第十二話 A級アイテム

「ガネットさん、代金の足しになればと持ってきたものがあるのですが、査定してもらえませんか?」


 俺はガネットにそう切り出した。

 無論、《精霊樹の雫》のことである。


 ガネットにあまり迷惑を掛けたくはないし、貸しを作りたくもない。

 買い取ってもらえそうなら《精霊樹の雫》を買い取ってもらい、今回の仕入れ分の代金に充ててもらおう。


「ほう……? 一体それは何なのですか?」


「《精霊樹の雫》です」


 俺が言うと、ガネットは目を丸くした。


「なんと……! 一部の上位精霊術師しか手に入れられない、あのアイテムを。ポメラ殿が巨大な精霊を使役していたという話は本当だったのですな」


 俺の隣で、ポメラが複雑そうな表情を浮かべていた。

 ……恐らくガネットの話は、フィリアがラーニョに《夢の砂》で造った始祖竜を投げつけて撃退したことから来ているのだろう。


「白魔法と格闘術に加えて、精霊魔法にも長けているのですな。いやはや、重ね重ね、ポメラ殿には感服いたします」


 ガネットが深く頷く。

 ポメラは死んだ目で「はい……ありがとうございます」と答えていた。


「《精霊樹の雫》は、やっぱり貴重なものなのですか?」


 ガネットが手に入れるのにそれなりに苦労している《翡翠竜の瞳》もB級アイテムである。

 《精霊樹の雫》はA級アイテムなので、まあ貴重なのだろうとは思うが、あまり実感が湧かない。


「ええ、ええ、勿論ですとも。何せ《精霊樹の雫》を手に入れられるのは、精霊界の巨大樹ユグドラシルに住むほんの一部の高位精霊達だけなのです。彼らと契約することは勿論、異界の民と心を通わせ、交渉して《精霊樹の雫》を得ることは、大変困難なことなのですよ。ポメラ殿は、その歳で《精霊樹の雫》を得られるとは……。精霊に愛されること、それ即ち世界に愛されること。本当に素晴らしい素質をお持ちだ」


 ガネットはそう言って、ポメラに微笑んだ。


「……ど、どうも、ありがとうございます」

 

 ポメラは相変わらず複雑そうな表情で頷いた。


 俺の頭の中で、腹を上にして寝転がっているウルゾットルの姿が浮かんだり消えたりを繰り返していた。


「《精霊樹の雫》は元々高い治癒能力を持っています。それに加えて、時代が進むにつれ、錬金魔法の進歩に伴って需要が高まり続けております。故に精霊の王も、気軽に他世界へ《精霊樹の雫》を持ち出さないように厳命を出しており、高位精霊達も昔のように気軽には持ち出せなくなっているそうなのです。儂も、喜んで買い取らせていただきますよ」


 なるほど、確かに価値があるものなのは間違いなさそうだ。

 俺は魔法袋から大きな布の袋を取り出した。


 中にはウルゾットルの持ってきてくれた《精霊樹の雫》の一部が並々と入っている。

 量に換算して三リットルくらいだ。

 牛乳用の水入れを市場で買ってきて小分けしたのだ。


「む、それは?」


 ガネットが首を傾げる。


「これがその品ですよ」


「その品とは……?」


 ガネットが額に皺を寄せる。


「え? いえ、ですから、これが《精霊樹の雫》です」


「むむ、それが? それ全てが、《精霊樹の雫》なのですか?」


「はい」


 俺は頷く。


 ガネットが逆方向に首を傾げる。

 その直後、目と口を大きく開き、椅子から崩れ落ちた。


「ガネットさん! しっかりしてください!」


「そ、そそっ、その大袋に雑に詰め込まれた液体全てが《精霊樹の雫》なのですか!? しっ、信じられません……」


 ガネットは震える指先で《精霊樹の雫》を示した。


「落ち着いてください。何にそんなに、驚いているんですか?」


 《精霊樹の雫》はそれなりの精霊術師であれば手に入れられるアイテムであるはずだ。

 ガネット自身がそう口にしていた。

 実物を前に、ここまで腰を抜かす理由がわからない。


「カッ、カナタ殿、儂は遠い昔、レベル100を越える精霊を有する精霊術師にお会いしたことがあります。それでも、コップ一杯の《精霊樹の雫》を得るのに、とても苦心すると語っておりました。とはいえ、それだけの量でも八百万ゴールド以上の値がつくものなのですが……」


 俺は自分の腕で抱えている、巨大な水入れへと目線を落とした。

 ……これ、ちょっとウルゾットルとじゃれただけでもらった一部なんだけど。


「本当に、何かで薄めたものではないのですか……? 失礼を承知で口にさせていただきますが、精霊の王の厳命を無視してこれだけの量を集められる精霊が存在すると、儂にはどうにも信じられません。ポメラ殿……一体、何と契約してしまったのですか……?」


 ガネットが恐々と口にする。


 ……レベル400のリリーでさえ、国家レベルの危機になりかねないと騒がれていたのだ。

 レベル2000越えのウルゾットルと、その域になってしまうのか。

 レベルでいえば、一瞬で魔王マザーでさえ噛み殺せてしまう。


 俺の脳裏で、あの空に近い鮮やかな青色の大型犬が、二又の尾を激しく振っている姿が浮かび上がっていた。

 ウルゾットル……そんなに凄い奴だったのか。

 この量を持ってきたのは不味かったかもしれない。


「す、少し開けてみてもよろしいですかな?」


「ええ、どうぞ」


 ガネットは《精霊樹の雫》の匂いを嗅ぐ。


「たた、確かに、本物のように思えるが、しかし……しかし……!」


「確認に時間が掛かりそうでしたら、しばらく預けておきます」


「そんな気軽な! カナタ殿、それに《魔銀ミスリルの杖》としても、これだけの量を儂だけの判断で買い取ることはできないのです……。確かに本物であれば、《魔銀ミスリルの杖》としては、一滴でも多く欲しい一品ではあるのですが……ここ、この量は、さすがに予想外でございました」


 ガネットは血走った目で《精霊樹の雫》を見つめ、ムムムと唸っていた。


「相場以下でも大丈夫ですし、必要な分だけ買い取っていただいても問題ありませんよ」


 俺としても、必要量に対してウルゾットルが並々と持ってきてくれたので持て余しているのだ。

 持ってきた分を売って、それで気兼ねなく足りない素材を買い集められるのであれば、それに越したことはない。


「ひ……ひとまず保留ということで、この《精霊樹の雫》が本物かどうか、検査させていただいてよろしいでしょうか? こちらのリストにある素材は、儂が責任を持って集めさせておきますので」


「では、それでよろしくお願いいたします」


 そのとき、応接室にノックの音が響いた。

 ガネットが扉へ目を向ける。


「なんだ! 今は重要な話を……」


「ガネット様、コトネさんが来ております! そろそろ準備をしなければ、まずいかと!」


 職員のようだった。

 ガネットはコトネと聞き、表情に焦りを見せていた。

 今日、ガネットは忙しいという話であった。


「ガネットさん、お忙しいところすいませんでした。では、俺達はここで帰らせていただきます」


「あ、慌ただしくて申し訳ございませんな……」


 しかし、コトネの名前が出てきたのは意外だった。

 王都からの使者が来る、というふうに聞いていたのだが。

 コトネも何らかの形で関与しているのだろうか。

 ……さすがに、漫画関係だとは思えないが。

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