第二十話 死神との一戦(sideポメラ)
「ダミア、ヨザクラ、虫一匹入れるなよ?」
ロヴィスの部下の二人は壁際まで下がり、こくりと頷いた。
ロヴィスはニヤリと笑い、大鎌を構える。
「ゆくぞ、英雄ポメラ!
ロヴィスが大鎌を三度振るう。
三つの風の刃がポメラへと迫った。
ポメラは地面を蹴り、横へと大きく跳んで回避した。
「速い……けれど、見切れない程じゃありませんっ!」
ポメラの横を抜けて飛んで行った風の刃が、壁に大きな傷をつけた。
カナタの《歪界の呪鏡》の中で、これ以上の魔法を操る悪魔を、ポメラは散々目にしてきていた。
それらに比べれば、ロヴィスの魔法は大したものではなかった。
レベルでいっても、ポメラは200程度であり、ロヴィスは180程度と、ポメラの方が若干有利であった。
「
ポメラが大杖を掲げ、魔法陣を展開する。
十数個の炎の塊が現れ、意思を持っているかのように飛び交った。
「第七階位魔法を、一瞬で発動するだなんて……ロヴィス様が、《
ポメラの魔法を見て、ヨザクラがそう零した。
「素晴らしい……魔法精度は、合格点といったところか」
ロヴィスが舌舐めずりをし、火の玉の動きを目で追う。
「囲みました! これで、終わりです!」
十の火の玉はロヴィスの周囲を包囲し、それから円を描くような動きで彼へと向かっていった。
「ロヴィス様! なぜ、転移魔法をお使いにならなかったのです!」
ダミアが声を上げる。
ロヴィスは大鎌の一閃を放ち、目前の火の玉を掻き消す。
その後、地面を蹴って跳び、地面と平行の姿勢を取った。
宙を華麗に側転し、一見不規則に動いていた火の玉の合間を抜けて着地し、再び地面を蹴ってポメラへと駆ける。
「久々に、俺が本気を出せる相手らしい! いい、いいぞ英雄ポメラ! これが俺の望んだ戦いだ!」
ロヴィスが凶悪な笑みを見せる。
ポメラもこの時点で察していた。
魔法の扱いや、レベルでは大差ないか、むしろ自身の方が勝っているはずだった。
だが、身のこなし、経験、そして純粋な
逆の立場であれば、ポメラには絶対にあんな繊細な魔法攻撃の回避はできない。
できたとしても、実行しようとは思えないし、あれだけ躊躇いなく動くことはできない。
細かい攻撃が当たらないなら、素早い範囲攻撃で叩くしかない。
恐らくロヴィス相手に、
ポメラはそう考え、目を閉じ、大杖を構えた。
「ほう、精霊魔法か」
ロヴィスが楽しげに口にする。
「
炎の爪撃が走る。
周囲に炎の一閃が走った。
フロア内のものが薙ぎ倒され、壁一面が精霊の爪痕に引き裂かれた。
あまりの衝撃に、部屋端にいたダミアとヨザクラも地面へ引き倒され、そのまま床を這ってどうにか爪撃を回避していた。
「こっ、これほどまでだなんて……!」
ヨザクラが驚愕の声を上げる。
ポメラは息を切らしながら、周囲へ目を走らせる。
精霊に呼びかけ、その力を借りる精霊魔法の発動には、高い集中力を必要とする。
ポメラは一瞬ロヴィスから意識が逸れており、彼の姿を見失っていた。
前方の床を見るが、しかしロヴィスが見つからない。
「なんだ、こんなものか。大技は格下を一掃するか、格上に一撃入れるために放つもの……何か考えがあって精霊魔法を発動したのかと思えば、完全にただの無策とは。お前、同格の相手とまともに戦ったことがないな。目を閉じてまで意識を精霊に向けて、範囲と威力しか取り柄のない魔法に縋るとは、まるで神に祈っているようではないか。くだらん」
背後から、ロヴィスの白け切った声がした。
「うっ……!」
ポメラは大杖を思い切り振り抜いた。
ロヴィスは背後へ跳び、悠々とポメラの大振りを回避した。
「この程度の技量だったなら、もう少しレベル上でなければ、面白くもなんともない。期待外れだな、やはり《
ロヴィスは目を手で覆い、溜め息を吐いた。
ポメラは動悸が激しくなり、息が苦しくなっていた。
今、声を掛ける前に、ロヴィスが大鎌を振るえば、ポメラを殺せていたはずだった。
ほんの少し、ロヴィスの気紛れがなければ、今ポメラは死んでいたのだ。それは明確な恐怖として、ポメラの精神を蝕んでいた。
ロヴィスは明らかに、これまでポメラが出会ってきた冒険者達と比べて、異常であった。
「
ポメラはぎゅっと唇を噛み締め、大杖を掲げて魔法陣を浮かべた。
人の頭くらいの大きさの炎の球が、ポメラの前方に浮かび上がった。
「ほう、多少はマシな魔法を選んだじゃないか」
《
そのため十全に扱いきることができれば、《
だが、それには、針に糸を通すような繊細な制御が必要であった。
精神面に負担の大きい現在のような局面では、その難度は跳ね上がる。
ポメラの顔には細かい汗が浮かんでいた。
ポメラは《
ロヴィスに大鎌の間合いに入られては勝ち目はない。
一瞬で頭を落とされる。
「
続けてポメラは炎魔法を発動する。
十の火の玉がロヴィスへと向かっていった。
「そうだ、それが正しい。守りを固めて安易に近づけないようにして、細かい制御が利く中距離魔法で、可能な限り手数を出して攻撃する。それが魔術師の定石だ」
ロヴィスは満足げに口にする。
火の玉が、またロヴィスを包囲し、彼へと飛び掛かっていく。
「《
ロヴィスの足許に魔法陣が浮かび上がる。
身体が光に包まれ、その姿が消える。
ロヴィスは大鎌を構えた姿勢で、ポメラの背後へ転移していた。
「ま、その定石が俺に通るかどうかは別の話だがな。そんな行儀正しい戦い方でやっていけるのは、せいぜいB級冒険者までだろう」
「
ポメラは振り返りながら大杖を振るう。
至近距離から放たれた風の刃を、ロヴィスは最小の動きで回避し、そのまま距離を詰めてくる。
ロヴィスの目には、ポメラの首が映っていた。
狙いを隠す気もないようだった。
ポメラは恐怖のあまり、ただただ大杖にしがみついた。
結果的に、それが功を奏した。
ロヴィスの大鎌はポメラの大杖を切り飛ばす。
軌道が微かに逸れた刃は、ポメラの胸部を抉った。
「あ、うっ……!」
ポメラの小柄な身体が、大鎌に弾かれて地面に叩きつけられた。
周囲に血が舞う。
ポメラはぼんやりとした思考の中、自身の胸に手を触れる。
何かにぐっしょりと濡れている。
それが己の血液だと気づき、ポメラの意識が恐怖で鮮明さを取り戻した。
「杖……つ、え……」
ポメラは床を這い、自身が手放した大杖を手繰り寄せる。
しかし、どうにか手にしたそれは、上半分が大鎌によって切断されていた。
「あ……」
ポメラの背後で、ロヴィスが大鎌を振り上げる。
「お前は期待外れだった。だが、クク、お前の戦いの不慣れさに、不相応なレベルの高さ、何らかの形で異世界転移者が絡んでいると見て間違いない。《
そこまで口にして、ロヴィスは眉を顰めた。
「……ん? 異世界転移者?」
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