第十三話 王国騎士

 俺はポメラ、フィリアと共に応接室を出て、冒険者ギルドを出た。


「……あの、あれ見られたの、もしかして結構まずくないですか?」


「大丈夫……だと思いますよ、ポメラさん。不安がないわけじゃないですが、ガネットさんは、色々と空気を呼んでくれる方ですから……」


 ガネットは本当に優秀な人だ。

 俺達があまり悪目立ちしたくないのでガネットに頼りきりになっていることは向こうも理解してくれている。

 あれこれと尾鰭をつけて話を広めるようなことはしないはずだ。

 

 ふとそのとき、風変わりな連中が目についた。

 青に金の模様が施された、金属鎧を纏った三人組である。

 男が二人に、女が一人だった。

 ただの冒険者にしては妙に身なりがいいし、何よりも格好が統一されている。


「なんでしょう? あの方達は」


「ポメラ、聞いたことがあります。あの青鎧……国の最大戦力、王国騎士団の方達ですよ」


 なるほど、だとすれば、あの三人が王都からの使者だということか。

 ポメラの言葉には緊張があった。


 ただ王城に使える兵士、というわけではないだろう。

 この世界にはレベルがあり、個人の戦闘能力に大きな差がある。

 国の最大戦力である王国騎士団は、人の身にして災厄のような力を得た《人魔竜》への対抗戦力でもあるはずだ。

 三人とも、きっと一般冒険者とは比にならないレベルを秘めているのだろう。


「……しかし、なぜそんな人達がマナラークに?」


 ただの使者ならば、騎士でなくてもよかったはずだ。

 貴重な人員を割くだけの理由があるのではなかろうか。


「全く、なぜ我々が荷物運びなどと、このような雑務を?」


 黒に近い緑色の髪をしたおかっぱ頭の騎士が、溜め息交じりにそう言った。


「万が一を考えてのことだ。王は心配性なのだよ。くだらん任務なのは俺も承知している」


 隻眼の大男がそう返す。

 四十歳近くに見える。三人の中では年長者であり、きっとリーダー格なのだろうと窺えた。


「マナラークは王都に次いで発展しているとは聞いていましたが、フフ、こんなもんっすか。半分観光のつもりでしたけど、時間の無駄でしたね」


 紫髪の女が口にする。


 任務にあまり熱心でないことを隠そうともせず、大きな声でそんなことを喋りながら歩いていた。

 身なりこそ整っているが、あまり柄のいい連中とは思えなかった。


「あまり関わらない方がよさそうですね」


 俺が小声で言うと、ポメラは小さく頷いて同意した。

 だが、俺達のすぐ近くで、声を荒げた人物がいた。


「俺達を馬鹿にしているのか! 騎士様とはいえ、黙ってはいられんぞ! 何がそう劣っているというのだ!」


 赤ローブの派手な男が、騎士三人組へと近づいて行った。


 ……マナラークの人間は、排他的で外部の人間には冷たい者も多いと、ガネットから以前聞かされたことがあった。

 要するに地元愛が強いのだ。

 国内でも有数の大都市であるため、誇りがあるのだろう。


 隻眼の大男が面倒そうに肩を竦めた。

 紫髪の女は八重歯を見せて笑い、前へと出た。


「貴方、冒険者のランクはいくらっすか?」


「しっ、C級冒険者だが、それが何だというのだ!」


 次の瞬間、女は前に飛んで赤ローブの顎を蹴り上げた。


「がっ!」


 倒れた赤ローブの頭を踏んで地面に固定し、抜いた剣で頭部を突つく。


「一番に言うのなら、冒険者の質っすかね? 貴方、王都じゃ万年D級の落ちこぼれっすよ? マナラークなんかの生まれでよかったっすねぇ」


「ひっ、ひいっ!」


 赤ローブの男は地面を這って離れ、よろめきながら走って逃げて行った。

 女はその背を眺め、ケタケタと笑っている。


「武器の杖、忘れてるっすよ? ダッサァ」


 残された杖を踏み抜き、先端の水晶を踏み砕いた。


 ほ、本当に関わらない方がよさそうだ。

 街中で平然と剣を抜くような連中だとまでは思わなかった。


「……フィリア、あの人達嫌い」


 フィリアが頬を膨らまして彼らに向かっていこうとしたので、俺は慌てて彼女の手を掴んだ。


「フィッ、フィリアちゃん、好きになれない相手には、自分から関わるべきじゃないよ」


 男二人は、女の蛮行に特に口出しすることもない。


「冒険者ギルドはこの近くのはずなんだが、見当たらんな。ベネット、お前は以前来たことがあるのではないのか?」


 隻眼が言えば、おかっぱは肩を竦める。


「僕だって、前に任務で通りかかっただけですよ」


 俺がフィリアの腕を引いてそそくさとその場を去ろうとしていると、おかっぱ頭のベネットが俺達へと指を差した。


「おい、そこのお前、冒険者ギルドまで案内しろ」


 俺はがっくりと頭を下げた。

 逃げそびれた。


「すいません騎士様、急ぎの用事がありまして。向こうの通りに行けば、冒険者が集中している大きな建物がすぐにわかるかなと……」


「僕達はもっと急ぎの用事がある。誰の命令で急いでいる? こっちは、王命で動いてるわけだけど」


 ベネットは目を細めて俺を睨みつける。

 ……精一杯の抵抗を見せたが、無駄だったか。

 これ以上食い下がらない方がいいだろう。


「……案内させていただきます」


「ほらな、大した用事じゃなかった。最初から素直にそう聞いておけばいいんだよ」


 ベネットに二度肩を叩かれた。

 俺が愛想笑いを浮かべていると、フィリアがベネットを睨んだ。


「何か文句があるのか、お嬢ちゃん? 言っておくけど、僕、ちょっと大人げなくてねぇ。お嬢ちゃん相手でも容赦しないよ」


 ベネットが薄い笑みを浮かべ、フィリアへ顔を近づける。


 フィリアが顔を赤くし、腕を構えようとした。

 俺とポメラは真っ青になって、慌ててフィリアの身体を押さえた。


「お、抑えてフィリアちゃん! お願いだから! お願いだから!」


「そそっ、そうです! 後でポメラが、お菓子買ってあげますから!」


 フィリアが本気で何かをしたら、大惨事になりかねない。

 王国騎士が強いとはいえ、フィリアの最大レベルは三千越えである。


「ハッ、従順な兄ちゃんに勘弁して、今回だけ許しておいてやろう。ほら、早く案内しろ」


 ベネットに従い、彼ら三人を冒険者ギルドまで案内することになった。

 何も起きなければいいが……。

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