える。


「カナタ君……確かに君は、かなりレベルが高いみたいだ。でも、僕は、レベル上を相手取るときの戦い方にも心得があるんだ。フフッ、そうじゃないと、元々僕はここまで強くはなれなかったからね」


 バロットは足に巻き付けていたナイフを手に取り、軽く宙を斬って見せる。


「とっておきの猛毒ナイフさ。勿論こんなものだけでどうにかなるとは思っちゃいない。僕の手札はまだまだあるから、楽しみにしていてくれ」


 俺はバロット、ガラン、そしてコトネへと順に目をやる。

 それから苛立つ気持ちを抑え、深呼吸をした。

 大丈夫だ。精神を操られているだけなら、治す術はあるはずだ。


「……後でポメラさんを呼んで治療してもらいますから、許してください。ちょっと強めにいきますね」


「フフッ、舐められたものだね。でも、いいね。これくらいの戦いが一番燃えるんだ。もう一度、お手合わせ願おうかな、カナタ君」


 バロットは強気にそう言って、楽し気に目を細める。

 俺は奥の、最後の棺へと目を向けた。


 未だに切り札を出し惜しみするつもりなのだろうか?

 いや……恐らく、あの棺にこそ《人形箱パペットコフィン》の主が隠れているのではなかろうか。


 相手が何者なのかはよくわかっていないが、言動の節々からある程度は推測ができる。

 恐らくボスギンは、ガランやバロット同様に、《人形箱パペットコフィン》の操り人形でしかなかったのだ。

 本人の人格を残したまま行動を操れるこの奇怪な魔法は、相手の立場を丸々乗っ取ることができる。

 この魔法を用いて《血の盃》に襲撃を掛けさせ、彼らを目晦ましにして《赤き権杖》を回収する算段だったのだろう。


 そこまではわかるが、どうしても腑に落ちないことがある。

 ガラン、バロットを好きに呼び出して暴れさせられるのであれば、ベネット達から《赤き権杖》を取り上げることなんて簡単だったはずだ。

 本人もそれなりのレベルを有しているに違いないのだし、《血の盃》を巻き込むのはあまりに回りくどい。


 この《人形箱パペットコフィン》の主は、異様に姿を現すことを恐れている。

 自分の痕跡を誤魔化すために《血の盃》を使ったのだとしか思えなかった。

 この期に及んで隠れているのがその証明でもあった。


「操られた人達と戦っていても、埒が明かなさそうですね。引きずり出してあげますよ」


 俺は最後の棺を睨み、そう言った。


「《異次元袋ディメンションポケット》……《炎天弓ガーンデーヴァ》」


 コトネの手許に魔法陣が輝く。

 彼女の手に、赤い炎を纏う大きな弓が現れた。


「おお、本来はハイエルフの王族か、高位精霊にしか扱えない、破壊の弓……。そんなものまで持っていたのかい。さすが《軍神の手アレスハンド》だね」


 バロットが驚いたように口を開け、コトネの燃え上がる弓を見た。

 恐らく、《軍神の手アレスハンド》の装備条件無効スキルで強引に扱っているのだろう。


「この人形ちゃん……ガランちゃんの魔法が通らないなら、直接やるしかないわね」


 ガランがバロットから受け取った剣を構え、飛び掛かってくる。

 バロットはその背後についた。

 ガランに隙を作らせ、確実に毒ナイフとやらを当てるつもりらしい。


 コトネの炎天弓とやらの矢が放たれる。

 一本の炎の塊を、俺は身体を逸らして回避した。


 矢は壁に直撃するかと思ったが、纏う炎が熱で壁を溶かし、そのまま飛んでいった。

 矢の熱によって生じた大穴は赤く燃え上がり、その炎がどんどんと広がっていく。


「な、なんだあの威力……最早、魔導兵器じゃないか。街中で気軽に放っていいものじゃない」


 ベネットは炎天弓の威力に怯えていた。

 バロットもコトネも、自身の豊富な手札より、格上相手に通用し得る戦法を選んでいるらしい。


精霊魔法第五階位|悪戯好きの光児達《トリッカー・ウィルオスプス》!」


 ガランを中心に魔法陣が展開された。

 魔法陣の光は集まって形を作り、追加で二人のガランが現れた。


 この感じ……恐らく幻覚ではない。

 精霊の力を借りて、己の分身を作る類の魔法らしい。

 攻撃魔法は弾かれると考え、自己強化系統の魔法を使ってきた。


「本当に……戦い慣れてるんだな」


 ガラン、バロット、コトネの三人の動き方でわかる。

 相手は俺とのレベル差を感じ、絡め手、瞬間火力、そして手数強化に切り替えてきた。

 考えなしに突っ込んできたわけではない。

