第十話 不死者の監視(side:ルナエール)

 カナタが《神の血エーテル》の素材を探して《魔銀ミスリルの杖》へと向かっていたとき、建物の屋根より彼を観察する人影があった。

 無論、ルナエールである。


 ルナエールは屋根に浮かび上がっている魔法陣の中心に立ち、遠くを歩くカナタ一行をじっと見つめている。


 この魔法陣は《無色の壁カラーレスサイン》という結界魔法であり、存在感を薄める力があった。

 結界の外の人物は、結界の内側で起きていることに関心が持てなくなるのだ。

 他の人が屋根の上に立つルナエールを見つけても、無意識の内にどうでもいいことだと判別してしまい、気を留めることができないのだ。


 ただ、この魔法の効力は意識によって大きく左右される。

 たとえば対象がルナエールのことを捜していれば、《無色の影カラーレスサイン》で隠れることはできない。

 あくまで存在感を薄くするだけなのだ。


「ヨッ、主。ストーカー、程々ニナ」


 ルナエールの背後に、すっとノーブルミミックが現れた。

 ルナエールは《無色の影カラーレスサイン》で隠れていたつもりであったため、急に声を掛けられてびくりと背を震わせた。


「ノ、ノーブル! ちっ、違います、私は今、少し散歩していただけですから! 《穢れ封じのローブ》だけでは、目立ってしまうのです。別にカナタを見ていたわけではありません」


 ルナエールは顔を赤くしながらノーブルミミックへと弁明する。


「ソウカ。ナラ、ソウイウコトニシテオクカ」


 ノーブルミミックは含みのある言い方をした。


「そ、それにしても、よく私を見つけられましたね。《無色の影カラーレスサイン》で息を潜めていたので、大雑把に捜して見つけるのは困難であったはずですが」


「主ノ居場所、ワカラナクテモ、カナタノ周囲ヲ捜セバ、ソレデ済ムカラナ」


 ルナエールはジトッとした瞳でノーブルミミックを睨みつけた。

 だが、実際にそれで居場所を絞って見つけられている以上、反論することもできない。


「と、とにかく、ノーブルが無事で良かったです。あのドアールという男に連れていかれてから、今まで連絡が取れませんでしたからね。どうやって逃げてきたのですか?」


「デキレバ騒ギニシタクナカッタカラ、タダノ宝箱ノ振リヲシテ、生臭司祭ノ目ガナイ時ニ逃ゲルツモリダッタンダガ……チョイト失敗シテナ」


「失敗……?」


「アア、食糧庫ヲ漁ッテイタラ、アノ生臭司祭ニ見ツカッチマッタ」


「何をやっているのですか……」


 ルナエールが呆れたように零す。

 食糧庫を漁る時間があるのであれば、ドアールの元から逃げる時間も充分にあったはずである。


「ソレデ、壁ブチ破ッテ逃ゲテキタ。アノオッサン、顔真ッ青ニシテ、小便漏ラシナガラ座リ込ンデタゼ。久々ニ、ミミックラシイコト、ヤッチマッタナ」


 ノーブルミミックが笑いながら口にする。

 ルナエールは呆れて額に手を置いて目を閉じ、ゆっくりと首を振った。


「可哀想に……いえ、あの男の言動を思えば、自業自得なのかもしれませんが」


 ルナエールの脳裏に、ウキウキした様子でノーブルミミックを運び出させていたドアールの姿が過った。

 あのときのドアールは、まさか食糧を好き勝手に漁られた上に、壁に大穴を開けられることになるとは思っていなかったはずだ。


「シカシ、早メニ合流デキテ良カッタ。主一人ダト、何ヤラカスカ、ワカッタモノジャナイカラナ」


 ノーブルミミックはやれやれというふうに、蓋の上部を揺らした。


「勝手に保護者気取りにならないでください。別に私は、そんな突飛な真似をした覚えはありません」


「主……本気カ?」


 ノーブルミミックは唖然と口にした。


 ルナエールはこれまでカナタの一挙一動に一喜一憂し、拗ねて唐突に帰ると言い始めたり、話したこともないポメラを目の敵にしたり、高位精霊を使って会話を盗み聞きしたり、挙句の果てにはストーカーしているのがバレてフィリアに攻撃して逃げ出したりと、彼女の奇行は挙げていけばキリがないくらいであった。

