第十五話 血の盃

 まだ事態は呑み込めていないが、どうにか襲撃者は片付いた。

 

白魔法第四階位|癒しの雫《ヒール》」


 ポメラが隻眼の騎士と、おかっぱ騎士ベネットの治療を行った。


「……大丈夫ですか?」


 ベネットも隻眼の騎士も、かなり手酷くやられていた。

 外傷はひとまずは癒えたが、精神的な負担も大きいはずだ。


「な、何がC級冒険者だ……高位精霊を正面から斬りやがって」


 ベネットは白眼を剥いて気絶したままのドグマを見て、そう呟いた。


 隻眼の騎士はまだぐったりしている。

 意識はあるし、既に命に別状はないはずだが、毒ナイフでかなり体力を消耗させられたようだ。


「だが、言っておくが、僕らとて、正々堂々であればこの程度の相手に遅れは取らなかった。不意打ちを受けて崩れ、その後の戦いの展開も悪かっただけだ。多少腕が立つのは認めるが、お前達は警戒されていなかっただけだ。それに僕らは、敵の制圧よりアイテムの保護を優先する必要があった」


「はぁ、そうですか……」


「なんだその態度は!」


「素直にお礼くらい言えないのですか?」


 ポメラも呆れた表情でベネットを眺めていた。


 ベネットは倒れている襲撃者達を見て、舌打ちを鳴らした。


「チッ、この様子、情報が大分前から漏れていたな。《火竜のドグマ》は、盗賊団血の盃の幹部だ」


 騎士達はマナラークの冒険者に、何かアイテムを運びに来たようだった。

 《血の盃》とやらがそれを狙っていたようだ。


 ……しかし、冒険者ギルドに引き渡される前に騎士が襲撃を受けたということは、騎士が相当舐められているのではなかろうか。

 実際、今俺達が手を貸さなければ全滅も見えていたはずだ。


「だが、どうにか無事に撃退できてよかった。狙ってきた《火竜のドグマ》を逆に仕留めたとなれば、大した手柄になる。災い転じて福となす、だな。とっとと離脱したノエルと合流しなければ」


 ノエルというのが、あの紫髪の女騎士だろう。

 さらっとドグマ討伐を自分の手柄にしていた。

 ……別に興味はないが、よくあれだけ手酷くやられていた状況で、そう言えるものだ。


「あの、妙ではありませんか、カナタさん? 冒険者ギルドの近くなのに、全く加勢が来ないなんて」


 ポメラが不安げに口にした正にそのとき、冒険者ギルドの二階の壁が崩れるのが見えた。

 窓ガラスが割れ、中で交戦している様子が見える。


「襲撃はここだけじゃなかったのか!」


 また別の方面から悲鳴が響いてきた。

 冒険者ギルドだけじゃない。

 《血の盃》とやらは、マナラーク全体を攻撃している。

 想定していたより遥かに規模が大きい。


 だが、ふと疑問を覚えた。

 騎士達の運んでいたアイテムが目的であったのならば、マナラーク全体を満遍なく攻撃する意味は薄いはずだ。

 その割には手際が良すぎる。

 考えなしの行動だとは思えない。

 ……騎士のアイテム以外に、何か狙っているのか?


「う、嘘だろ……? 《血の盃》は、王国中に散らばって活動しているはずだ。この規模……まさか、全員マナラークに集まっているというのか? だとしたら、《火竜のドグマ》クラスの相手が、何人もいることになるぞ。いや……それだけじゃない、まさか頭領の《巨腕のボスギン》までいるのか?」


 ベネットが呆然と口にする。


 俺は聞いたことはないが、《血の盃》というのはかなり厄介な組織であるらしい。

 このままだとマナラークが滅茶苦茶になりかねない。


「……ポメラさん、二手に分かれましょう。フィリアちゃんと共に、重傷者の治療と、襲撃者の撃退に向かってください」


 相手が広範囲であるならば、俺達は散った方が被害を抑えられる。

 ポメラのレベル上げをまだ再開できていないのが不安だが、充分今のレベルでもマナラーク最強格ではあるはずだ。


「わっ、わかりました!」


 ポメラが頷く。


 冒険者ギルドにはコトネがいる。

 コトネのことも不安だが、彼女はS級冒険者である。

 他の個所を回った方がよさそうだ。


 俺は走ろうとしたとき、ベネットに足を掴まれた。


「ま、待て、C級冒険者!」


 俺は反応が遅れ、地面を軽く蹴ってしまった。

 俺に引き摺られる形で、ベネットが床を転がった。


「おぶっ! おばっ!」


「す、すいません、悪気はなかったんです」


 俺は慌ててベネットの傍に向かい、彼を起こした。


「……こうなると、魔法袋を持って離脱した、ノエルが不安だ。きょ、協力しろ」


 俺はベネットから顔を逸らしてその場から離れようとした。

 ベネットは素早く俺の後ろ足にしがみつく。


「待て待て待て! な、なんだ、この僕に頭を下げろというのか! 僕は騎士だぞ!」


「……別に貴方達を助けたくて《血の盃》の鎮圧に向かうわけじゃありませんから」


「あ、あれが犯罪組織の手に渡ると、本当に大変なことになる!」


「大変なこと……?」


 ベネットが目を細め、深刻な表情を浮かべる。


「ああ、僕の騎士団における出世が未来永劫なくなる。親から見放され、家督も告げなくなる。長男なのにだ」


 もしかしてふざけているのか?

 俺は今度こそその場から立ち去ろうとしたが、ベネットが腰に抱き着いてきた。


「わわ、悪かった! 協力してくれ! 協力してください! 《赤き権杖》は、仮に悪用されたらとんでもないことになるアイテムなんだよ!」


 俺は少し考える。

 確かにアイテムのことは気に掛かるし、何より今は情報が欲しい。

 襲撃者達についても俺は詳しくないのだ。 


「……わかりました。ノエルさんとの合流に付き添いましょう」


「ごっ、合流までなのか? その後はどうしろというんだ! マナラークから逃げても、《巨腕のボスギン》が追いかけてきかねないんだぞ! 考え直せ!」


 なんでこの人、ここまで卑屈に上から目線になれるんだ……?


「そのときの状況次第で判断させていただきます」


「よ、よし、よく譲歩した! 仕方ない、今はその条件で勘弁しておいてやろう」


 いつまでベネットと行動を共にしなければならないのだろうかと、俺は溜息を吐いた。

 できれば、適当に情報だけ引き出して解散したいところだ。

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