第八話 軍神来訪
ロズモンドが宿を出て行ってから、俺とポメラ、フィリアは錬金実験を再開した。
しかし、惜しいところまでは行ったのだが、後一歩及ばなかった。
「材料が今一つ足りない感じですね……」
俺はルナエールからもらった本を読みながら、そう零した。
元々、正規の素材は集めきれないと踏んで、大半を代用品で賄う予定であった。
《夢王の仮面》で錬金魔法による変化を大きく促進できるのでごり押しができるとはいえ、行き当たりばったりが多いので、どうしても実験を進める内に不足しているものが見えてくる。
しかし、これで足りない分はわかった。
Aランク以上の高価なアイテムが必要なわけではない。
ガネットに相談すればそう苦労せずに手に入るだろう。
問題はそのためのお金だ。
既に俺はガネットに頼んで、有り金分で《アダマント鉱石》の素材を掻き集めてもらっている。
《アダマント鉱石》の素材の調達は時間が掛かるためだ。
追加で買いたいものを買ってしまうと、いざ素材を捜してもらったときに購入できませんとなりかねない。
それは避けたい、さすがに避けたい。
「ガネットさん経由で適当な伝説級アイテムを捌けると金銭面に余裕ができるのですが……」
たとえば高位悪魔の脳髄はかなり高い値がつくはずだが、《歪界の呪鏡》のお陰でいくらでも手に入る。
あれは霊薬以外にも何かと使い道はあるはずだ。
「ちょっとガネットさんに心労が増えそうですね……」
ポメラが引き攣った表情でそう口にした。
……確かに、そうなるか。
ガネットは俺が言えば、まずいと思ってもそのまま無理して通してくれそうなイメージがある。
ガネットも急に山ほど高位悪魔の脳髄を手に入れても使い道に困るだろうし、部下にも説明できないだろう。
「とにかくガネットさんに相談してみますか。《精霊樹の雫》なら買い取ってくれるかもしれません」
《精霊樹の雫》も《神の血エーテル》の量産に必要なものだ。
できればあまり手放したくはない。
だが、今は大量に作るための貴重な素材のストックよりも、錬金の成功例が欲しいのだ。
それが完成しなければ前へは進めない。
一部をガネットに売り渡すのも充分視野に入る。
《精霊樹の雫》も気軽に扱える代物なのかどうか怪しいラインだが、他のアイテムに比べればマシだろう。
そうして俺はポメラ、フィリアと共に、ガネットがいるであろう《
四角柱の時計塔、《
ガネットは多忙だ。
冒険者ギルドのマスターでもある。
こっちにいるといいのだが、と思っていると、見覚えのある人物が出入り口から姿を現した。
軽鎧に薄いローブを羽織った、黒髪の少女だ。
顔には表情が薄く、酷く冷たい目をしている。
まるで人形のような雰囲気だった。
彼女はコトネ・タカナシだ。
コトネもガネットとかなり親交が深いようだった。
彼に会いに来ていたのかもしれない。
しかし、ロズモンドからコトネが俺を探っているという話を聞いて、いきなりか。
心の準備ができていなかった。
「カ、カナタさん、少し、別の場所に向かって時間を潰しますか? このままだと顔を合わせてしまいます」
「……大丈夫ですよ。別に、彼女が俺達に悪意を持っていると決まったわけでもありません。それに、あちらに何か思惑があったとして、こんな明るい内に堂々と仕掛けてくることはないはずです。真っ直ぐ行きましょう」
来たら来たで、わかりやすくて結構だ。
向こうに悪意があるのであれば、早めに確認しておきたい。
レベル差があるので身体能力で後れを取ることはないはずだが、特定条件でレベル差をひっくり返せるような武器があってもおかしくはない。
警戒はしておくべきだろう。
「そ、それもそうですね」
ポメラは緊張しているらしく、スー、ハーと大きく呼吸を始めた。
「あまり力まない方がいいと思いますよ。不審に思われるかもしれませんし」
「ほら、ポメラ、笑顔、笑顔ー!」
フィリアが満面の笑顔をポメラへ向ける。
「善処します……」
ポメラは自身の頬を押さえながら、自信なさげにそう言った。
ふと、コトネと目が合った。
睫の長い目が瞬く。
完全に俺の方を捉えていた。
「カ、カナタさん、見てます、ポメラ達の方を見てますよ……」
ポメラがぐいぐいと俺の袖を引っ張る。
フィリアが笑顔で手を振ったが、完全に無視されていた。
フィリアは拗ねたように唇を尖らせる。
俺は小さく頭を下げた。
一応、冒険者ギルドで顔を合わせた仲だ。
会釈くらいはしておいた方がいいだろう。
コトネは会釈は返してこなかった。
だが、こちらへと真っ直ぐに向かってきていた。
ポメラがおろおろと俺とコトネを見比べる。
「どどっ、どうしますか、カナタさん! やっぱり、逃げた方がいいんじゃ……」
「……大丈夫ですよ、行きましょう。ただ、こっちの道に用があるだけかもしれませんし」
俺達も真っ直ぐ《
コトネと擦れ違う。
俺はまた、小さく頭を下げた。
向こうは表情さえ変えず、素通りしていく。
何事もなかった。
ほっと安堵の息を洩らしたところで、コトネの足音が止まった。
俺は警戒し、背後の気配へと集中する。
「ガネットならいない。今日、明日は冒険者ギルドにいる」
俺も立ち止まり、コトネを振り返った。
「……ご親切にありがとうございます。以前、冒険者会議で顔を合わせたコトネさんですね」
コトネはポメラ、フィリアを見て、その後俺へと目を戻した。
「カナタ・カンバラ。あなたと話したいことがある。《
……何かの、交渉か?
もしかしたらロズモンドの言っていたように、罠なのかもしれない。
いや、向こうも異世界転移者である俺を警戒していて、単に実力や素性を確認しておきたいだけなのかもしれない。
なんにせよ、仕掛けてきたということは、彼女の考えを暴く好機だ。
「……いいですよ。本当はガネットさんに相談したいことがあったのですが、彼が忙しいとなると今日の予定はなくなってしまいますから。行きましょうか、ポメラさん、フィリアちゃん」
俺の言葉を聞き、コトネは首を振った。
「来るのはあなた一人」
「…………」
やはり、何かの交渉か?
単に異世界転移者であるという話をしたいだけなら、別にポメラとフィリアに明かしてしまっても俺は構わない。
俺はこれまで特に彼女達に異世界から来たということを明言してはいなかったが、二人を信頼している。
それに、どうせコトネにはバレているようだった。
「俺は二人がいた方が、都合がいいかもしれませんが」
「そう、ダメなら結構」
コトネは俺達から顔を逸らし、歩き始めた。
一対一でなければ話す気がないらしい。
「わかりました。そちらの条件で結構ですよ」
コトネは振り返って俺へ目を向けると、《
「ついてきて」
俺はポメラ、フィリアへと顔を向ける。
「少し行ってくるよ。先に宿に戻っておいてくれ」
「だ、大丈夫ですか、カナタさん。これ、明らかに罠なんじゃ……」
「俺は大丈夫ですよ。フィリアちゃん、ポメラさんを守ってあげてくださいね」
フィリアが胸を張る。
「フィリアに任せて! フィリア、ポメラ守るっ!」
俺とポメラを引き離して、その間に部下を使ってポメラに何かを仕掛けてくる、ということも考えられないわけではない。
俺は息を整え、コトネの背を追いかけて歩き出した。
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