第三十一話 三つの人形
漆黒の魔法陣が、黒い三つの棺へと変わっていく。
三つの棺はガタガタと震え始める。
手前側の一つが開き、中から人間が姿を現した。
「まったく……穏やかじゃない様子だね」
黒い棺から姿を現したのは、片眼鏡を掛けた長髪の男であった。
身体中に革のベルトを巻き、弓に剣、槍に斧と、複数の武器を纏っていた。
俺達へ目をやって、優し気な笑みを浮かべる。
それから革ベルトより、鎖鎌を外して構える。
「《ダンジョンマスター・バロット》!? ど、どうして、生きる伝説のような冒険者が、こんなところに!」
長髪の男を見て、ベネットが叫んだ。
長髪の男バロットは、ベネットへとヒラヒラと手を振って見せる。
「光栄だねぇ、騎士様にそこまで言ってもらえるだなんて。ふふ、僕なんて、ちょっとばかしダンジョン潜りが好きだっただけの陰気な男さ」
「まさか《
ガランは顔を押さえてそう呟いていたが、目線を俺へと上げ、長剣を構える。
バロットがニヤリと笑い、ガランへ目配せする。
二人が同時に動き出した。
《
死霊魔法には、生者の魂や精神を縛るものも数多く存在する。
「殺すわけにはいきませんね……」
「僕達相手に、それは舐め過ぎじゃないかなっ?」
バロットが、鎖鎌の反対側についている分銅を投げつけてくる。
同時にガランが長剣を掲げる。
「
質量を持った白い光が放たれ、床を割りながら向かってくる。
剣から光の壁を生じさせ、相手の動きを誘導するための魔法らしい。
俺の伸ばした手に、鎖が巻き付いた。
「よし、捕らえたよ!」
バロットが嬉しそうに声を上げる。
俺に《
が、俺の手前まで床を割って突き進んでいた光の壁は、俺に触れた途端に消滅する。
《ルナエールローブ》の魔法耐性である。
低位の攻撃魔法は俺には届かない。
もっとも、当たったところで大したダメージはないが。
「何ですって……?」
ガランが顔を顰める。
「捕らえたのは、こっちの方ですよ」
俺は鎖の絡んだ腕を引く。
バロットの身体が浮き、俺へと飛んでくる。
「嘘っ……!」
俺はバロットの顔面を殴り飛ばした。
バロットの身体が飛んでいく。
その勢いで、鎖鎌の鎖が引き千切れた。
バロットは肩を地面に打ち付け、転がっていった。
「少し、眠っていてもらいますよ」
ガランが俺の背へと長剣を振るう。
力を込めた大振りだった。
俺は腕を後方に回し、指で刃を掴んで止めた。
「ここまでなんて……!」
ガランが呻き声を上げる。
長剣を引こうとするが、俺の指で押さえているのでビクともしない。
俺は逆の手で、腰より剣を抜いた。
「うっ……!」
俺は《英雄剣ギルガメッシュ》の一閃をお見舞いした。
青白い輝きが宙に舞った。
床と、そして届いていないはずの天井にまで、衝撃で巨大な刃傷が走る。
ガランの長剣が砕け、《英雄剣ギルガメッシュ》の魔力に充てられて蒸発していく。
ガランは衝撃で吹き飛ばされ、地面に身体を打ち付ける。
仰向けになり、弱々しく天井へと腕を伸ばす。
「で、出鱈目過ぎる……こんな……」
俺は《英雄剣ギルガメッシュ》を鞘へと戻す。
これで二人共、しばらく起き上がれないはずだった。
今の間に、ガランとバロットを操っていた本体を叩く。
「お前……本当に強いのな……」
俺の後ろに控えていたベネットが、そう口にした。
俺は彼らの奥、残った二つの棺を睨む。
「そこに隠れているんですか? そろそろ出てきたらどうですか?」
片方の棺の蓋が揺れ、中から白い手が伸びて押し開ける。
少し冷たい目をした、ボブカットの少女が中から起き上がった。
綺麗に切り揃えられた前髪を揺らし、俺へと目を向けた。
「コトネ、さん……?」
「あら……カナタ」
コトネは無表情で、しかし少し寂しそうに言い、俺へと籠手を構えた。
「貴方のことは嫌いじゃなかったけど、ごめんなさいね。守ってあげるって言ったけれど、事情が変わったの。殺すつもりで行くから、早く逃げなさい」
コトネが既に、《
まさか知人が出てくるとは思っていなかったので、俺も心構えがすぐにはできなかった。
俺は息を整える。
いや、きっと助ける方法はあるはずだ。
むしろ《
「あら、あらあら……フフ、ウフフフ、貴方達、仲がよかったのね」
ガランが起き上がりながら、俺とコトネを見て、下品に笑った。
俺は目を細めた。
意識を奪ったつもりだったが、少し手を抜きすぎたかもしれない。
「安心しなよ。この戦いが終わったら、君も僕達の仲間にしてあげるからさ。そっちの騎士君は残念ながらちょっとレベルが足りないかな。でも、君なら余裕で合格だよ、カナタ君とやら」
ゆらりとバロットが起き上がり、口許の血を拭ってから笑顔を浮かべた。
バロットは眉間に皴を寄せ、首を傾けた。
「あれ……でもそうなると、次の追い出し候補は僕になるのかな? ガラン殿は僕より安定して強いし、コトネちゃんだって戦闘力は勿論、面白い《
ヘラヘラと笑いながら、恐ろしいことを平然と口にする。
認識や思考が歪められているのだろうが、どうにも不気味な光景だった。
バロットは自身の手許へと目線を落とし、鎖の千切れた鎖鎌を放り投げる。
「気に入っていたんだけれどなあ、これ。鎖ってトリッキーに戦えてさ、使いこなせるとなかなか楽しんだよ。カナタ君も、機会があったら一度使ってみるといいよ」
俺は唇を噛んだ。
さすがに、二度連続で加減を誤ったとは思わない。
恐らく《
身体の方も、限界まで酷使できるようになっているのかもしれない。
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