第十四話 火竜のドグマ

「お前ら、冒険者だろ。何級だ?」


 騎士三人組の案内中、ベネットが声を掛けてきた。


「C級冒険者ですが」


 俺が答えると、ベネットがニヤリと笑って隻眼男と目配せする。


「ハッ、こんなのがC級だって。やっぱりマナラークは駄目だな」


「……カナタさん、フィリアちゃん押さえるの、止めていいですか?」


 ポメラがムッとした表情で、俺へと声を潜めてそう言った。


「適当にやり過ごしましょう、適当に」


 冒険者ギルドが見え始めてきた。

 ベネットが顔を上げて「ああ、あれか」と呟いた。


「おらっ、もう結構だ」


 ベネットは手のひらで宙を掃いて、俺達に離れるように指示を出した。

 ……最後まで気に障る態度ではあったが、特に揉め事もなく案内を終えることができた。


 そのとき、走ってきたみすぼらしい恰好の男が、隻眼の騎士とぶつかった。

 隻眼の騎士は咄嗟に剣の鞘で防ぎ、男を地面へと受け流す。

 男はその場に転倒した。


「この俺に飛び掛かってくるとは、いい度胸だ。何をそんなに慌てていたんだ、おう?」


 隻眼の騎士は、剣の鞘で転倒した男の背を押さえつける。

 ああ、最後の最後で揉め事かと、俺は溜息を吐いた。、


 そのとき、近くを歩いていた別の女が、唐突に隻眼の騎士の背にナイフを突き立てた。

 一瞬何が起きたのか、俺にもわからなかった。

 隻眼の騎士は呻き声を上げた後、鞘のついたままの剣を振り回して女を弾き飛ばした。


 街中に悲鳴が響き渡った。

 周囲の人達が一斉に逃げていく中、武器を構えた集団が俺達を取り囲んだ。

 数は十人だった。


「や、やられた! クソ! 毒ナイフだ!」


 隻眼の騎士が、地面に膝を突いて吠える。


「おいおい、ザル過ぎるだろマナラーク!」


 ベネットが顔に皺を寄せて吐き捨てる。

 だが、その様子にこれまでの余裕はない。


「いいじゃないっすか。私は、退屈な任務よりこういうのを待ってましたよ」


 紫髪の女が好戦的に笑い、剣を構えた。


「カ、カナタさん、これって……」


 ポメラがおろおろと周囲へ目を走らせながら、俺へと尋ねる。


「……騎士狙いみたいですね」


 俺は先日のロズモンドの忠告を思い出していた。


『昨日、妙な連中が都市に来たそうだ。武器を持っているが、冒険者の登録さえない。内一人は、旅人狩りとして手配書が出回っている男と似ていたと言う。冒険者でさえないゴロツキが、わざわざ目立つように群れて、武器を携えて都市を歩き回るなど、異常なのだ。よほど頭が悪いのでなければ、この都市で騒ぎを起こすつもりで、そのタイミングを見計らっているとしか思えん』


