第三十話 騎士の中の騎士
「あの人、警戒した方がいいんじゃないですか? 知人らしいですが、やっぱり妙なんでしょう?」
俺は声を潜め、ベネットへそう言った。
ベネットはガランに気づかれない程度に、小さく頷く。
「本人だとして、ここにいる理由がわからない。実はガラン様には、他国のスパイ疑惑もあったんだ。だが、《百魔騎》の実力に変わりはない。《百魔騎》の仕事は、主に魔王や《人魔竜》への警戒と対応……王国戦力の最高峰だ。ボスギンやロヴィスどころじゃない」
ベネットは俺にそう言ってから、ガランへと向き直った。
「ガラン様……その、今まで騎士団に何の連絡もなく、どうなさっていたのですか? 何故ずっとこれまで、身を隠されていたのですか? それに、どうしてこのマナラークへ?」
ベネットがガランを質問責めにする。
「なんだ、久々の再会だというのに、穏やかじゃないなベネット」
「僕だって、本当は素直に喜びたいんです。でも、でも……」
ガランは自身の髪を掻く。
「昔は俺の言葉なら、何でも手放しにはいはいと付いてきてたのに、クク、そうか、あのベネ坊が大人になったもんだな」
ガランは寂しげに笑った。
その様子に、ベネットは申し訳なさそうに眉を顰める。
二人の様子を見るに、ガランに違和感はあるが、しかし偽者ではないように思えた。
ガランが表情を引き締め、こちらへと歩いてくる。
「騎士団を離れたのには、大事な用事があったんだ。騎士団にはまだ言えない。しかし、お前にだけは話してもいいだろう、ベネット」
「えっ……?」
それに釣られ、ベネットも前に出る。
俺は聞いてはいけないことかもしれないと思い、動くのを躊躇った。
「いいか、俺が騎士団を黙って出た理由。それは、そこの肉達磨……ボスギンにも関係することだ」
ガランは振り返らないまま、背後のボスギンの死体へ指を向ける。
俺はそこで、また別の違和感に気が付いた。
ボスギンには複数の外傷があったが、剣傷がないのだ。
打撃や引っ掻かれたような怪我が多い。
極めつけに、死因であったらしいねじ切れた首も、勿論剣のものではない。
ガランの戦い方は知らない。
だが、ガランに殺されたのだとは、とても思えなかった。
「俺が騎士団を出た理由、出た理由は……」
ガランは目を瞑り、背の剣の柄へと手を触れた。
それを見たベネットが、はっと気が付いたように目を見開く。
「悪い、やっぱ思い出せないわ」
ガランが張り付いたような笑みを浮かべ、長剣を抜いてベネットへ突撃する。
「ガ、ガラン様っ! どうしてっ!」
「これ以上目撃者が増えるのは面倒だ。逃げられないよう、先にレベルの高い騎士から殺して、その後で向こうの冒険者を斬る……」
俺は地面を蹴り、即座にガランとベネットの間に滑り込んだ。
ベネットの肩を手で押さえ、背後へ突き飛ばす。
「下がっていてくれ!」
「カ、カナタッ!」
ガランが笑う。
「ほう、その速さ、なかなかのレベルと見た。だが、徒手で《百魔騎》の前に跳び出て、無事で済むと?」
ガランが大きく踏み込み、長剣の一撃を放つ。
俺は一歩下がり、腹部を引いて躱す。
逆側から、素早く一閃が放たれる。
俺はそれを屈んで避けた。
ガランは目を見張り、俺を睨んでいた。
瞳に驚愕の色があった。
まさか、二手続けて避けられるとは思っていなかったのだろう。
しかし、動きは止まらない。
剣の勢いで跳ねたガランは、宙で剣を引く。
「驚かされたが……《百魔騎》には、徒手の《人魔竜》を確実に追い込むための剣術がある」
剣先に俺の胸部を合わせていた。
「《羅刹滅連》!」
刺突を身体を逸らして避ける。
そのまま斬りかかってきた刃を、俺は屈んで回避した。
地面に降りたガランは、刃を引いた勢いで回転し、逆側より斬り込んでくる。
俺は立ち上がりながら、ガランの胸部を蹴り飛ばした。
「ぐっ!」
ガランは宙で回転し、床に降り立つ。
「ひ、《百魔騎》の連撃を、あんなあっさり……。《血の盃》の幹部達とは、格が違うのに」
ベネットは、茫然とした表情でそう零す。
「《百魔騎》の鎧がなければ、今ので殺されていた。お前……何者だ? 俺が知らない人間に、まだこんな相手がいたなどと」
ガランは再び長剣を俺へと向ける。
額には汗が垂れていた。
そのとき、ガランの鎧に亀裂が走った。
砕け散った金属が床に散らばっていく。
ガランは目を丸くして、自分の鎧へ目を落とす。
「そんな馬鹿な……ただの、蹴りの一撃だぞ? 王国の財を投じて造られた、竜の一撃さえ防ぐ鎧が、こんなにあっさりと……?」
「ガランさん、でしたよね?」
俺は声を掛けながら、足を下ろす。
ガランはそこでようやく戦闘中であることを思い出したらしく、慌ただしく長剣を構え、俺を警戒する。
「全て話していただけますか? 次は、本気でやらせてもらいます」
俺の言葉に、ガランは口を開けたまま硬直した。
「今の一撃が、本気ではなかったと……?」
ガランの感じ……せいぜい、レベル200といったところだった。
本気で蹴っていれば、鎧の上だろうが一撃だっただろう。
だが、これだけ差があれば、逃がす心配もしなくていい。
この男に、不可解なマナラークの状態を説明させなければならない。
「おま、おま……カナタ、お前、どこまで……」
背後で、ベネットは口をパクパクとさせながら、俺を指差していた。
だが、すぐ首を振って、ガランを睨んだ。
「ガッ、ガラン様! 全て……話していただきます! なぜ、騎士団を裏切ったのですか! 貴方様が、このマナラークの騒動の主犯だったのですか!」
ガランはしばらく硬直していたが、手で顔を押さえ、やがて肩を震えさせて笑いだした。
「フ、ウフフ、フフフフ……まぁ、こんなあっさりと、《赤き権杖》が舞い込んでくるわけがなかったわよね。全く、こういう相手とぶつからないようにこそこそ隠れてあげていたのに、本当に嫌になっちゃうわ」
ガランは急に似合わない言葉遣いで話し始めたかと思えば、顔を覆った指の隙間から俺を睨み付ける。
いや、言葉遣いだけではない。
声の抑揚や仕草が、纏う雰囲気が、急に一変した。
「ガラン様……? やっぱり貴様、偽者か! 精神操作か? ガラン様を返せ!」
「コトネちゃんと《赤き権杖》を手に入れた後でよかったわ。逆だったら、やられていたのは私の方だったわね。ギリギリだった」
ガランが長剣を掲げる。
「あんまり気軽に使いたい魔法じゃないけれど、仕方がないわね……。
ガランを中心に、どす黒い魔法陣が展開されていく。
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