第二十一話 死神の動揺(side:ポメラ)

 ロヴィスは大鎌を握る手を止める。

 額には脂汗が浮かんでいた。


 ポメラに関する噂は、断片的ながらに耳にしていた。

 蜘蛛の魔王討伐にマナラークの守護神とまで称されていた《軍神の手アレスハンド》を差し置いて大活躍した、と。

 その他にも、大量の魔物を狩っただの、巨大な竜の精霊を召喚しただのと、どこまで本当なのか、都市内ではあれやこれやと騒がれていた。


 その中に一つ、気になるものがあった。

 ポメラは、都市アーロブルク出身の冒険者である、というものだ。

 耳にしただけで、真偽のほどは知らない。

 だが、それが本当であれば、恐ろしい事実が浮き彫りになる。


 最近ロヴィスは、都市アーロブルクの近くまで行ったが、結局都市には行かずに逃げてきた。

 それは何故か。道中でたまたま出会った化け物、カナタ・カンバラとこれ以上顔を合わせたくなかったからである。

 一度はどうにか平謝りして、相手の興を削いでその場を凌ぐことができた。

 だが、何かの弾みで次に敵対すれば、間違いなく命がなくなる。

 

 ポメラの不自然なレベルの高さと、戦って分かった対人戦闘の拙さ。

 冒険者一人のレベルをぽんと200前後まで引き上げられる者がいるとすれば、その人物は最低でもレベル300以上でなくてはおかしい。

 だが、レベル300越えの人間が、その辺りにゴロゴロしているわけがない。

 自然、ロヴィスの中で、ポメラの師イコールでカナタ説が濃厚になっていた。


「こっ、殺すのなら、一思いにやったらどうですか」


 ポメラが握り拳を固め、震える声でそう口にした。


「…………」


 ロヴィスは返すべき言葉がわからず、沈黙した。

 頭の中で色々なパターンを考えていた。


 素直に訊いて、カナタが出てくれば逃げればいい。

 それ以外なら殺してしまえばいい。

 だが、それができない理由があった。


「……ロヴィス様、どうしたのですか?」


 ヨザクラが、やや苛立った声でそう口にした。

 前回はどうにか押し切って説得したものの、やはりヨザクラの中にはまだロヴィスへの失望が残っていた。

 ダミアはまだわかってくれている。

 しかしヨザクラは、明らかに私はまだ納得していません、ということを言葉の節々に匂わせてくるようになっていた。

 それは決して、ロヴィスの思い込みではないだろう。


 ヨザクラとて、カナタのような相手に敢えて刃向かうことがどれだけ愚かなことか、前回の彼との遭遇で身に染みているはずだった。

 本人を前にして、攻撃を仕掛けろと、そんな無茶は言わないだろう。


 だが、カナタの影を感じた瞬間、その場から大慌てで逃げるような姿勢を見せれば、まだネチネチとごね始めることは想像に難くなかった。

 ヨザクラとダミアの二人は、ロヴィスの生き様に心酔している≪黒の死神≫の幹部である。

 彼らが理由なく抜ければ、間違いなく他の部下達も何かあったのではと勘繰ることは間違いない。

 カナタとの一件があちらこちらへ伝われば、一人一人を説得することはほぼ不可能になる。

 《黒の死神》はそれだけで解体へ追い込まれることになるだろう。 


「フッ……」


 ロヴィスは首を振り、大鎌をポメラの首から外した。


「英雄ポメラ……いや、今のお前は、少し力をつけただけの、小娘といったところか。今のお前など、俺にとっては取るに足りん存在だ。だが、お前のその魔法の才……そして、極限の戦いの中で己の戦術を立て直す成長性、何よりもその魂の高潔さは、いずれお前を本物の英雄へと変えるだろう。そうなったとき……クク、そのときになって、改めてお前を狩るのも、悪くない」


 ロヴィスはニヤリと笑い、ポメラへ背を向けた。


「行くぞ、ダミア、ヨザクラ。いい収穫だった。これ以上、《血の盃》のつまらん祭りに参加してやる義理はなかろう」


 ロヴィスはポメラに背を向けたままゆっくり、冒険者ギルドの入り口へと向かう。


「俺は《赤き権杖》には興味がない。あんなもの、使い手がいなければただの飾りにしかならん玩具だからな。ボスギンは俺達に何か伏せていたようだったが、奴の涙ぐましい努力が実れば、そのときに俺達が狩ってやればいい、それだけのことだ。《軍神の手アレスハンド》も、ポメラに劣るという話だからな」