 騎士がマナラークに来るのを知っていて、この都市で息を潜めて待っていたらしい。

 ロズモンドの話よりも遥かに規模が大きい。

 見つかっていた不審人物はごくごく一部に過ぎなかったということだろう。


召喚魔法第八階位|炎の霊竜《フレアドラゴ》!」


 冒険者ギルドの屋上から叫び声が聞こえる。

 目をやれば、ツンツンとした赤髪の、包帯で顔を覆った三白眼の男が立っていた。


 男の背に、赤い鱗を持つドラゴンが現れる。

 身体は長く、全長二十メートルはある。

 長い髭と鬣があり、西洋のドラゴンより東洋の竜に近い。

 召喚されたフレアドラゴらしい。


「なっ! A級指名手配の《火竜のドグマ》だと!」


 ベネットが男を睨んで叫ぶ。


「ハハハハハァ! さぁ、騎士様よぉ、オレらと遊んでくれや!」


 男がフレアドラゴの頭に飛び乗る。

 フレアドラゴは俺達へと飛来しながら、大口を開けて大量の火の球を吐き出した。

 炎の球が舗装された地面を破壊していく。


「ぐおおっ!」


 隻眼の騎士が、爆風に吹き飛ばされて転がった。


「うぐっ! こんなもん直撃したら、命がねぇぞ……。速攻で本体を叩くしかない!」


 ベネットは辛うじて炎弾を避け、《火竜のドグマ》へと向かっていった。


 俺はポメラとフィリアの前に立ち、火の球を素手で払った。

 魔法ではないので《ルナエールローブ》の攻撃魔法遮断の対象外ではあったが、元より大した威力ではなかった。


 第八階位であれば、大したレベルの精霊ではない。

 高く見積もってもせいぜいレベル100くらいだろう。


「さ、さすがカナタさん……」


「ポメラさん、騎士に加勢しましょう!」


 気に食わない連中ではあったが、さすがにこうなったら話は別だ。

 変な目立ち方は避けるべきだが、マナラークにこんな連中を野放しにしておくわけにはいかない。


 前後から二人の男が飛び掛かってきた。

 大したコンビネーションではあるが、速さはない。

 俺は手刀を振るい、二人の顎を突いた。


「うぶっ!」


 二人の男がその場にひっくり返った。

 殺してはいないが、意識を奪った。


 大したレベルの相手ではない。


炎魔法第七階位 紅蓮蛍の群れ《フレアフライズ 》」


 ポメラの周囲に火の球が浮かび、地面へと落ちていく。

 火の球の爆風は地面を砕き、近辺の襲撃者を吹き飛ばしていく。


「お、お前ら、一体……?」


 隻眼の騎士はその場に倒れたまま、唖然とした表情で俺達を見上げる。


「チィッ!」


 紫髪の女が、俺達の近くに着地した。

 敵の刃に斬られたらしく、鎧が損壊しており、身体にも生傷が走っている。

 フレアドラゴの炎球を受けたらしく、火傷も負っていた。


 ……この様子、王国騎士のレベルもそこまでは高くはないようだ。

 少なくともこの三人はA級冒険者と大差ないように思える。


 紫髪の女は屈むと、隻眼の騎士の魔法袋を拾い上げた。


「これは、私が預かるっすよ」


「任せたぞ……俺は、もう駄目かもしれん……」


 その後、紫髪の女は敵の合間を抜けて逃げて行った。


 騎士達はマナラークに何かを持ち込みに来たようだった。

 恐らく襲撃者もそれが目当てで、今の魔法袋の中に入っていたのだろう。


「たっ、助けてくれぇぇぇえええ! 誰かぁあああああっ!」


 ベネットの悲鳴が響く。

 目を向ければ、ドグマの騎乗するフレアドラゴが、ベネットを咥え、彼の身体で地面を削っていた。


「ヒャハハハハハハ! オレをがっかりさせんなよ騎士様よぉっ! オラッ! 邪魔だ邪魔だ! 止めれるもんなら止めてみやがれ!」


 フレアドラゴが俺へと正面から向かってくる。

 ベネットの泣き顔が目についた。 

 魔法攻撃はベネットを巻き添えにしてしまいかねない。


 俺は《英雄剣ギルガメッシュ》を抜き、襲い来るフレアドラゴへと放った。

 フレアドラゴがバラバラになり、断片が《英雄剣ギルガメッシュ》の魔力に焼き尽くされていく。

 フレアドラゴの頭部が地面に叩きつけられる。


「オオォ、オオオオオ……」


 苦しげに呻いていたが、光に包まれて消えていった。


 俺は接触した瞬間に左腕で担いで保護していたベネットを、地面へと下した。


「ヒハ、ハハハハハハ……」


 背後から力なく笑い声が聞こえる。

 フレアドラゴから振り落とされたドグマが転がっていた。

 腕や足が折れ、出鱈目な方向に曲がっている。


「おま、え……強すぎだろ……」


 ドグマは意識を手放したらしく、白眼を剥いて動かなくなった。

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