第二十七話 人形箱《パペットコフィン》(side:コトネ)

「この人形ちゃんじゃ、無理があったわね。使わないにこしたことはなかったけれど、仕方がないわ。もう少し誘導して、貴女に確実にロヴィスちゃんをぶつけておくべきだったわ」


 ボスギンは自分の身体の節々を雑に曲げ、落下の際に歪んだ関節を戻していく。


「……貴方、いったい何? 最初からボスギンじゃなかったの?」


 コトネはボスギンを睨み、籠手を構えながら退いた。

 相手がボスギンでないのなら、それ以上の怪人だったとするのならば、自身にどうにかできるレベルを既に上回っている。


 ボスギンが《人形箱パペットコフィン》によって生み出した三つの棺の内、二つの蓋が開いた。

 中から伸びた腕によって蓋が押し開けられ、眠っていた人物が起き上がる。


「ほう……こんな可憐なお嬢さんが相手とは。だが、正義のためとあれば止むなし! せめて俺は、正々堂々と戦おう!」


 現れた鎧の大男が、刃を構えてコトネへ向ける。

 髭ともみあげの一体化した、金髪の人物であった。

 荒々しさと清潔な印象を併せ持つ美丈夫であった。


 鎧の青と金の配色は、王国騎士団のものであった。

 その顔の特徴にも、コトネは聞いた覚えがあった。


「まさか……《百魔騎のガラン》!?」


 王国騎士の、上位騎士の称号である。

 ロークロアの世界において、個人の戦闘能力の差は激しい。

 百の魔物を相手取れる騎士、百魔騎。その名は伊達ではない。


 王国騎士の総数は百を超えるが、百魔騎の称号を得られる者は、一つの代に十人といない。

 対魔王や《人魔竜》における、王国の切り札とまでいわれている。


 ガランは百魔騎でありながら、三年前に突然行方不明になった騎士であった。

 また、行方不明になる直前に不審な行動が続いていたことから、他国の密偵だったのではないかという噂が流れていた。


「対人戦は僕の好みじゃないが、向かってくるというのなら仕方がない。だが、悪いけど、好みじゃないってだけで、そう苦手ってわけじゃないんだ」


 もう一人は、片眼鏡を掛けた長髪の男であった。

 身体中に革のベルトを巻き、弓に剣、槍に斧と、複数の武器を纏っていた。

 ダンジョンマスターの二つ名を持つ、S級冒険者バロットである。

 数々の難関ダンジョンに単独で挑んでは平然と生還してきたことが二つ名の由来である。


 二人共、コトネに匹敵する実力者であった。

 三つ目の棺は、動かず沈黙を保っていた。

 だが、何かがまだ潜んでいることは間違いなかった。


 二人を見て、コトネは目を細める。


「……《ダンジョンマスター・バロット》は、元々自由な人だったから、行方不明扱いになっていなかったのね」


「正確には、しなくてよかった、ね。ガランちゃんも王国騎士になるべく置いておきたかったけれど、騎士って規則が厳しすぎてそれどころじゃなかったのだもの。馬鹿ばっかりじゃないから、ガランちゃんから辿って私のことが発覚しても面倒だったものね」


