第二十九話 《百魔騎ガラン》

「本当に都市内で、ボスギンらしき男の目撃があったんですよね?」


「ああ、本当だ! 何故か奴は《赤き権杖》の回収後も留まっていたらしい」


 魔法都市内で《血の盃》の残党狩りをしていた俺は、騎士ベネットと再会し……何故かまた、彼と行動を共にしていた。

 ベネットは同僚のノエルを介抱した後、彼女を避難所に移し、そこでボスギンの情報提供を得て俺へと伝えに来たのだ。


「……で、どうして自分で行かずに、わざわざ俺を探していたんですか?」


 俺が睨むと、ベネットが諂うように笑いながら、俺の腕を掴んだ。


「そ、そう邪険にするなよ、なぁ、カナタ。最初のことなら、どうか水に流してくれよ、な?」


「べたべた触らないでください」


 ベネットが俺の腕から手を離し、媚び笑いから一転、深刻そうな顔を浮かべる。


「正直……ボスギンは、僕やノエルなんかじゃ逆立ちしたって敵いようがない。僕だって、騎士として恥じぬ生き様でありたい。だが、その我が儘で無謀な真似をして、被害を拡散させても仕方がない。僕達だって面子は大事だ。だけど、それは僕達が国を守る矛であることを、ちゃんと示すためのものだ。だから、面子と国を守ること、その順序が逆転してはいけない」


 ベネットが口惜しげに語る。


「ボスギンは格が違う、本物の怪人さ。A級冒険者格の殺人鬼っていうのはさ、金欲しさに落ちぶれた奴らじゃない。英雄にでも何にでもなれたのに、ただの人殺しであることを願った呪われた連中さ。ボスギンは、その呪われた奴らを、純粋な暴力だけで統率しているんだ。ボスギンは、ここで必ず討たないといけない。あいつを倒すことが、あいつが今後生み出すであろう千人の犠牲者を、いや一万人を救うことにもなるんだ」


 ベネットの語り口には熱意があった。

 何の信念も持たない軽薄で残念な奴だと思っていたが、しかしその言葉だけは信じられるような気がした。


「……すいませんベネットさん、都市の危機を前に、つまらない意地悪を口にしたのは俺の方でした」


「それに、ここが《赤き権杖》を回収できる最後のチャンスなんだ! もう駄目かと思ったが、ボスギンがここにいるということは、《赤き権杖》もまだここにあるんだ! 何がどうなってもアレを取り返せないことには、僕の家名が、僕の代で、僕のせいでズタズタになる! そうなったら! パッ、父様が、どんな顔をなさることか!」


 俺は額を手で押さえ、苛立ちに堪えた。

 さっきの国を守る云々より、家名を守るくだりの方が、よっぽど熱が入っているように感じられてならない。


「でも……本当に、ボスギンがまだこの都市にいると思いますか? ボスギンの目的だった《赤き権杖》が間違いなく彼らの手に渡ったことは、貴方達が一番よくわかっているんじゃないですか?」


「僕も勿論、それは疑問だったさ。……ただ、今回の騒動には《血の盃》の影で、もっと危険な連中が動いている可能性が高い。ボスギンの思惑からズレているのかもしれない」


「危険な連中……?」


 俺の言葉にベネットが頷く。


「ノエルを避難所に預ける際に聞いたんだが、《黒の死神》の頭目……ロヴィスらしき男の目撃情報があるそうだ」


「《黒の死神》……ロヴィス……?」


 俺は顎に指を当てて考える。

 その後、土下座しているロヴィスの姿が頭に浮かんだ。

 俺は自身の表情が歪むのを感じていた。


「おいおい、まさか知らないのか? 戦闘狂の危険な男だ。規模も被害も《血の盃》より小さいが、むしろこっちを危険視している騎士は多い。これまでも数々の事件を裏から引っ掻き回してくれた奴だ」


「まぁ、はい……知っていますが……」


「ロヴィスはボスギンを出し抜いて、《赤き権杖》を掠め取ろうとしているのかもしれない。ボスギンが都市を出られなくなったのは、奴が噛んでるんじゃないかと俺は考えている。奴らが潰し合ってくれるなら、それ以上にありがたい話はないが……問題は、本当にロヴィスの手に《赤き権杖》が渡っていた場合だ」


「……どうなるんですか?」


「ロヴィスは本当に、一切の行動が読めない男だ。わかりやすい利益を追うような真似はしない。数いる犯罪者の中でも、アイツはぶっ壊れている。アウトローにはアウトローの法ってものがあるが、奴はその一切に従わない。奴の手に渡っていたら……取り返すのは、絶望的だ」


「はぁ……頼んだら返してくれそうな気もしますが……」


「あのな、カナタ、冗談を言っている場合じゃないんだ」


 ベネットは近くにある建物へ目を向ける。

 屋根が割れ、大きな穴が開いている。

 ここまで崩落している建物は他にない。


「ボスギンは、この辺りに向かっていたはずだ」


「あの建物、戦いがあった跡に見えます。少し調べた方がよさそうですね」


 俺とベネットは顔を合わせて頷き、建物へと向かった。


「クソッ、扉が歪んでるな、こりゃ」


 ベネットは扉を開けようとして、そう零した。

 俺は横の壁を蹴飛ばし、穴を開けた。


「早く行きましょう。ここじゃなかったら、他を当たる必要がありますし」


「……ああ、うん、そうだな」


 ベネットは頷き、俺の後に続いた。



 崩落した建物の中には、血塗れの巨漢が倒れていた。

 首があり得ない方向に捻じ曲がっており、既に死んでいることは疑いようがなかった。


 ベネットは茫然と、その亡骸を見つめている。


「ベネットさん、あれって……」


「ま、間違いない……《血の盃》の頭領、ボスギンだ。だが、どうしてこんなことに……? や、やっぱり、ロヴィスがやったんじゃ……」


 ベネットが恐々と口にする。


「おや……見られてしまったか」


 物陰より、一人の長身の男が姿を現す。

 ベネットは大慌てで剣を構えたが、相手を目にして手から落とした。


 相手は、ベネットと同じく、金に青の模様が入った鎧を纏っていた。

 ベネットのものより、やや装飾が多く伺える。

 荒々しい髭が特徴的な、金髪の大男であった。


「ガ、ガラン様……!」


 ベネットが茫然と口にする。


「おお、久々じゃないかベネット! はは、鎧が見えたから騎士だとは思ったが、まさかお前とは、いや、懐かしい! ちょっとは鎧が、サマになってきたんじゃないのか?」


 ガランと、そう呼ばれた男は、親しげにベネットへ手を上げた。


「い、いえ、僕なんてまだまだ未熟な身でして……!」


「知り合いですか?」


 俺が尋ねると、ベネットは小さく頷く。

 ガランは嬉しそうだったが、ベネットは不安そうな顔を浮かべていた。


「あ、ああ……そうだが、様子が妙なんだ」


 ベネットは俺に相談するように、小声でそう言った。


「騎士の中の騎士……《百魔騎》の称号を持っている方だ。あの方なら確かに、一対一ならボスギンにも負けないと思う。でも……」


「でも……?」


「あの人……ガラン様は、三年前から行方不明になっていたんだ。それっきりまともな目撃情報がなくて、僕はもう、てっきり、ガラン様は死んだものだと……」


 ベネットの様子は、喜びより困惑が強い。

 ガランの生存に、何か不自然なものを感じている様子だった。

 

 俺はガランへと視線を戻した。

 ガランはまだ、笑ってこっちに手を振っていた。

 だが、俺にはなんだか、その笑顔が不気味なものに思えてならなかった。

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