第四話 霊獣ウルゾットル
俺は目前の獣を睨みながら、牽制する。
油断すれば飛び掛かってきかねない勢いだった。
しかし、呼びかけに応じたということは、条件さえ整っていれば契約に応じるつもりはある、ということだ。
だが、高位精霊は気難しい相手が多いという。
機嫌を損ねれば、喰い殺されかねない。
とにかく俺は《ステータスチェック》を行ってみることにした。
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種族:ウルゾットル
Lv :2164
HP :7322/7322
MP :14243/14243
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「な、なるほど……ポメラさんとフィリアちゃんは、ちょっと下がっていてください。危険かもしれません。フィリアちゃん、何かあったらポメラさんを守ってあげて」
「何かあるかもしれないのですか!?」
獣の精霊ウルゾットルは、青紫の舌を伸ばしながらじぃっとポメラを睨みつけていた。
ポメラはウルゾットルの視線に真っ青になった。
《
普通に魔王マザーよりも遥かに強い。
いいのか、こんな化け物があっさり仮召喚できてしまって。
何かの拍子にウルゾットルがポメラに向かえば大変なことになる。
ポメラとフィリアが下がり、俺は前に出た。
ウルゾットルと睨み合いになる。
「どど、どうしよう……フィリア、フィリアね、お犬さん、苦手なの」
フィリアがポメラの背後へと回っていた。
ゾロフィリアの核にされる前に、犬に噛まれたことがあったのかもしれない。
でも、今はできればポメラを守ってあげてほしい。
ウルゾットルはグルルルル、と喉を鳴らす。
ど、どうするべきか。
好戦的な精霊であれば、俺より強い相手にしか従わない、ということも多いのだという。
だが、こちらの世界の食事や遊びで満足してくれる精霊もいる。
中には美男美女にしか靡かない精霊までいるらしい。
ウルゾットルは好戦的に見えるが、相手より先に動いて殴り掛かるわけにもいかない。
「フィッ、フィリアちゃん、お菓子、お菓子出して! ちょっと一度、それで様子を見てみるから……」
俺が背後へと振り返ったその時、ウルゾットルが地面を蹴って飛びかかってきた。
や、やっぱり好戦的なタイプだったか!
ウルゾットルは俺の手前で大きく跳んで、真上から落下してきた。
加減のできない《英雄剣ギルガメッシュ》を振り回すわけにはいかない。
俺は素手でウルゾットルの圧し掛かりを受け止めた。
「ウウウウウ……!」
ウルゾットルが舌を伸ばし、俺の身体を舐める。
その感触にぞわっとした。
いや、感触だけじゃない。
嫌な疲労感があった。魔力をごっそり引き抜かれたのだ。
「アオオオオッ!」
大口を開けて喰らい掛かってくる。
俺は腕に力を込め、ウルゾットルを投げ飛ばした。
「ギャイッ!?」
ウルゾットルは人間相手に力負けするとは思っていなかったのだろう。
無防備に地面を転がっていった。
途中で起き上がり、素早く俺へと戻ってくる。
こ、これ、ちょっとやそっとのダメージじゃ、あっさりと倒れてくれそうにないぞ。
精霊との力試しは、そこまでがっつり戦うものなのか。
ウルゾットルは俺の横を通り抜けたかと思えば、周囲をぐるぐると回り始めた。
幸い、ポメラ達に向かう様子はなかった。
フィリアはガタガタ震えながら、ポメラに抱き着いていた。
……本気を出せば、ウルゾットルよりフィリアの方が強いはずだが。
俺の周囲を走るウルゾットルがどんどんと加速していく。
初期の倍近い速度になったところで、一直線に俺へと飛び掛かってきた。
俺はそれを屈んで避ける。
ウルゾットルはまた俺の周りを駆け、タイミングを見計らって飛び込んでくる。
俺はそれを受け流した。
もう少し、重めの攻撃を叩き込んだ方がいいのだろうか。
精霊の感覚がわからない。
そうして何回かやり過ごしている内に、避けたと思ったとき、俺の身体が何かに引っ張られた。
二又の尾が、俺の身体に絡まっていた。
「やられたっ……!」
ウルゾットルはそのまま俺を引っ張って走り回り、俺を空中へと投げ出した。
「ガァッ!」
ウルゾットルが俺目掛けて地面と垂直に跳び上がってくる。
避けられないところを仕留めに掛かってきた。
時空魔法で逃げてもいいが、ここは正面から抵抗するか。
俺は身体を捻り、ウルゾットルの頭を真下に蹴り飛ばした。
ウルゾットルの背が地面に叩き付けられた。
腹部を晒したまま地面の上に寝転がる。
俺はウルゾットルの傍に降り立った。
「……威力、乗りすぎたかな」
ウルゾットルは寝っ転がったままだ。
あれだけレベルがあれば、耐えられるかと思ったのだが……。
ウルゾットルはお腹を見せて寝っ転がったまま、チラリと俺へ目をやった。
ハッハと息を荒げ、何かを期待しているように何度も俺へと目を向けてくる。
……もしかして、ダメージで動けないんじゃなくて、服従のポーズなのか?
俺はそうっと近づき、ウルゾットルの腹部を撫でた。
「クン、クゥン、クン!」
ウルゾットルは外見に似合わない、甲高い声で鳴いた。
嬉しそうに身体をひょこひょこと曲げる。
「み、認めてくれた……んですか?」
俺はウルゾットルへ尋ねる。
ウルゾットルはひょいと身体を起こし、ブンブンと巨大な二又の尾を振るう。
どうやらそう考えて問題ないようだ。
しかし、どのタイミングで認めてもらえたのかまったくよくわからない。
もしかしたら相手のことがわからないだろうかと、俺は《アカシアの記憶書》を開いた。
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【ウルゾットル】《神話級》
犬の高位精霊。
死を司る精霊だと、人間からは恐れられている。
舐め取った相手の魔力を吸うことができる。
レベルが低いとそのまま魂を呑まれかねない。
甘えん坊でじゃれ合うのが好きだが、大抵相手がすぐに瀕死に陥る。
そのため強い人間を求めている。
好きなことは追いかけっこと甘え噛み。
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おお、精霊でも出てくるのか。
……この外観で、意外と甘えん坊らしい。
何はともあれ、レベル2000以上の精霊なら、きっと《精霊樹の雫》を持ってくることもできるだろう。
これで《神の血エーテル》の材料が揃ったといえる。
「や、やりましたね、カナタさん!」
ポメラが嬉しそうに近づいてくる。
ポメラに続いて、フィリアがそうっと、そうっとこっちへ向かってくる。
「ポメラさん、ちょっと危ないかも……」
俺が言い終えるより先に、ウルゾットルがぴょんと跳んでポメラの前に降り立ち、彼女の顔を身体を舐め回した。
「クゥン、クン!」
唾液塗れになったポメラは何が起きたかわからなかったらしく、しばし呆然と立っていた。
だが、数秒後、顔を蒼くしてその場にふらりと倒れ込んだ。
「カカ、カナタしゃん……身体が、身体がなんだか冷たくて、冷たくて、重いです……それに、なんだか寂しくて……」
ポメラは地に倒れたまま自身の身体を抱き、ガタガタと震える。
「ポメラさん! し、しっかり、しっかりしてください!」
俺は近くで屈み込み、ポメラへと声を掛ける。
どうやら今の一舐めで魔力をごっそり持っていかれたようだ。
フィリアがこの世の終わりのような表情で、ポメラを見つめている。
「クゥン……」
ウルゾットルは申し訳なさそうに尾を垂らし、小さな声で鳴いた。
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