「貴方は、何を……?」


 ポメラは不可解そうな表情を浮かべていた。

 ロヴィスは唇を噛む。恐らく、誤魔化しきれていなかったのだ。

 余計なことを口にされては、ヨザクラにまた騒がれかねない。


「ポメラ、お前は俺と同じ目をしている。外側こそ違えど、本質は同じだ。お前は簡単に自身の命を賭けてみせ、かつ、どこか俯瞰的に命のやり取りを見ている。お前は正義という建前をたまたま手に持っているだけで、結局のところ、戦いに魅せられている」


「いえ、あの……」


「クク、次に会うときが楽しみだ。もっとも、そのときこそがお前の最期になる。せいぜい鍛錬を怠らないことだ」


 ロヴィスはポメラの言葉にそう被せ、早口で言い切った。

 ポメラは眉を顰めていたが、黙った。

 元々ポメラには、引き留めてまでロヴィスと話をする理由はない。


 ロヴィスはその様子に満足しつつ、もう二度とこの女に会わないようにしようと心に誓っていた。

 本当にカナタと関りがあれば、次に会った時が自分の最期になりかねない。

 正直、ポメラ相手に自分と似た物も特に感じてはいなかった。

 完全にヨザクラを誤魔化すためのでまかせである。


「ロヴィス様」


 入り口近くまで来たロヴィスに、ヨザクラが声を掛ける。


「どうした?」


「何をそんなに恐れているのですか?」


 ヨザクラは額に深く皴を寄せ、明らかに不機嫌な顔をしていた。


「何を言っている? お前は最近、疑心が過ぎる。俺にも面子というものがある。あまりしつこいようなら、お前とて消すことは躊躇わんのだぞ」


「いえ、そういうのはいいのです。さっきからまるで、一刻も早くこの都市から去りたいようにしか見えません」


 ヨザクラはダミアへと、同意を求めるように目線を投げ掛けた。

 ダミアはそっと視線を逸らした。

 ロヴィスはその様子に、唇を噛んだ。


「はっきり言わせていただきますが、やはりあの一件からロヴィス様は、何かに怯えているようにしか見えません」


「それはお前の思い過ごしだ。はぁ……まぁ、いい。言いたいことがあるのなら後で聞く」


「やはり私には、急いでこの都市を出たがっているようにしか見えませんが」


「おい、本当にしつこいぞヨザクラ」


 そのとき、周囲に不吉なオーラが立ち込めてきた。

 それはロヴィスだけでなく、ヨザクラも、ダミアも、ポメラも感じ取っていた。

 明らかにカナタの気配のそれとも違うが、とにかく異様な事態であることには変わりない。


「とにかくここを出て……」


「《超重力爆弾グラビバーン》」


 その声と共に、冒険者ギルドの二階が爆ぜた。

 木片などが降り注いでくる。

 ロヴィスは顔に掛かる木屑の粉を、ただ茫然と受け止めていた。


 ぽっかり開き、天井に青空が見える。

 そこに、厚手の黒の外套を纏った少女が浮かんでいた。

 外套からは、白い綺麗な髪が靡いている。覗き見える肌の白さも、まるで透き通るようで、人外の美があった。


 纏うオーラは、妖しく、禍々しい。

 彼女の持つ全ては、明らかに人間のそれではなかった。


 碧と真紅のオッドアイがポメラをじろりと睨んでから、自嘲気に息を吐いた。


「……刹那とはいえ、いっそ見殺しにしてしまえばなんて考えてしまうとは、私も堕ちたものです」


 ポメラには彼女の言葉の意味はわからなかった。

 ただ、助けに来てくれたらしい、ということは理解できた。

 もっともそれも、既に危機は逸れたところだったのだが。


「いつの時代にもいるものですね、貴方のような、つまらない悪党が」


 リッチの少女、ルナエールの視線がロヴィスを貫く。

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