第十六話 赤き権杖

 俺はベネットと共にマナラークを移動してた。


「《赤き権杖》……僕らが王族の命により、《軍神の手アレスハンド》へと渡すためにマナラークへと運んできたアイテムだ」


 ベネットの話によれば、《赤き権杖》はかつて異世界転移者が持ち込んだアイテムであるらしい。

 持ち込んだのは、三千年前に五体の最高位魔王からなる連合悪夢の呪祭を撃ち破った四人の英雄の一人であると言い伝えられているそうだ。


 だが、本来であれば、杖に封じられている大精霊と契約しなければその力を発揮することはできないのだという。


「《軍神の手アレスハンド》の装備条件を無視するスキルがあれば、かつての伝説の異世界転移者以上に《赤き権杖》を使い熟せる可能性があると、宮廷錬金術師達の間で見解が出た。魔物災害への対抗策として、《軍神の手アレスハンド》にこのアイテムを献上する案が出たというわけだ」


「なるほど……」


 それでギルドにコトネも呼ばれていたわけか。

 納得がいった。

 確かにコトネのスキルであれば、装備次第で本人のレベルを遥かに超える力を出せる。


 この世界では魔物災害で国が消えることも珍しくないのだという。

 王族も国内の戦力強化に苦心していることだろう。


「……あれ、でもそれだと、そこまで悪党の手に渡っても危なくなくないですか?」


 ベネットは連中の手に《赤き権杖》が渡れば一大事だと口にしていた。

 しかし改めてベネットから聞けば、《赤き権杖》を使いこなせるのはコトネただ一人のようだ。

 それに、コトネがどの程度扱えるのかも定かではない。

 確かに王国が得られるはずであった潜在的な戦力の損失に繋がるので、一大事だといえないこともないが、すぐに大きな事件が起きるというわけではなさそうだ。


「何を言うかこのC級冒険者め! 僕の出世がなくなるだろうが!」


「……ベネットさん、やっぱり置いて行っていいですか?」


 ベネットから聞ける情報はもう引き出せたような気がする。

 俺一人の方がずっと速く移動できるし、ベネットは戦力としてもあまり期待できそうにない。

 どこかで致命的に足を引っ張ってくれそうな気がしてならない。


「そ、それだけではないぞ! 《血の盃》がこれだけ準備を整えて襲撃に出たのが異様なのだ!」


「何が引っ掛かるんですか?」


「《赤き権杖》は扱えなければただの飾りだ。確かに伝説の魔術師の杖、飾りでも充分な価値はあるが、王国中に散っていた《血の盃》が結集して狙ってくるには動機が薄い。《血の盃》は盗賊団だが、決してただのゴロツキ集団じゃない。金に困って犯罪に手を染めた連中じゃない、生粋の略奪者共だ。A級冒険者に匹敵する実力者を何人も抱え込んでいる」


 確かに、この世界でA級冒険者相応の力があれば、よほど散財しなければ生活費に苦しむことはないだろう。

 仕事はいくらでも選べるはずだ。

 《血の盃》はその中で、略奪者となることを選んだ連中なのだ。


「特に頭領の《巨腕のボスギン》は、この王国内でも上から数えられるレベルの実力者だ。S級冒険者に匹敵するとされている。来るとわかってれば、騎士団総出で出迎えたさ。奴までここにいるなら、マナラークは地獄になるぞ」


 俺は息を呑んだ。

 A級冒険者レベルであればポメラでも苦戦はしないと考えていた。

 しかし、ボスギンと当たればその限りではなさそうだ。


 俺も警戒しておいた方がいいだろう。

 S級冒険者は幅が広そうだ。今回ばかりは、同格以上との戦いも覚悟しなければならない。


「《巨腕のボスギン》は《血の盃》の組織力を相まって、いずれは《人魔竜》の一人として数えられるのではないかとされているくらいだ」


「じゃあ、心配いらなさそうですね……」


 俺は安堵の息を漏らした。

 レベル400足らずのノーツでも《人魔竜》にカウントされていたので、きっとノーツより下なのだろう。


「お前、ふざけているのか?」


 ベネットが眉間に皺を寄せる。


「とにかく……《巨腕のボスギン》がここまで熱心に《赤き権杖》を狙う理由がわからないんだよ。盗賊の頭が、英雄マニアというわけでもあるまいに。道徳心のないどこかの国の富豪に売るにしても、飾りにしかならない《赤き権杖》に出せる額は限られてくる」


 連れてきた数十名の部下と報酬を分け合うことを思えば、確かに《血の盃》のようなそれなりの実力者揃いの盗賊団にとっては、あまり美味しい仕事ではなさそうにも思える。


「それはつまり、ボスギンが何らかの使用用途を見つけたかもしれない、ということですか?」


「あり得ない話じゃない。何せ、長らく宝物庫奥深くに眠っていたアイテムだ。《赤き権杖》が悪用されたときの被害は想定さえできない。王国全土を巻き込む事態にだってなりかねない」


 不可解な点は多いが、確かに万が一を考えれば《赤き権杖》を軽視はできない。

 確保は最優先事項にするべきだ。

 それに、頭領のボスギンも《赤き権杖》を狙っていることだろう。

 《赤き権杖》を追えばボスギンとぶつかる可能性が高い。

 被害を抑えるためにも、ボスギンはなるべく早く仕留めておきたい。


「それに、僕の身も考えてくれ! 仮にこの一件が大惨事に繋がったら、僕だけじゃなく、僕の家名まで大戦犯扱いでとんでもないことになる。わかるか?」


 ベネットが必死な形相でそう口にした。

 あれこれ喋って、結局はそこなのか……。


「……そのことはわかりましたが、気が萎えるので何度も話さないでください」


「笑い事じゃない! 僕の家は代々王国騎士団なんだ! 僕が大失態を犯せば、父様まで騎士団を追われることになるだろう。想定外の事態ではあるが、そんなこと、最悪の結果を出せばどうせ考慮しちゃあくれないに決まっている。何としてでも《赤き権杖》だけは守らなければならないんだよ!」


 俺はベネットの言葉を聞き流しながら、どこかで彼を振り切ろうかと真剣に考えていた。

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