 コトネはボスギンの使った《人形箱パペットコフィン》の正体に、見当がついていた。

 人の魂を縛り、身体と人格を好きに操る死霊魔法の存在は、噂程度ではあるが知っていた。

 対象の人格を残したまま、自分の意のままに操ることができる魔法があるのだ、と。

 かつて古代には、密偵や王国乗っ取り、組織の意思統制に悪用されてきたとされている。


 ボスギンの変化前の口調や、ガランとバロットの今の言葉は、明らかに人格が宿っている。

 元の人格や思想を残したまま都合よく思考や認識が改竄され、魔法発動者の意のままに動かされている。

 ただ、現在のボスギンがそうであるように、完全に人格と思想を乗っ取ることも可能なようであった。


 ボスギンにガラン、バロットと、S級冒険者格の人間を三人も操って手駒にしているとなると、明らかに《人魔竜》の中でも中位以上に入る怪人である。

 そんな人間が、わざわざお飾りにしかならない《赤き権杖》を狙ってきたというのは、やはり不自然であった。


「どうして? 貴方程の力があったら、今更金銭目当ての襲撃なんて必要なかったはず」


 コトネは寄ってくる三人を警戒しながら、そう口にした。


「《赤き権杖》は、そう軽視していいアイテムじゃないのよ。元々暴走したら誰にも止められない兵器だったから、大昔の王家が転移者を殺して隠していたものだったのに。代が跨ぐ度に情報が抜け落ちて、随分と愚かになったものね」


 ボスギンが口端を吊り上げ、笑みを作る。

 元々表情の薄い人物のようだったが、無理矢理笑わされているようで、まるで人形そのものの様だった。


「貴方なら、あの杖を使いこなせるとでも? あの杖には厳しい装備条件がある。それに……期待しているみたいだけれど、私はあの杖をまだ預かってはいない。王国騎士が上手く隠してくれていたみたいでよかった。残念だったわね」


 コトネの言葉を聞いて、ボスギンが大口を開けて笑う。

 同時に、ガランとバロットも、各々に笑い始める。

 不気味な光景だった。


「……何がおかしい?」


「悪いね、お嬢さん。既に我々はね、俺の可愛い後輩達の三人組から《赤き権杖》を回収しているんだ。ボスギンの《血の盃》の配下で、充分こと足りたよ。全く……もう少し、騎士団の鍛錬を厳しくするように進言せねばな。格上相手には、格上相手の立ち回りがあるというもの」


「もっとも、僕らは《赤き権杖》の回収に、さほど高いハードルを感じてはいなかったよ。僕らの人脈があれば、騎士団の移動ルートなんて簡単に絞れたからね。《赤き権杖》が下位騎士三人だけの守りで王城を出た時点で、いくらでも回収ができた。先に他の奴らに取られないか、そっちの方に冷や冷やしていたくらいさ。人員が足りないのはわかるけれど、王国騎士はもうちょっと慎重になるべきだよガラン殿」


 ガランがコトネの言葉に応え、バロットがそれを補足する。


 コトネは目を見開いた。

 そもそも《赤き権杖》が回収済みであるのならば、ボスギンが自分を狙ってきた意図が全く見えてこなかったからだ。


「おうおう、自由な冒険者さんは、王国騎士団の内情も知らず、結果だけ見て好きに言ってくれなさる。いつだって魔物災害と《人魔竜》への警戒で、王国騎士団は人員不足なんだ。王家の一部の思い付きで行われた、実用性の薄いアイテムの運送に戦力を割けないのは仕方のないことだろう? ただでさえ、俺がいなくなってまだ大騒ぎやってるんだから」


 ガランが肩を竦め、冗談めかしたように言う。


「それは悪かったよガラン殿。でも僕が言いたいのは、さすがにこういう事態になることは想定しておくべきだったんじゃないかって話さ。よくわかってない神様絡みのアイテムを、よくわからないまま外へ持っていくのは止めるべきだったね」


 ガランとバロットは、笑顔でちぐはぐな会話を行う。

 コトネにはそれが不気味でならなかった。


「……既に手に入ったのだったら、どうしてこの都市で暴動を働いているの? とっとと出て行ったらどう?」


 ボスギンと、ガラン、バロットが、同時にコトネを見て、笑顔を浮かべた。


「うふふ、そんなこと、決まっているでしょう?」

「《赤き権杖》だけでは使い道がない。片割れを押さえて、もう一方を隠されることほど退屈なことはないだろう」

「箱と鍵は、同時に奪うべきなんだよ。いや、この場合は、杖と手と言った方が正確かな、《軍神の手アレスハンド》」

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