 俺相手に勝てる手順を探りながら来ている。

 邪神官ノーツや蜘蛛の魔王マザーとは、比べ物にならない場数を踏んでいることが窺えた。


 三人のガランが、同時に三方向から斬り込んでくる。

 合わせてコトネが炎天弓の矢を放つ。

 この位置……俺に当てられさえすれば、ガランを巻き込むことは何とも思っていないようだ。


「さすがにこれは捌ききれないでしょう! いくら貴方ほどの高レベル転生者でも、《炎天弓ガーンデーヴァ》の矢が当たりさえすれば、無傷ではいられないわよ」


 ガランが叫ぶ。

 俺は魔力の流れより分身を見極め、二体の分身に本気の蹴りをお見舞いした。

 ガランの分身が上下に引き千切れ、地面を転がって光に戻っていく。

 そして本物のガランに足払いをくらわせた。

 ガランが勢いよく倒れ、肩を床に打ち付ける。


「う、動きが、全く追えない……ここまでだなんて」


 ガランが呻き声を上げる。

 悪いが、ガランの足をへし折った。

 これで今度こそもう向かってくることはないはずだ。


「でも、これで《炎天弓ガーンデーヴァ》の矢は避けられないわぁ!」


 俺は手で、《炎天弓ガーンデーヴァ》の矢を受け止めた。

 手元で赤い炎が爆ぜそうになるが、押さえ込んで矢尻を握り潰した。

 俺の指の合間より赤い炎が溢れ出すが、手を振って消化した。

 ガランは目を見開き、俺の手許を睨んでいた。


 続けて、ガランの影から俺を刺そうとしているバロットの腕を掴み、押さえた。

 ナイフが俺の顔の前で止まる。

 バロットは手に力を込めるが、俺の腕を動かすことはできなかった。


 だが、そのとき、妙なことに気が付いた。

 ナイフの黒刃がガタガタと震え、紫の光を漏らし始めたのだ。


「これ、毒じゃない……」


「本当に強いね……カナタ君。でも、ここまでだよ」


 バロットが笑う。

 ナイフだけでなく、バロットの身体に巻き付けてある武器の一部が、紫の光を漏らしてガタガタと震えだしていた。


 《地獄の穴コキュートス》で見たことがある。

 これは《呪霊結晶アグニラズ》という、悪魔が魔法で加工して造り出す、魔力で起爆できる爆弾だ。

 ナイフだけでなく、《呪霊結晶アグニラズ》製の武器をいくつか紛れ込ませていたらしい。


「毒ナイフなんかじゃ、君相手にはどうにもならないだろう。悪いけど、僕と一緒に死んでもらうよ。この位置だと《人形箱パペットコフィン》はコトネちゃん以外全滅だけど、まあそれも仕方ない」


 バロットはナイフを手から落とし、俺に抱き着いてきた。


「カッ、カナタァ!」


「ベネットさん、来ないでください!」


 ベネットが大慌てで俺に近づこうとするのを、俺は制した。


 《呪霊結晶アグニラズ》が、巨大な黒い火柱を上げて爆発する。

 床が燃え、壁が崩れていく。


「危なかった……」


 俺はバロットとガランを抱え、爆心地から離れていた。

 ナイフだけなら蹴飛ばせば事が済んだが、バロットの武器に紛れ込んでいたようだったのが厄介だった。

 バロットの武器を外して全部落とさせ、彼らを回収して逃げたのだ。


 俺はバロットとガランを地面に転がす。

 彼らには悪いが、二人共手足の関節は折っている。


「お前……無敵かよ」


 ベネットが、若干引いたように俺へと言った。


「さすがにここまでだなんて、思わなかったわ。目立つ真似して、あの連中に目をつけられたくなかったけれど……どうやら、そういうわけにはいかないみたいね」


 甲高い、幼い声が聞こえてきた。


 最後の棺が、開いている。

 コトネに並んで、金髪の童女が立っていた。


 青と黒のドレスを身に纏い、リボンのついたカチューシャを頭につけていた。

 可愛らしい格好とは裏腹に、凶相の持ち主であった。


 大きな目の下には、真っ黒な隈がある。

 幼い外観に似合わぬ、達観したような無表情を浮かべていた。

 その瞳には、残忍な光が宿っている。

 苛立たしげに噛んだ指先からは血が流れていた。


 手には、真っ赤な杖が握られている。

 毒々しいくらいに濃い赤の一色であった。

 他の色が一切介在していない。

 やや玩具めいた外観のあれが、《赤き権杖》なのだろうか?


 纏う雰囲気やオーラに、人外の魔があった。

 この感覚は、ルナエールの放つそれに近かった。

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