第十九話 怪人兄弟(side:ポメラ)

 ダミアが窓を破り、冒険者ギルドの中へと入ってくる。

 ロヴィスの近くに、ヨザクラとダミアが並んだ。


「さ、三人も、殺人鬼が……」


「だが、俺達も冒険者だ。やってやるぞ!」


 ポメラの治癒した冒険者が、武器を構えて前へと出てきた。


「お前達如きが、俺達の相手になると? 英雄様を前に、雑魚に関心はないんだが、邪魔立てするつもりならば、死んでもらわねばな」


 ロヴィスの言葉に従うように、ヨザクラが彼らの前に出た。

 冒険者達が、ヨザクラを警戒して足を止める。


 冒険者ギルド内に緊張感が走った。

 誰がか動けば、一瞬の内にここは戦場になる。

 そういう予感があった。


 その静寂を破るかのように、冒険者ギルドの壁が崩れた。

 外には棍棒を持つ、三メートル近い巨体の男が立っていた。

 半裸であり、肉体は常人とは異なり、鉛色を帯びていた。

 顔は鉄の仮面を付けて隠している。


 そして彼の前には、蒼い礼服にシルクハットを被った、小綺麗な痩せ型の男が立っていた。

 シルクハットの下で三日月のように目を細め、不気味な笑みを浮かべている。


「やぁ、ロヴィス君。聖拳ポメラは、君達だけの手には余るだろう。何せ、以前に《軍神の手アレスハンド》を追い返している。我々も協力するよ」


 ポメラは息を呑んで、異様なオーラを放つ二人組へと目を向けた。


「……ラウンとペイジの、怪人兄弟か。悪いが、せっかくの機会に乱戦は興覚めだ。帰ってもらえないか?」


「おいおい、あまり舐めたことを口にするなよ。この私ペイジも、ラウン兄さんも、あまり気の長い方ではないんだ。特にお前らは《血の盃》の仲間じゃない。あまりふざけたことを言っていると、戦いの中で手が滑るかもしれないよ。フフ、それに、我々に協力しないとなれば、ボスギン様を敵に回すことにもなる。その意味が、わかっていて言っているのかな?」


 ロヴィスは息を吐き、目を瞑って肩を竦めた。


「ああ、わかったともさ。仕方ない」


「利口で助かるよ、ロヴィス君。では……」


「ダミア、ヨザクラ、そこの頭の不出来な兄弟から片付けることにしよう」


 ロヴィスが目を開きながら、残虐な笑みを浮かべた。


「ロヴィス君? 駄々を捏ねて、つまらない脅しを口にするのは止めたまえ。《黒の死神》には、《血の盃》の総員を敵に回せる力は……」


 ダミアが分厚い革手袋で覆われた腕を、ペイジへと向けた。

 ゴーグルの下の口許で笑みを浮かべる。


「承知、ロヴィス様! 《土塊機雷クロッドマイン》!」


 土塊がペイジ達へと飛来していく。


「なっ!」


 ラウンがペイジの前に出て、《土塊機雷クロッドマイン》の爆風を受け止める。


「ウ、ウウ……!」


 ラウンが鉄仮面の奥で怒りの声を上げる。


「よ、よく防いでくれた、ラウン兄さん! 血迷ったか! 馬鹿共め! 自分達が何をしているのか、わかってるのか! 貴様らは、《血の盃》を敵に回した! お前ら《黒の死神》は、もう無事で済むと思うなよ!」


