第二十八話 人形劇(side:コトネ)

「箱と鍵って、まさか……」


 コトネの額に、汗が垂れた。

 ボスギン達の口にする箱とは、明らかに《赤き権杖》のことであった。

 そしてそれに対応する鍵といえば、コトネの《軍神の手アレスハンド》に他ならない。


 ボスギン達には、他者を自在に操る人形箱パペットコフィンがある。

 最初から彼らの狙いは、魔法都市マナラークに引き籠って出てこない、コトネの《軍神の手アレスハンド》であったのだ。


「この肉達磨ちゃんだけで押しきれるかは、正直五分五分だと思っていたわ。でも、貴女、思いの外強くてびっくりしちゃった」


 ボスギンが前に出る。

 同時に、《百魔騎のガラン》と《ダンジョンマスター・バロット》も動き出す。

 ガランは長剣を、バロットは斧と鎖鎌を構えていた。


「もっとも、それだけなんだけどね!」


 推定S級冒険者クラスが三人。

 コトネ自身、こんな窮地に追い込まれたのは初めてであった。

 ボスギン単独でも、せいぜい優勢に立ち回ることができる、程度だったのだ。


 コトネは三人それぞれへ目を走らせる。


「《ステータスチェック》!」


 向かってくる敵に対し、コトネはまず転移者特典の《ステータスチェック》から入った。

 確認できるのはレベルとHP、MP程度だが、複数の敵を相手取るには、個々の強さを見切って動き方を考える必要があった。


 コトネはレベル208であった。

 これはS級冒険者の最低基準を大きく上回る数値である。

 都市マナラークにおいても圧倒的なレベル保持者として、魔法都市の守護神のような扱いを受けている。

 自身のレベルを申告しているわけではないが、王国内においても上位十人に入る戦力であると噂されている。


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ボスギン・ボーグレイン

種族:ニンゲン

Lv :173

HP :148/865

MP :18/709

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ガラン・ガスティアラ

種族:ニンゲン

Lv :210

HP :966/966

MP :1029/1029

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バロット・バミリオ

種族:ニンゲン

Lv :189

HP :895/895

MP :890/890

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「……最悪ね」


 ぽつりと、コトネは漏らした。

 平均レベル190。

 通常、こんな面子が三人も揃うのは魔王討伐くらいである。


 レベル下で手負いのはずとはいえ、ボスギン相手も油断できない。

 ボスギンは落下の際に骨が数か所折れているはずなのに、まるで速さが衰えていない。

 糸で動かされているかのような、そんな不自然な動きであった。


 だが、狙うのならば、レベルで劣り、HPの少ないボスギンであった。

 ガランは後回しだ。複数の敵を相手取りながら、決定打を当てられそうな剣士ではなかった。


 バロットが、鎌の逆側についた鎖分銅を放つ。

 分銅で鎖を操り、鎖で分銅を操る複雑な武器である。

 下手に防げば、鎖に絡み付かれて動きを封じられる。


 コトネは分銅を籠手で真っすぐ打ち返し、確実に対応する。


結界魔法第六階位|聖別《デヴァイド》」


 ガランが剣を掲げる。

 ガランの剣より、質量を持った白い光が放たれ、床を割りながらコトネへ向かってくる。


 コトネは地面を蹴り、右に逃れた。

 同時に右側に跳んでいたボスギンが腕を振るう。

 分銅と《聖別デヴァイド》で確実にコトネの動きを絞り、その先で罠を張って叩きに来ていた。

 連携が取れすぎている。

 やはり、中身は一人なのだ。


「ッ! 時空魔法第八階位|異次元袋《ディメンションポケット》!」


 コトネはボスギンへと手を向ける。

 手の先に、彼女の全長に等しい直径を持つ、巨大な円盾が現れた。

 銀の光を帯びており、中央部には女の顔を模した彫刻が彫られていた。

