第十一話 発注
コトネとの密談から一日、俺はポメラ、フィリアと並び、冒険者ギルドへと向かっていた。
コトネからガネットが今日冒険者ギルドにいることは聞いている。
今日こそは《神の血エーテル》の素材の売買についての相談をしたい。
「……カナタさん、昨日、コトネさんと何を話されていたのですか?」
「い、いえ、大した話ではありませんでしたよ。同郷の方でしたから、少しばかり話が盛り上がっただけです」
そう誤魔化すと、ポメラは訝しがるように目を細める。
「少しばかりって……あんなに長時間でしたのに。ポメラ、凄く心配したのですよ?」
「と、とにかく、悪い人ではなさそうでしたから……。ロズモンドさんは、誤解をしていただけだと思いますよ。コトネさんは、寡黙な人ですから」
そう自分で言った直後、漫画雑誌について熱弁するコトネの姿が頭を過った。
寡黙な人……寡黙?
「昨日一日で随分と親しくなられたみたいですから、確かに怪しい人ではないのかもしれませんね。ですけど、ロズモンドさんもああ言っていました。ポメラは、信頼しすぎるのも危険だと思いますよ」
ポメラは少し頬を膨らましており、不機嫌そうな様子であった。
……怒るのも無理はない。
あれだけ緊迫した状況で数時間放置して、普通に談笑していただけでした、なのだから。
それに勝手に話すわけにはいかないのでコトネの趣味については伏せているのだが、俺が隠し事をしているのをポメラは何となく察している様子であった。
ポメラにとってはコトネに人祓いされた理由もほとんど謎のままであるし、俺への不信感や苛立ちが生じるのも仕方がない。
「すいません……せめて、コトネさんに敵意がないと分かった時点で、連絡を取るべきでした」
ポメラは口をへの字に曲げ、足を速めて俺を追い抜いた。
「別に、怒ってるわけじゃないです! ポメラが怒る理由もありませんから!」
フィリアが先を行くポメラの背を見上げる。
「……ポメラ、怒ってる」
俺はフィリアの手を引き、ポメラの後を追い掛けた。
冒険者ギルドにつき、受付で職員へと声を掛けた。
「ガネットさんはこちらにいらっしゃいますか?」
「ガネット様ですか? ガネット様は多忙な方ですから……あの、面会のご予約はされていますか?」
「や、やっぱりそういうの、必要ですよね……」
ガネットは《
この都市マナラークの心臓部のような人物だ。
この調子だと会うこと自体が難しそうであるし、コトネに取次ぎを行ってもらった方がよかったかもしれない。
「ガネット様は、特に今日は忙しいのです。王都からの使者を出迎える用事が……」
そのとき、冒険者ギルドの受付奥の階段から、一人の大柄の男が、転がるような速さで降りてきた。
ガネットである。
ガネットが床に着地すると、周囲の職員が驚いて足を止めていた。
ガネットは細めた鋭利な目で周囲を素早く見回す。
俺を発見するといつもの温和な笑みを浮かべ、何事もなかったかのようにこちらへ向かってきた。
「おお、これはこれはカナタ殿と聖け……」
ガネットは思いっきり聖拳と言いかけたが、ポメラのしかめっ面を見ると、ゴホゴホと咳き込んだ。
「……ポメラ殿に、フィリア殿」
ポメラの表情が、すっと元に戻った。
こ、この人、一瞬でポメラが聖拳扱いされているのを嫌がっていると見抜いて、言い換えに出てきた。
対人スキルが恐ろしく高い。
「ど、どうも、ガネットさん……」
「以前頼まれておった《翡翠竜の瞳》がどうにか纏まった量が手に入る目途がつきましたので、儂から報告しようと思っていたのです」
「ガネット様、この後に大事な用事があるのでは……?」
職員がガネットの言葉を遮る。
ガネットは職員を掌でぐいっと押し退けた。
「わかっておる! まだ時間はあるわ!」
……ほ、本当に、今来てよかったのだろうか?