 ペイジが声を張り上げて叫ぶ。

 《土塊機雷クロッドマイン》の土煙が晴れたとき、ペイジは目を見張った。

 すぐ目前で、ヨザクラが刀の鞘に手を当てていた。


「……精霊魔法第五階位|鬼人の一打《イワサク》」


 ヨザクラの身体を、光が纏っていく。

 《鬼人の一打イワサク》は膂力を引き上げる精霊魔法である。


「ま……!」


 ペイジが声を上げるより先に、ヨザクラが居合によって放った刃が、ラウンの肉体を引き裂いた。


「オッ、オゴオオオオオオ!」


 ラウンの巨体が床に沈んだ。

 冒険者ギルドに彼の叫び声が響き渡った。


「う、嘘だろ!? 王国騎士との戦いでも傷一つつかないラウン兄さんの鋼の肉体が、一撃で!?」


 精霊の力を借り、身体能力を強化して刃で敵を一閃する。

 ヨザクラの出身地である、ヤマト王国の武人、侍の好む、速攻型の戦闘スタイルであった。 


 いつの間にかペイジの背後に回っていたロヴィスが、彼の首へと大鎌の刃を掛ける。


「ヒッ! わ、わかった! 今なら私から、ボスギン様へは上手く説明しておいてやる! だから……!」


 ロヴィスが首を伸ばし、ペイジの顔を覗き込む。


「ペイジ、覚えておけ。俺はお前達のように、つまらない脅しはしない。俺が殺すと口にしたときは、殺すと決めたときだ」


 大鎌が素早く振るわれる。

 ペイジとラウンの首が床を転がった。


「ま、次なんてないんだがな。せいぜいあの世で参考にするといい」


「ロヴィス様、また敵が増えましたね」


 ダミアが世間話でもするかのようにそう言った。


「良い知らせじゃないか。これであの腰抜けが、面子のために身体を張ってくれるなら楽しみが増える。期待はしないがな」


「《血の盃》は気に喰わなかったのですっきりしました。やはり、我々はこうでないと。例の件より、ロヴィス様の牙が丸くなったのではないかと、少し不安だったのです」


 ヨザクラが笑う。


 ポメラ含む都市マナラークの冒険者達は、ロヴィス達の突然の凶行に理解が及ばず、硬直していた。


「お、お仲間では、なかったのですか? どうして……? どうして、そんなに簡単に、人を殺せるんですか!」


「英雄らしい、ご立派なお言葉だ。だが、違うな、英雄ポメラ。我々人間は、もっと気軽に殺し合うべきなのだ。平穏とは、安住とは、足掻いても決して手に入らない、夢物語であるべきだ。全ての動物は、闘争そのものに快楽を感じるようにできている。与えられた平穏によって何となく生きる動物など、既に死んでいるに等しい」


 ロヴィスが大鎌を構える。


「《黒の死神》は、俺が強者と邪魔なく戦えるように作った、その露払いのためだけの組織だ。《血の盃》と手を組んだのは、強者と戦えるいい機会だったから、それだけだ。そして、あの愚かな兄弟は、俺の最大の目的の邪魔をした。だから死んでもらったのだ。お分かりか?」


「身勝手にも程があります……! 自分が戦いを楽しみたいから、平穏な都市を襲撃するなんて」


「その言い分は、俺にはまるで、自分が死にたくないから、お前が死んでいろと言っているように聞こえるのさ。俺にとっては、殺しこそが生なんでな」


 ポメラは唾を呑み込み、大杖をロヴィスへと構える。

 これまで人間相手には感じたことなかった、強い恐怖があった。

 ロヴィスの在り方は、人間というよりは、最早魔物に近い。


「フッ、ま、だからどうという話じゃないさ。つまらん問答に乗ってやったが、随分と平凡なことを言うんだな、英雄サマよ」


 ロヴィスは鼻で笑った。

 ポメラは周囲へ目を走らせる。


「……貴方は、あくまで強い相手と戦いたい、それだけなんですね? だから《血の盃》とは厳密には別の目的で行動していて、そちらのお二人は露払いだ、と」


「だからどうした?」


「わかりました。でしたら、他の方達をここから逃がしてあげてください。代わりにポメラが、逃げずに貴方と戦ってあげます」


 混戦になるのは望まないと、ロヴィスはそう口にしていた。

 そうであれば、ロヴィスは他の者達を逃がすことに抵抗はないはずだと、そう考えたのだ。


 これは互いに理のある提案であるはずだった。

 混戦になれば、ダミアとヨザクラが動く。

 だが、避難や治療のために来た者達が抵抗せずにこの場から離れれば、露払いであるダミアとヨザクラに動く理由はなくなる。

 《黒の死神》が本当にロヴィスが好きな相手と戦うための手駒に過ぎないというのならば、通るはずであった。


 ロヴィスは満面に、邪悪な笑みを浮かべていた。


「さすが英雄ポメラだ! 俺の望んだ好敵手像そのものじゃないか! ハハハハハハ! ダミア、ヨザクラ! 雑魚共を適当に逃がせ! あくまで残りたがる奴だけ殺してやれ! 英雄サマのご提案だ!」


「俺達がそんな脅しに屈するか! ポメラさん、俺も戦うぞ!」


 冒険者の一人が剣を構える。


「止めてください!」


 ポメラが声を荒げる。


「そこの二人も、かなり凶悪な人達です! 貴方達が残るより、その二人が止まっている方が、ポメラにはずっとありがたいです! 足手纏いなんです! 邪魔ですから、とっとと掃けてください!」


 ポメラの叫びに、一瞬静寂が広がる。


「す、すいませんでした、ポメラさん……」


 集まっていた者達が、一斉に冒険者ギルドから離れ始めた。


 無論、ポメラの本心ではなかった。

 だが、彼らをこの場から引き剥がすのに、そう言うのが一番だったのだ。


「ダミア、ヨザクラ、邪魔者が入らないように見張っていろ。お前達は絶対に手を出すなよ、英雄ポメラは、俺の獲物だ」


 ポメラの脳裏に、フィリアの姿が映った。


『フィリアね、寂しがりだから、ポメラ、絶対に無事でいてね。もしも危なくなったら、すぐに逃げて』


 彼女は不安げな表情をしていた。

 今思えば、まるで、こうなることがわかっていたかのようだった。


「……ごめんなさい、フィリアちゃん」


 ポメラは小さく零した。

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