第三話 精霊召喚

 精霊召喚に必要な触媒を買い集め、《アダマント鉱石》の素材発注をガネットに頼んだ俺達は、魔法都市マナラークを出て近くの森を歩いていた。


「……四千万ゴールドって、すぐ溶けるものなのですね。ポメラ、初めて知りました」


 ポメラが呆れたように口にする。


「ポメラさん、それは金銭感覚が麻痺していますよ」


「カナタさんがそれを言うのですか……」


 《アダマント鉱石》の素材発注に三千万ゴールド掛かった。

 以前は一千万ゴールドで済んだが、それなりに纏まった量が欲しかったのだ。

 前回は、作れるかどうかの実験的な意味合いが大きかった。


 《神の血エーテル》はいくらあっても困ることはない。

 それにガネットといえども、《アダマント鉱石》の素材を集めるには少し時間が必要なようであった。

 早めに一定量を確保しておきたかった。


 ……そして残り一千万ゴールドは、ポメラの壊れた杖の買い替えと、精霊召喚に必要な触媒の購入でその大半が消えてしまった。

 どうにか補強して騙し騙し使っていたが、今までポメラ本人のレベルと杖の質の格差が開きすぎていて、本当にただの鈍器にしかなっていなかったのだ。

 なので、それなりの杖を購入しておくことにした。

 もっとも、それでもポメラのレベルとは不釣り合いなので、いつかそれなりの杖をどうにか用意したいとは思っているが、今はひとまず市販品で間に合わせることにした。


 召喚の触媒に関しては、ルナエールからもらった魔導書を眺めて強大な精霊に交信できそうなものを選んだ。

 《精霊樹の雫》を得られる程度の高位精霊であれば、それなりでいいはずなので、安くで済ませる手段もあった。


 ……だが、俺はどうにも凝り性なので、気が付くと高額な素材ばかりに目が行ってしまっていた。

 どうせ契約するならば強い精霊の方がいいに決まっている。


 その結果、気が付けば総額ほぼ四千万ゴールドである。

 体感だが、一ゴールドと一円はほぼ等価だ。

 前世の二十年掛けて使った何倍もの額が、一日にして溶けるとは思わなかった。


「フィリアちゃん……ごめんね。その、この金額はなるべくすぐ埋めるから……」


「カナタの役に立てて嬉しい! フィリア、もっとお金稼ぎたい!」


 良い子すぎる、笑顔が眩しすぎて直視できない。

 フィリアが付いてきた際にはこの子はどうしようと頭を抱えたが、あのとき連れてきて本当によかった。


「……フィリアちゃん、精霊召喚が終わったら、またケーキ屋さんにでもいこうね」


「本当? フィリア楽しみ!」


 フィリアが両手を振ってきゃっきゃと燥いでいる。

 ポメラのレベリングが最優先課題であったとはいえ、心が痛くなってきた。


 精霊契約には場所も重要である。

 初めての精霊と交信を行うためには色々と準備が必要なのだ。

 水の精霊を呼び出したければ湖で、石の精霊を呼び出したければ山奥で、と相場が決まっている。

 森で召喚を行うのはかなりスタンダードだといえる。


 大事なのは、自然の多い地で行うことだ。

 人工物に溢れた街中では、精霊契約で精霊との交信を図る難度は上がる。

 どうしてもレベルの低い精霊が出てきやすくなる。


「交信には、四門法を行います」


 俺はロヴィスからもらった《冒険王の黄金磁石》を用いて方角を確認して、《英雄剣ギルガメッシュ》の鞘越しに地面に四つの図形を記していく。

 

 四門法は精霊召喚を行うための儀式の一つで、四つのアイテムをそれぞれの方角におき、それらを異界に送ることを対価に精霊との交信を繋げるのだ。

 俺は街で購入した魔物の心臓やら鉱石を並べていく。


「カナタさん、三つしか購入していませんでしたよね? 四門なのに、三つでいいのですか?」


「四つ目はこれを使います。腐らせておくのもなんなので」


 俺は《異次元袋ディメンションポケット》を使い、大きな水晶玉を取り出した。

 翡翠色の水晶の中では、何かの影のようなものが蠢いている。


「な、なんでしょうか、それは……」


 ポメラは不気味に感じたらしく、咄嗟に大杖を構えていた。


「魔王が落としたものです。勿体ない気もしますが……まぁ、持っておくのも不吉ですから」


 これについては詳細は確認済みである。

 《深淵の月》という名のアイテムだ。


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【深淵の月】《価値:神話級》

 邪悪な魔力を帯びた水晶玉。

 十三体の強大な魔王の血を掛け合わせ、高度な錬金術によって結晶化したもの。

 水晶の中には、今なお閉じ込められた魔王の魂の片鱗が蠢いている。

 魔物を誘き寄せる力がある。また、魔物の身体に埋め込めば急激な成長を招くことができる。

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 以前アカシアの記憶書で調べたときにはこう出てきた。

 他に使い道もないし、丁度いいだろう。


 俺はルナエールの魔導書を捲りながら、手順を再確認する。


「後は……持ち主の魔力次第みたいですね。真ん中に手をついて、魔力を込めればいいそうです」


 アイテムや地、本人の魔力に沿った精霊が出てくるが、不確定要素が強すぎて、かなりランダム性が強いようだ。

 条件次第では高確率で狙った精霊を出すこともできるそうだが、下位精霊に限る話だ。

 契約のために交信で課題を熟すか、仮召喚で課題を熟すかも、精霊の性質によるらしい。


「カナタさん……あんまり魔力、込めないほうがいいのでは……?」


「大丈夫ですよ。基本的には、人間好きの精霊しか引っかからないみたいです」


 俺は笑いながら言うと、ポメラは更に眉を顰める。


「えっと、地に宿りし精霊よ、我ら人の子に力を貸したまえっと……」


 俺は魔法陣の中央に手を添え、勢いよく魔力を込めた。


 図形から光が放たれる。

 四方法に用いたアイテムが光の中に消えたかと思うと、俺達の前方に大きな獣が現れた。


 全長は三メートルくらいだろうか。

 空に似た青の、ずっと見ていたくなる綺麗な毛並みをしている。

 毛深く、好意的に二又の尾が揺らいでいた。


 ポメラは恐々と、目を開いていたが、現れた精霊を目にして頬を赤らめていた。


「あ……可愛い」


 ポメラが安堵した瞬間、目前の獣が口を開いた。

 巨大な犬歯が姿を見せ、口からは大量の涎が垂れた。


 薄い青色の液体が地面に垂れる。

 延ばされた舌は長く、赤紫色をしていた。

 狩人のような、金色の両眼が見開かれる。


「ひいいっ!」


 ポメラが俺の背後に隠れた。


 ……ひとまず、仮契約に成功しただけだ。

 どうにかここからこの精霊の機嫌を取って、本契約を行わなければ、使ったアイテムも無駄になってしまうのだが……。

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