第二話 雫を求めて

「カ、カカ、カナタしゃん……こ、これ、どうしましょう……」


 冒険者ギルドの休憩所で、俺はポメラと顔を合わせて相談していた。

 机の上には、金貨の詰まった袋が並んでいる。


 ポメラは蒼褪めた顔を浮かべている。

 俺の横では、フィリアが目をキラキラさせて貨幣袋を見つめていた。


「カナタ、カナタ! これだけあったら、甘いものいっぱい食べられる?」


 どうやらこれは冒険者ギルドから出た、末女リリーの討伐報酬らしい。

 職員が「少ないですがお納めください聖拳様……」と頭を下げて、ポメラに渡したものだ。

 此度のラーニョ騒動ではかなりの数の冒険者を動かしていたため、どうしても功績に見合った額を用意することが難しいのだそうだ。

 今の都市マナラークにはそれだけの余力がない。


 だが、これでも四千万ゴールドはある。

 というより俺達は参加しただけで《魔銀ミスリルの杖》でのガネットへのツケ一千万ゴールドをチャラにしてもらっているので、実質五千万ゴールドだ。

 金銭感覚が麻痺してきた。


 周囲の冒険者達が、ひそひそと指を差しながら俺達を見ていた。

 俺はひとまず魔法袋に金貨を収納することにした。


「……そんなに、その、リリーとやらは強かったんですか?」


 ギルドの職員や冒険者達が現在調査中ではあるが、ひとまずは街を襲撃した末女リリーが魔王であるということになっているようだ。

 そのお陰で報酬金額が増えたところは大きいだろう。

 しかし、それだけではこんな大金にはならないはずだ。


「リリーは、推定レベル400越えだそうです……。フィリアちゃんがいなかったら、今頃マナラークはどうなっていたことか……」


 ポメラはぶるりと身を震わせる。


 俺は顎に手を当てて考える。

 えっと……レベル400ということは、大体ロヴィスの倍で、オクタビオの十四倍で、四分の一フィリアくらいか?

 なんだかよくわからなくなってきた。


「そこそこ強そうですね……?」


 俺はとりあえずそう答えておくことにした。


「カナタさん、本当にそう思っていますか……?」


 ポメラが不安そうに俺へと尋ねる。


 しかし、レベル400といえばほとんど邪神官ノーツと変わりない。

 それでこの魔法都市マナラークが滅びそうだったのか。

 ロヴィスが恐れられているのも、今となってはすんなりと受け入れられる。


 なんにせよ、このロークロアの世界は、都市一つくらいなら簡単に滅ぼせる奴らがゴロゴロしているということだ。

 前々から歪な世界だとは思っていたが、本当によく世界が滅んでいないものだと思う。

 もっともそれは、ナイアロトプ達が生かさず殺さずを続けているからなのだろうが。


「胸糞悪い奴だ」


 俺は思わず呟いた。


「ど、どうしたのですか、カナタさん?」


「いえ……すいません、ちょっと考え事をしていました」


 どうにか、ナイアロトプ達からこの世界を開放する手段はないものだろうか。

 難しいことなのはわかっている。

 元々この世界は、神々のエンターテイメントとしてナイアロトプ達が作り上げたものだ。

 しかし、奴らの気紛れ一つで数万人が死ぬと思えば、さすがに気分が悪い。


「カナタ、カナタ! フィリアも頑張った! 甘いもの買ってほしい」


 フィリアが俺の袖をぐいぐいと引っ張る。


「……フィリアちゃん、これだけあったらお菓子の家が建つよ」


 後でまた買い溜めしておいてあげよう。


「急ぎでお金を使いたい案件があるのですが……使わせてもらっていいですか?」


 俺はポメラとフィリアへ尋ねた。

 このお金は俺のものではない。

 ひとまず俺が管理するという話にはなったが、勝手に使い込むわけにはいかない。


「……ポメラは本当に何もできていませんでしたから、反対する理由もありません」


 ポメラがやや落ち込んだ様子で首を振った。


 ポメラは最近は自信をつけていたようだったが、今回の件でレベル不足を実感したのだろう。

 レベル200ちょっとでは、今回のような事件に巻き込まれてはひとたまりもない。

 俺もポメラを連れまわしている以上、早く彼女のレベリングを再開する義務がある。


「フィリアは、お菓子いっぱい買ってくれるならそれでいい! カナタに全部あげちゃう!」


 まさか幼女に四千万ゴールドぽんとプレゼントされることがあるとは思わなかった。


「……ありがとう、フィリアちゃん。使った分は、どうにか埋めておくよ」


 リリーで四千万ゴールドならば、機会さえあればお金を稼ぐことは難しくはなさそうだ。

 相手のレベルが高すぎると悪目立ちするので、リリー前後くらいの相手を狙いたいところだが……。


「カナタさん、何にお金を使いたいのですか?」


「ポメラさんのレベル上げですよ。早く《神の血エーテル》を量産できるようになって、鏡の悪魔のレベル上げを再開させるようにならないと……」


 ポメラの顔がさっと蒼褪めた。


「そういえば、そんな話がありましたね……。あ、あれ、もう一度やるのですか……?」


「そ、そのつもりでしたが……その、嫌でしたか?」


 ポメラは不安げに大杖に抱き着いていたが、口をきゅっと引き締めた。


「お、お願いいたしますね、カナタさん……! ポメラも、今のままだと、カナタさんの横にいるのは力不足だってわかりましたから、頑張ります!」


「ええ! とりあえず、レベル1000くらいを目標にしましょう」


「せ、千……は、はい、頑張ります!」


 《神の血エーテル》の製造に必要なものは《高位悪魔の脳髄》、《アダマント鉱石》、《精霊樹の雫》である。


 《高位悪魔の脳髄》は呪鏡で無限に手に入る。

 ほとんどただみたいなものだ。


 《アダマント鉱石》は、フィリアの力を借りれば錬金できる。

 四千万ゴールドあれば、ガネットに頼んで《魔銀ミスリルの杖》で素材を集めてもらえる。

 既に持っているが、《アダマント鉱石》が一番量を確保するのが大変なので、ガネットに依頼して素材を集めてもらった方がいいかもしれない。


 そしてまだ入手していない《精霊樹の雫》は、高位の精霊と契約してしまえば手に入れることは難しくない。

 精霊は儀式を行って交信を行ったり仮召喚を行い、相手の期限を取ったり与えられた課題を熟すことで、契約を行うことができる。

 契約さえ完了すれば好きなときに召喚できるようになる。


「ひとまず、《精霊樹の雫》を入手するために、精霊契約に必要になる触媒のアイテムを見繕おうと思います」

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