 ルナエールに自覚がないならば、ノーブルミミックが一層身体を張って彼女のブレーキを踏む必要があった。


「大丈夫ダ、主。イザトイウトキハ、主ガ世界ノ敵ニナラナイヨウニ、オレガ止メテミセルカラナ」


 ノーブルミミックの脳裏には、《人魔竜》ルナエールの手配書が浮かんでいた。

 本当にルナエールはカナタ絡みになればそれくらいのことを仕出かしかねない。

 少なくともノーブルミミックにはそう思えて仕方なかった。


「……ノーブル、私のこと、馬鹿にしていませんか?」


 その後、カナタがコトネと接触した。

 張り詰めた空気の中、二人が《魔銀ミスリルの杖》へと入っていく。


「ホウ、転移者同士ッテワケカ」


「あの人、どこか剣呑な雰囲気でした。あまりいい話を持ってきたとは思えません」


「突然攻撃ヲ仕掛ケテクルヨウナコトハナイダロウガ……」


「会話が拾えなかったのが痛いですね。やはり、今後はメジェドラスを使った方がいいかもしれません」


 メジェドラスは布を被った鳥のような姿を持つ高位精霊で、時空の狭間を行き来してその姿を完全に隠すことができる。

 ルナエールは一度、メジェドラスを用いてカナタとポメラの会話を盗み聞きした前科があった。


「……アノ精霊ハモウ使ウナ」


 それからルナエールは カナタとコトネが出てくるのを待った。

 一時間待っても出てこない。二時間、三時間経っても出てこなかった。


「ノ、ノーブル、やっぱり、乗り込むべきでしょうか? カナタが、今どんな目に遭わされているのか……」


「ムニャムニャ……ヘヘ、良イモン食ッテルジャネェカ、生臭司祭……」


 そわそわするルナエールの横で、ノーブルミミックは鼻提灯を膨らませて鼾を上げていた。


 ルナエールは無表情で、ノーブルミミックへと人差し指を向ける。


「《超重力爆弾グラビバーン》撃ちますよ」


 ノーブルミミックはびくりと跳ね起きた。

 

「シ、心臓ニ悪イカラ、ソノ脅シ、止メテクレ」


 カナタとコトネが《魔銀ミスリルの杖》に入ってから四時間が経過した。

 ようやくカナタとコトネが入り口の扉より並んで出てきた。


「ヒトマズハ無事ソウダナ。良カッタジャネェカ、主」


 カナタとコトネは楽しげに談笑している様子だった。

 《魔銀ミスリルの杖》に入ったときと比べて明らかに打ち解けている。

 ノーブルミミックは嫌な予感を覚え、さっと己の隣へ目をやった。


 ルナエールは死んだ目でコトネを睨みつけ、ぴんと伸ばした人差し指を彼女へと向けていた。


「《超重力爆弾グラビバーン》……」


「落チ着ケ主ィ!」


 ノーブルミミックはルナエールの腕に舌を巻き付け、降ろさせた。


「……いいですね、あの子は。カナタと同郷ですからね。積もる話もあるでしょうし、この世界でも有数の理解者だと互いに認識しているのかもしれません。私だってカナタの故郷の世界を目にしてみたいですが、それは絶対に叶わないことですから」


 ルナエールは魔法陣の上で三角座りをして、顔を伏せた。


「イ、イヤ、チョット打チ解ケタダケダロ? ソンナ警戒シナクテモ……」


 ルナエールが顔を上げ、指の腹を噛んだ。

 白い皮膚が破れ、血が流れる。


「……しばらく、あの子を観察してみましょう。どこまで何をするつもりでカナタに纏わりついているのか、確かめないわけにはいきません」


「ヤッパリ、早メニ合流デキテ良カッタ……」


 ノーブルミミックは心の底からそう口にした。

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