「あの、また後日でも構いませんので……」
「いえいえいえ、カナタ殿。大した用事ではありませんので、ご安心を」
王都の使者だとか聞こえた気がするのだが……。
一大事なのではなかろうか。
ガネットに言われるがままに、受付奥の職員室へと通された。
「ガネットのお髭、面白い!」
相変わらず、フィリアはガネットの鬚にきゃっきゃと手を触れている。
「フィ、フィリアちゃん、それは本当に失礼だから!」
俺が止める中、ガネットはフィリアが触りやすいように頭を下げていた。
「ほっほ、フィリア殿、このような爺の髭でよろしければ、切り取って持ち帰っても構いませんぞ」
「……本当にガネットさんに時間を取ってもらって、よかったのでしょうか……?」
ポメラが不安げに俺へと尋ねる。
俺も不安しかないが、今更断るわけにもいかない。
なるべく短く話を終えて、ガネットが本来の予定に取り組めるようにしよう。
「あの、ガネットさん……実は追加で手に入れたいものが複数ありまして、可能でしたらこちらもどうにか集めていただくことはできないかな、と」
「つ、追加で手に入れたいもの……ですか。な、なるほど……」
ガネットの笑顔が微かに引き攣った。
「……やっぱり忙しいですよね?」
「い、いえいえ! おお、お時間さえいただければ! このガネット、何竜の瞳であろうとも、必ずや手に入れて見せましょう! 《
ガネットは腕を力ませ、大声でそう宣言した。
……や、やっぱり、《翡翠竜の瞳》を数集めてもらうのに、かなりの負担を強いてしまっていたようだ。
だが、今回集めてもらうのは、《翡翠竜の瞳》のようなB級アイテムではない。
細かい調整のためのもので、C級以下のアイテムばかりだ。
「この一覧にあるものなのですが……」
紙を渡す。
ガネットは紙面に素早く目を走らせ、表情を和らげさせる。
「よかった……こ、これでしたら、お時間をいただかなくても手に入るでしょう。大半のものはマナラークで揃いそうですので、部下に集めさせておきましょう」
心底ほっとしたようにガネットはそう言った。
ただ、途中で表情を曇らせた。
「……しかし《翡翠竜の瞳》と言い、発注量が随分と多いですな。取り合わせも……その、なんだか不吉と申しますか。カナタ殿……こちらで一体、何をお造りに?」
「言っておいた方がいいですかね」
自身の顔が強張るのを覚えた。
《神の血エーテル》は、どう考えても素直に伝えない方がよさそうなのだが。
「いえいえ、とんでもございません! 余計な詮索をしましたな」
ガネットは即座に自身の疑問を打ち切った。
いつも思うが、この人、物分かりが良すぎる。
「ただ、こちらの追加分の代金が足りるかどうかが不安でして」
「気にせずとも結構でございますよ、カナタ殿。ポメラ殿に支払われた魔王リリーの討伐報酬は四千万ゴールドでした。しかし、これはリリーの推定レベル400と、マナラークに及んでいたであろう被害規模を考えると、かなり低いものなのです……。仮に魔王リリーが被害を出した後で存在が公知されておりましたら、王族からの援助もあり、討伐報酬は十億ゴールドにも及んでいたでしょう」
「じゅっ、十億!?」
思わず声に出た。
レベル400の魔王で、十億ゴールドも支払われる可能性があったのか。
「ええ、ええ。《翡翠竜の瞳》の代金をいただくのも心苦しいくらいでございます。ですから、細かいお代など気にしないでいただければ」
……というか、リリーは魔王ではない。
リリーはマザー四姉妹の末女で、上に三女マリー、次女メリー、長女ドリーが控えていた。
そして魔王マザーはレベル1000近くだった。
「……あいつら、そんなにヤバかったのか?」
俺は口を押えながらそう漏らした。
「どうなさいましたかな、カナタ殿?」
「い、いえ、なんでもありません」
しかし、十億ゴールド払われるかもしれなかったとはいえ、それはあくまで王家が事態を重く見たケースだ。
実際にはそうはならなかったのだ。
ガネットに甘えて一方的に負担を強いる様な真似はしたくない。
そう考え、《精霊樹の雫》のことが頭を過った。
やっぱり、これを少し買い取ってもらえないか相談してみよう。
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