 彫刻の顔の眼球の部分には、青く輝く水晶が嵌め込まれている。


「《守護盾アイギス》!」


 ボスギンの腕が、円盾に妨げられる。

 円盾はボスギンの拳に殴り飛ばされそうになったが、コトネは反対側から膝で蹴り、その衝撃で円盾を支える。


 円盾に刻まれた、女人の彫刻の瞳が光を放つ。

 ボスギンの身体の動きが止まった。

 ボスギンは身体に力を入れて痙攣させるが、身体はまともに動かない。


「ふむ……カウンターで金縛りなんて、いいアイテムね」


 ボスギンが呟く。

 コトネは円盾を回り込んでボスギンを攻撃しようとしたが、その間をバロットの鎖が遮った。

 鎖が稼いだ時間の内に、ガランが割り込む。


「残念だったな。手数が違い過ぎる」


「《異次元袋ディメンションポケット》!」


 コトネの手に、翡翠色の剣が現れる。


「《風流れアイオロス》!」


 この剣には風の精霊が宿っており、精霊の追い風によって剣速を上げる力があった。

 使いこなせれば実力以上の力を発揮できるが、その分剣の精緻を極めることは困難になる。

 

「俺と技を競うのは不利と判断したか。だが、安易だったな。速さ頼みの剣で、この俺に勝つつもりなど」


 ガランが素早く、三度刺突を放つ。

 コトネは二発を刃で受け、最後の攻撃を身体を逸らして回避した。

 

 反撃に放った刃を、ガランの剣が防ぐ。

 刃の競り合いとなった。


「ほう……技を捨てたわけではなかったか。先ほどの無礼は撤回しよう。だが、ここまでだ」


 ガランが力強く刃を押し、コトネを弾いた。

 体勢が崩れる。

 引いた左腕を、バロットの投げた鎖が捕らえた。


「うっ……!」


 バロットは即座に、手にしていた斧を投擲する。

 屈んで回避したコトネへと、接近していたガランの刃が襲う。

 籠手で受けるが、衝撃が骨に響いた。


 よろめいたところを、すかさずバロットが、鎖を力強く引いた。

 身体が浮いた。

 ボスギンの巨大な拳が、コトネの腹部にめり込んだ。


 ぺろりと、ボスギンが舌舐めずりをする。


「フフ、こんなに粘られちゃうとは思わなかった。貴女、本当に私の好みね。大事に扱ってあげるわ」


 コトネの身体が床に叩きつけられる。

 起き上がる間もなく、彼女の後頭部を、ガランが刃の腹で殴打した。

 彼女の身体は、床へとうつ伏せに倒れた。


 コトネは身体に力を込めようとしたが、もう起き上がることもできなかった。

 辛うじて開く目で、ボスギンを睨み付ける。


「フフ、これで《赤き権杖》と《軍神の手アレスハンド》が手に入ったわね。あの杖さえあれば、例え神だって、私に下手な干渉はできなくなる」


「ふむ……しかし、これで一人交代だな」


 ガランが顎に手を当てて思案する。


「そうね。バロット、ジャンケンしましょう」


 ボスギンがバロットへと手を伸ばす。

 バロットは頷き、ボスギンへと手を出した。


 ボスギンがグーを、バロットはパーを出していた。

 ボスギンが頷く。


「コトネちゃんのせいなのか、思ったよりこの都市のA級冒険者に粘られてるのか、《血の盃》の幹部も結構やられてるみたいなのよね。ボスギンの利用価値が薄くなったし、仕方ないかしら。元々、《赤き権杖》の行方は彼らに押し付けるつもりだったし……ここで切っても惜しくないわね」


 ボスギンは自分の首に手を掛けた。

 コトネは何をするつもりかと、ボスギンを見上げた。


 ボスギンはそのまま手に力を込め、自分の首をへし折った。

 太い首があり得ない角度に歪む。

 血の混じった吐瀉に身体を汚し、ぐるりと白眼を剥く。

 巨体は糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。


「ひっ! う、嘘、何やって……」


「おいおい、決まっているだろう?」


「枠作りだよ。コトネちゃん、君を迎え入れるためのね」


 ガランとバロットが、ヘラヘラと笑いながらコトネへと迫ってきた。

 恐怖の中、コトネの意識は途切れた。

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