第九話 軍神の秘密
《
壁には物々しい絵が飾られており、ケースに壺や宝石が飾られている。
大きな品のいい、木彫りの椅子が長机の中央に置かれていた。
最高責任者のガネット用なのかもしれない。
しかし、こんな部屋まで借りる必要はあったのだろうか。
広い部屋の隅にぽつんと二人なので、なんとも居心地が悪い。
こんな部屋を簡単に借りられるあたり、さすがS級冒険者といったところか。
コトネから何か切り出すのかと待っていたが、腕を組んだまま一向に口を開かない。
なんだ、何か試されているのか。
彼女はいつもの冷たい目で、俺を値踏みするようにじっと見ていた。
もしかしたら《ステータスチェック》系統のスキルではなかろうか。
時間を稼いで、その間にポメラ達に何か仕掛けるつもりなのかもしれない。
さっさとこっちから話した方がよさそうだ。
「……こんな部屋を使わなくても、よかったんじゃないですか?」
俺は壁へ目を向ける。
模様に紛れて魔法陣が刻まれている。
《
しかし、それだけだろうか。
壁自体が強化されていれば、内部で戦闘が起こっても外に漏らさない、そんな効果があるかもしれない。
俺の問いは、コトネが戦闘を視野に入れているのかを探る意図があった。
「…………」
コトネはしばし沈黙する。
その間、眉一つ動かさない。
ポーカーフェイスはルナエール以上だ。
駆け引きでは分が悪い。
「率先してここを勧めてきたのはガネットの部下。ガネットは、少しでも私に貸しを作りたがっている」
コトネはそう口にする。
「……なるほど」
俺もガネットからよくそういう印象は受ける。
S級冒険者であるコトネに対しても同じような態度なのだろう。
そう考えれば筋は通っている。
「私も極力話は外に漏らしたくない」
「本題に入ってもらっていいですか? 俺を調べていたそうですね。あなたが同じ転移者なのは知っていましたが、それで何か、気になることが?」
「話が早くてありがたい。貴方、こちらに来てからどれくらい?」
コトネはそこまで言うと、ガネットの部下が置いて行ったコップの水に口をつけた。
やはり、異世界転移絡みだったか。
だとすれば、コトネも対立の意図があって出てきたわけではないかもしれない。
だが、コトネはどちらかといえば人間嫌いの性分だと聞いていた。
「まだ浅いです。恐らく、コトネさんに比べればかなり。それが、どう関係あるんですか?」
「そう、やっぱり……」
コトネはそう言うと目を閉じて腕を組み、しばし沈黙した。
何かを迷っているようだった。
話すか否か、というよりは、どう切り出すべきか悩んでいるようだ。
コトネの中で答えが出たのか、キッと目を見開く。
表情は薄いが、今までの冷めた目とは違い、熱が込められていた。
「……漫画雑誌、ステップは知ってる?」
「はい……?」
俺はコトネの問いに、思わず首を傾げて訊き返す。
漫画雑誌ステップは知っている。
週刊で発行しており、バトル漫画やラブコメ漫画など、少年を主要層にした漫画を連載している雑誌だ。
だが、老若男女問わず人気が高く、日本一番の漫画雑誌である。
「えっと、知っていますが、それが何か……」
コトネが握り拳を作って机を叩き、前のめりになって顔を近づけてきた。
俺は身の危機を感じ、咄嗟に腕を構えた。
「BERUTOは?」
漫画のタイトルだ。
近未来風の世界で、見習い忍者の主人公ベルトが、仲間と共に国のために戦い、成り上がっていくストーリーである。
「……か、完結しました。一年くらい前に」
コトネが更に前傾して腕を伸ばし、俺の肩をがっちりと掴んだ。
思わず「ひっ!」と悲鳴が漏れた。
無表情で冷めた人だという印象だったが、何がこの人をここまで駆り立てるのか。
「……教えて。私はもう、こちらに来て三年になる」
……それから四時間近くに渡って、《
どうしてこうなったのか。
コトネの読めなかったBERUTOの大筋の説明は半刻程度だったが、その後も一向に解放されなかった。
細かく尋ねられ、その後自然と好きなキャラ談議に移行し、最終的には何故か一方的に考察を聞かされていた。
俺は掛け時計へと目をやった。
多分、そろそろポメラも本気で心配しているはずだ。
まさか、あの流れから四時間もがっつり話し込むことになるとは思っていなかっただろう。
俺も思っていなかった。
「最後まで読みたかった……」
コトネは表情の欠けた顔で、されど悲しげにそう零し、椅子に背を預ける。
……しかし、この人、こういう感じの人だったのか。
ロズモンドが長々と話してくれた人物評価が、ここまで見事に当てにならないとは思っていなかった。
いや、ロズモンドのせいではなく、コトネの表裏が激しすぎるせいだろうが。
俺も今日まで、外見の印象からクールで冷酷な人だと勝手に決めつけていた。
「そうですね……こちらの世界には、漫画文化がありませんからね。俺も、ちょっと残念です」
俺が笑いながら言うと、コトネはガバッと身体を跳ねさせ、前傾になった。
「……実は、その、私、描いてるの」
コトネは咳払いを挟み、少し躊躇う素振りを見せてから、顔を赤らめてそう口にした。
「え、漫画、ですか」
「なければ、私が広めたらいい」
つ、強い……。
もしかしてこの人、冒険者業を半分引退していたのはそのためだったのか。
「その……全然、本当にまだ絵も上手くない。けれど……もし、貴方さえよければ……」
「ぜひお願いします。楽しみにしていますね」
俺が笑いかけると、コトネも口許を綻ばせた。
また《
確かに漫画トークはこの世界の住人の前ではちょっとできそうにない。
コトネはいつか漫画をこの世界で発表するつもりのようだが、自信がつくまでは隠しておきたいようだった。
外に広まる心配のない《
こんなに長くなるとは思わなかったし、色々と意外だったけれど、俺も久々に元の世界の話ができて楽しかった。
まさか、こっちで漫画雑誌ステップについて語れる人が現れるとは思っていなかった。
「あまり探るつもりもないけれど、貴方もナイアロトプから《
椅子を戻しながら、コトネはそう尋ねてきた。
漫画談義の前に出るべき話題だったのではなかろうかと、俺は少し苦笑した。
「……実は、相手の機嫌を損ねてしまったみたいで、何ももらえませんでした」
コトネは眉尻を微かに避ける。
「そう……そんなことが。だから、マナラークに蜘蛛の化け物が現れたとき、貴方だけいなかった」
コトネは合点がいったように小さく頷く。
「いえ、そういうわけではないのですが……」
「既に心強い仲間が二人いるみたいだけれど、もし困ったことがあれば、私を頼ってくれて構わない。あの変わった力を使う子には及ばないけれど、私も腕に覚えはある。同郷として力を貸す」
コトネはフィリアに気づいていたようだ。
困ったこと、と言われて一瞬金銭の問題が頭を過ったが、俺は首を振ってその考えを捨てた。
S級冒険者であれば金銭に余裕はあるはずだ、アイテムを担保に借りるくらいならばと思ったが、その考え方はさすがによろしくない。
「ありがとうございます。俺も、力になれそうなことがあれば手をお貸ししますね。転移者同士、助け合っていきましょう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます